第四章 第四話 三塔学院 その2
宗次郎達が最初に足を踏み入れた校舎は、敷地内にある建物の中でも比較的新しく作られたものだった。白い壁にクリーム色の床、異国の建築様式を取り入れたものだった。
生徒との接触を避けるため教室内には足を踏み入れず、そそくさと廊下を進む。誰ともすれ違うことなく校舎を抜けると、シンボルである塔が見えてきた。
高さは約百五十メートル。円柱形をしていて、先端に球体が付いている。球体の中には区画を覆う結界の要がついているのだろう。人目に触れる場所に置かれていた王城と違い、人の手の届かない高さにある。
学院長室は塔の中央部にあるとのことなので、塔の中に入る。
「おお」
塔は学院の創設当初から建立されたものなので、一階部分には当時の面影、木造建築の名残が垣間見える。そして所々に近代化改修が施された部分があり、程よいコントラストとなっていた。
美和が受付を済ませてくれたので、端にある昇降機を使って十四階に登る。
美和に続いて昇降機を降り、廊下を進むと、学院長室と書かれたプレートが見えてくる。
「失礼します」
美和が扉をノックすると、向こうからどうぞーとくぐもった声が聞こえる。
性別は女性で、年齢を感じさせる。燈のいう通り、優しそうなおばあちゃんという印象だ。
美和が扉を開け、続いて部屋に入る。
学院長室の雰囲気は落ち着いていて、どこか厳かだった。部屋の中央にはテーブルとそれを挟んで三人ずつ座れる椅子が三つ並んでいる。左側の壁には本棚が立てかけられており、中には名簿やら本やらが並んでいる。
白亜の壁には歴代の学院長と思しき顔写真と肖像画が四枚立てかけられていた。顎髭が恐ろしく伸びていたり、鋭い目つきをしていたりと、一発で偉いとわかる外見をしている。それらの間には窓が三つあり、グレーのカーテンが両脇に括り付けられていた。
部屋には大きな机があり、そこには歳を召した小柄な女性がちょこんと座っていた。
「こんにちは。ようこそお越しくださいました」
女性が椅子から立ち上がり、小走りでこちらへやってくる。小さな草履で動き回る様が可愛らしい。
津田礼子。おかっぱの髪型は白く、たたえている笑顔は優しさに満ち溢れている。年はおそらく六十以上あるが、感じられる波動の穏やかさ、何より姿勢の良さが年齢を感じさせない。八咫烏特有の黒い羽織が体の一部であるかのように馴染んでいた。
「燈殿下、ご卒業以来ですね。ご活躍が学院にも響いておりますよ」
「ありがとうございます、先生」
「そして」
線の細い目が宗次郎を見据える。
「あなたが穂積宗次郎さんね。お話は聞いているわ」
「ど、どうも」
宗次郎はペコリと頭を下げる。
波動師を育成する学院の長なので、正直なところ男性を予想していた。時に厳しく、時に優しく生徒を導く教師のイメージがあったのだ。
━━━これじゃあ、久しぶりに親戚と会ったみたいだ。
ほっと一息つける安心感がそこにはあった。
「さ、こちらに座って」
「お茶を淹れてきます」
「お願いね、明菜さん」
美和が部屋の奥に消え、宗次郎と燈は腰を下ろす。
「よいしょっと」
津田がテーブルを挟んだ反対側に座り、にっこりと微笑んだ。
「改めまして。私が三塔学院の院長を務めている津田礼子です」
「初めまして。この度天斬剣の持ち主に選ばれ━━━」
宗次郎はチラリと隣に座る燈を見る。
「燈の剣になった、穂積宗次郎です」
「見た目通り礼儀正しいのね。しっかりしているわ」
「私が挨拶の仕方をしっかり教えたからです、先生」
「まぁ」
ふふふと笑う津田。宗次郎は文句ありげに隣を見るが、燈はそっぽを向いていた。
なので、燈の頬が若干赤くなっているとは知る由もない。
「さて、宗次郎くん。なぜここへ呼ばれたか、想像はついているかしら?」
「はい。八咫烏の資格を得るため、ですね」
「そうです。この前、波動庁長官である献士郎君から連絡があってね。天斬剣の件でそちらが対応していただけないかって」
「は、はぁ」
宗次郎は神将会議で出会った土方献士郎の顔を思い出す。波動庁の長として毅然な振る舞いをし、武人の鏡とまで言われる豪傑だ。
━━━あの厳つい顔を、君付けかぁ。
年齢的に、おそらく生徒と教師の関係だったのだろう。宗次郎は目の前に座る小さな老女が只者ではないと認識した。
そんな宗次郎の考えを読んだのか、津田は口に手を当て、
「そうなの。現在八咫烏として務めている人間の全てが、この三塔学院を卒業している。例外はないの。だから天斬剣に選ばれたからといって、特例を認めるわけにはいかなかったのでしょうね」
我が子に注意するように、ゆっくりと優しく告げた。
その口調に宗次郎の脳裏に懐かしい顔が浮かぶ。
━━━そういえば、よく門さんからも……。
同じく色々と教えてもらったし、こうして自分の考えを読まれた気がする。
「というわけだから、宗次郎くんには三塔学院に入学してもらいます」
穏やかな春風が吹き抜けるように、津田は宗次郎の今後を告げだ。
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