第四章 第五話 三塔学院 その3

 扉を開ける音がして、御茶請けを持った美和が入ってくる。


「どうぞ」


 差し出されたお茶に立っている茶柱に心をほっこりさせ、宗次郎は目の前にいる津田の話を聞く。


「三塔学院は単位制なの。単位が規定数を超えれば、年に二度行われる卒業試験を受けられる。合格すれば晴れて卒業し、八咫烏の称号を得て波動庁へ就職できるわ」


 宗次郎は静かに頷く。


 隣に座る燈は三塔学院を飛び級で卒業しているときいた。その理由がその単位制とやらなのだろう。


 六年かけてじっくり単位を取るもよし。燈のようにさっさと単位を取って卒業するもよし。卒業試験が年に二度あるのも、その制度ゆえであろう。


「つまり、俺は単位の取得から始めるんですね」


「そうです……と言いたいのだけれど」


 津田が困ったように顔を下に向けた。


「単位には必修科目と選択科目の二種類があるわ。そして必修科目は三年かけて全単位を取得してもらうの」


「さ、三年……」


 宗次郎はうめく。


 長すぎる。自分の能力が不足している自覚はあるが、そこまで長い時間をかけてはいられない。


「なので、今回は特別な措置を取ります。入学試験はもちろん免除。単位がなくても卒業試験を受けられるよう取り図るつもりです。ただし━━━」


 津田の顔から笑みが消える。


「学院側が譲歩できるのはここまで。卒業試験の基準を下げたり、内容をあらかじめ伝えることはできません。よろしいですね」


「もちろんです。試験は実力で突破します」


 そうでなくては三塔学院に入る意味がないだろう。宗次郎は即答した。


「それで、試験はいつ行われるのでしょうか」


「八月中旬です。今からちょうど三ヶ月と少し後ね」


 三年に比べれば恐ろしく短かくなったが、それでも長いくらいだ。いつ天主極楽教が、甕星が活動を開始するのかわからないのだ。


「手続きが済み次第、宗次郎くんは三塔学院の生徒になるわ。学内の設備は自由に使って結構ですし、必要だと思う授業へ出席をして、卒業試験に備えてくださいね」


「ありがとうございます」


 宗次郎は深く頭を下げた。


 自分のやるべきことは決まった。ならあとはしのごの言わずにやるだけだ。


「話はわかりました。では、私もこの学院に留まる許可をいただけないでしょうか」


 ここにきて燈が話にわって入る。


 燈は皇王国の第二王女。三塔学院は二年前に卒業しているので、本来なら実家である王城にいるべきであろう。


 だが燈は他の王族と、兄弟との仲があまり良くないので、王城にはあまりいたがらない。できれば三塔学院にいたいと思うのは自然だ。


「えぇ、もちろんですよ。その代わり、学院内で教鞭を取っていただけないかしら?」


「私でいいのでしょうか?」


「もちろんです。現役の八咫烏、それも十二神将の方にお話を聞ける機会など滅多にありませんから。お仕事や休暇の邪魔にならない程度で構わないので、後で調整しましょう」


「わかりました」


「ごゆっくりお過ごしください。それに」


 津田はここで話を区切り、にこりと笑った。


「妹君である眞姫殿下も、燈殿下に会いたがっておりましたよ」


「感謝します。先生」


 隣で燈が深々と頭を下げ、長い銀髪が床に溢れる。


 ━━━そっか。燈の妹って確か……。


 宗次郎は燈の家族関係に想いを馳せる。


 皇王国の第二王女である燈。その人生は壮絶で、母親を天主極楽教に殺されている。その際、妹である皇眞姫は母を殺されたショックで視力を失ってしまったそうだ。もともと体が弱く、歩くことすらできなかった眞姫はさらに体を弱らせてしまったのだ。


 ━━━三塔学院の学生だったのか。


 燈は今年で十九になる。確か眞姫がその四つ下なので、確かに三塔学院にいても不思議はない。


 ━━━あれ?


 学院に来る前、車内でも感じた引っ掛かりをまた覚える。


 何か大切なことを忘れているような気がするのに、それを思い出せない。


 ━━━まぁ、いいか。


 顔を上げた燈のほっとした表情に、抱えてきた疑問がどうでも良くなる。


 何に変えても、妹だけは守る。


 そう固く決意をするほど、燈は妹を溺愛していた。そんな二人が久しぶりに会うのだ。ゆっくり過ごしてほしいと思う。


「では、最後に一つだけ」 


 津田が意味ありげな前置きを挟みつつ、こちらを観察するような、面白がるような目をする。


「宗次郎くんは波動庁の、波動犯罪捜査部に所属を希望されているとか」


「はい」


「この三ヶ月で、捜査部に所属するために必要な力が身につくと思いますか?」


「それは……」


 宗次郎は押し黙る。


 神将会議でも巌部長に手玉に取られてしまった。捜査部に入るにあたり、宗次郎は人と戦う経験たまるで足りない。


 他にも一般常識が学業など、自覚しているだけでも足りない部分が数多くある。自信がある波動術だって通用しないかもしれない。


「皐月杯での戦いぶりは学院中で見せてもらいました。宗次郎くん、あなたは類稀なる波動の素質と実力があります。本来であれば、この学院に入学する必要はないでしょう」


 諭すように津田は続ける。


 宗次郎は思わず腰に穿いた天斬剣を一瞥する。


 千年もの昔、大陸の半分以上を支配してみせた魔神・天修羅。その魔神を斬り伏せたのは、初代王の剣と呼ばれる英雄だった。この天斬剣は初代王の剣が使用していた波動刀だ。


 では、なぜ宗次郎が天斬剣の所有者に選ばれたのか。


 答えは簡単だ。


 宗次郎が初代王の剣本人だからだ。


 宗次郎の波動は時間と空間に作用する。三塔学院に入学する前、宗次郎は波動を暴走させ千年前の過去へと飛んだ。そこでのちに皇王国を建国する皇大地と出会った。


 宗次郎と大地は長い戦いの末、天修羅を倒した。


 そして宗次郎は現代に戻ってきた。


 つまり、宗次郎は伝説の英雄と同じ力を持ち、なおかつ行使できる。時間停止の影響で多少の弱体化はあるが、それでも津田の言う通り三塔学院に入学するほどではない。


「この三塔学院は波動の素質さえあれば確実に入学できる。でもね、私は波動の素質以外こそ重要だと思っているの」


「波動師以外の素質ですか? 優劣ではなく?」


 宗次郎の疑問に津田は深く頷いた。


 優秀な波動師の輩出を掲げる三塔学院の長がいう言葉とは思えない。


「波動は超常の力。人を生かすも殺すも簡単にできてしまう。波動を扱えない人間からすれば脅威以外の何物でもないわ。だからこそ、波動を使うには責任が求められる。率直に申し上げるなら、波動師は人間的に優れている必要があるのです。そうでなければ、いくら波動の才能があろうと進級はできませんし、最悪の場合は退学してもらうことになります」


「は、はぁ」


 そんなケースは滅多にないけれど、と笑う津田に宗次郎は膝の上で拳を握りしめる。


 ━━━はっきり言うなぁ。


 上品かつお淑やかな口調でありながら、内容は身も蓋ももなく現実的だ。


 ━━━ま、これくらいでちょうどいいんだろうな。


 波動師がその力を悪用すればとんでもない事態を招く。そうならないために、この学院では生徒により良い波動師になるよう指導を徹底しているのだろう。


 十二神将。国王から最強と認められた波動師たちも、決して実力だけではなかった。宗次郎の目から見てもかっこいいと思える魅力を持っていた。


 波動以外の素質というのは、そういった面を指していると宗次郎はなんとなく理解した。


「波動師として、人として成長してもらうために、長い時間をかけて子供達を教育する。この学院はそのためにあるの。だから宗次郎くんも、焦らずに。勉学に励むのはもちろん、学生たちとも交流して、楽しく過ごしてほしいと思います」


「……わかりました」


 皆あなたに会いたがっているのと微笑む津田に、宗次郎は軽く頭を下げる。


「おや、何かしら?」


 机の上に置かれた電話が音を出し、津田が吸い寄せられていく。


 ━━━あぁ、そっか。


 宗次郎はボフっと音を立てて、背もたれに背中を預けた。


 ━━━俺、これから学校に通うんだ。


 実際に学校に来て、校舎を歩いただけでは得られなかった実感。宗次郎は学院長である津田と話すことで、ようやく得ることができた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る