第四章 第三話 三塔学院 その1

 宗次郎と燈が王城を出て十分と少し。ようやく窓ガラスの向こうに三塔学院の校舎が見え始めた。


「おぉ」


 三塔学院の名の通り、三つの高く聳える塔がまず目につく。首都の外れにあってもその高さから王城内からも見えていたが、近くで見るとより巨大だ。


「あれは結界の発生装置になってるんだっけか」


「そうよ」


 三塔学院の塔のてっぺんには結界の発生装置がある。結界は六角形に展開できるよう端に小さい塔が並んでいる。その塔が三つ、すなわち六角形の区画が三つ並んでいる形になる。


 区画はそれぞれ、学舎区画、研究区画、訓練区画に別れている。学舎区画には学生たちが暮らす寮と座学を学べる校舎がある。研究区画は文字通り波動や波動具の研究を行う施設が多数存在する。訓練区画は波動術や剣術の訓練をするためのもので、首都の外れに置かれている。


「本当に広いんだなぁ」


「学生も多いわよ。十万人以上はいるんじゃないかしら」


「街じゃん」


 三つの区画を合わせた敷地面積はあの剣爛闘技場の倍近くあるそうだ。加えて、大陸の各地に分校が存在しており、その合計敷地面積は六大貴族が持つ領地に匹敵すると言われている。


「さすが王国一の学術機関だなぁ」


 感心していると、宗次郎たちを乗せた車が高い壁にポツンと設置された小さな門のそばで停車する。


「ここは……裏門か?」


「そうよ。あなただって正門から入りたくないでしょう? もみくちゃにされるわよ」


 宗次郎は今月行われた武芸大会、皐月杯で戦った。天斬剣のネームバリューもあって、その名は大陸中に広がっている。


 王城内でも色々と話しかけられたのだ。学校の正門から堂々と入ったらどうなるか、宗次郎でも簡単に想像できる。


 門のそばには係員がおり、車の運転手が降りて何か話していた。


 話終わったのか、運転手がガラス越しにノックする。


「失礼いたします、殿下。彼が波動を登録したいと」


「あぁ、そうだったわね」


 燈が宗次郎に車から降りるように目配せする。


 宗次郎は黙って頷いて車の扉を開け、係員の側に向かった。


 ━━━そういえば、王城でもこうしたっけ。


 見上げれば三塔学院の敷地内を覆う結界も、王城とほぼ同規模の強力な結界に覆われている。内側と外側の両方に対応しているので、王城にあるものより規模は大きいと言えるだろう。


 中に入るためには宗次郎の波動を登録し、結界で弾かれることのないようにする必要がある。


「完了しました。ご協力感謝します」


「こちらこそ」


 お互いに頭を下げて、宗次郎は車に戻る。


 係員が門を開け、車が三塔学院の敷地内に入った。


「おぉ……」


 先ほど宗次郎は敷地内で暮らす人数を聞いて「街じゃん」と突っ込んだが、中の様子はまさしく街のようだった。


 青色に塗られた建物がずらりと並んでいる。特徴的な部分はあまりない。強いていえば、入り口らしきところに数字が振られているところだろう。見渡す限り、どの建物も同じ構造をしていた。


「ここは……男子寮ね」


「あぁ。だから人通りがないのか」


 時刻はお昼過ぎ。この時間なら絶賛授業中だろう。サボりの生徒でもない限り、寮にはいないだろう。


 同じ建物がずらりと並んでいるのを見ると、つい剣爛闘技場を思い出す。剣闘士が暮らしていた建物も同じ構造のものがずらりと並んでいたが、ここは宿舎よりも規模が大きく壮大だ。


「そろそろカーテンを閉めましょうか」


「ん」


 窓に備え付けられていたカーテンを閉め、車内の明かりをつける。


「ところで、俺を呼んだ学院長ってどんな人なんだ?」


 外を見渡せないので手持ち無沙汰になった宗次郎は、燈に質問した。


 王城に向かう際は皇王国の要人をまとめたリストを渡され、膨大な紙の束を全て覚えろと言われた。その中に三塔学院の学院長についての記載はなかった。


「会えばわかるわ。大丈夫、優しい人だから」


「それはいいな」


 王城では気の抜けない大人達ばかりと会っていたから、たまには落ち着いて話せる人と会いたいものだ。


 ━━━あれ?


 不意に宗次郎は胸に引っ掛かりを覚えた。


 何かを忘れているような気がする。大切な何かを。


 三塔学院と聞いて、真っ先に思いつくはずの何か。


 それを思い出せずに悶々としていると、車が段差を乗り上げ、速度を落とし始めた。


「ん?」


 そろそろ目的地に到着か、と思いきやここで宗次郎はある違和感に気づく。


 なんだか外が騒がしい。ガラス越しにも歓声が聞こえてくる。


「おっ、あれだ!」


「キタキタ!」


 ざわざわと大勢が騒いでいる声がする。


 まさか、と思って宗次郎は燈を見ると燈はさっと顔を逸らした。


 どうやら宗次郎が危惧した状況がドアの外で待っているらしい。


「行くしか……ないよな」


「そうね」


 やれやれとため息を吐く燈に、宗次郎も腹を括るしかない。


 今更引き返す選択肢はなかった。


 ガチャリ、とドアを開けて外にである。


「「「「わぁぁぁぁぁ!!」」」」


 途端に上がる歓声。その声は闘技場で聞いたものよりも若々しく、純粋だった。


 真っ白い校舎の窓という窓に、笑顔の少年少女達が手を振っている。宗次郎にとっては眩しい光景だった。


「あはは」


 宗次郎は最低限の笑顔を浮かべ、手を振って生徒達に応える。


 ━━━どこから情報が漏れたんだ?


 そんなことを気にしても仕方がないが、気にせずにはいられない。ここはむしろ、生徒に車を囲まれずに済んだと思うことにした宗次郎。


「も、申し訳ありませ〜〜ん」


 校舎の中から一人の女性が小走りに駆け寄ってくる。長髪をおさげにしていて、丸く大きな眼鏡をかけている。職員の方らしい。


「遅くなりました。私、三塔学院で講師を務めております美和明菜と申します」


「そう。ところで、この状況は何?」


 燈の発言は静かながら、その奥には少なくない怒りが垣間見える。それは凍えるような威圧感となって、美和に襲いかかった。


「申し訳ありません。いつの間にか学生の間に知れ渡ってしまったようで……す、すぐに案内いたしますので!」


 ペコペコと頭を下げる美和が不憫でならない。美和が情報を漏らしたわけではないだろうに。


「お前達、授業が始まるぞ! いい加減戻れ!!」


 校舎を見上げれば、先生方が大声を張り上げていた。生徒達は蜘蛛の子を散らすように窓際から離れていく。


「まぁ、いいでしょう。行くわよ、宗次郎」


「お、おう」


「では、こちらに」


 苦笑を浮かべる美和に続いて、宗次郎達は校舎に足を踏み入れた。

 

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