第四章 第二話 車内にて
宗次郎は外出用の服装に着替え、部屋を出た。
「待たせた」
燈はコクリと頷くと、宗次郎の隣に立って歩き出した。
「行きましょう」
「お、おう」
緊張しているのか、声が上ずる宗次郎。
━━━なんか、慣れないな……。
思い返せば、燈と肩を並べて歩くのは久しぶりな気がする。
王城に初めて来たとき、右も左も分からない宗次郎を燈が案内してくれた。漆喰で白く塗られた壁が朱い柱を輝かせている中で、歩くたびに左右に揺れる燈の銀髪が印象に残っている。
「そういえば、森山は?」
「今日は私たち二人だけよ」
「そっか」
三人揃って廊下を進む。王城を清掃する使用人、警護に当たる近衛兵たちがすれ違いざまに頭を下げてくる。
来たときはお客さまだったが、今は第二王女である燈の剣だ。宗次郎にも敬意を持って接してくれる。
やがて王城を出て、皇宮門を抜け、階段を降りる。登るときは玄静がうんざりするくらい長い階段も、降りるとなると気が楽だ。
降りきった先にある黒塗りの車に三人揃って乗り込んだ。王城に来る際にも使用した、王族御用達の高級車に、燈は宗次郎と向き合うように座る。
「さて」
車が発進したところで燈は口を開く。
「さっきも説明した通り、これから三塔学院に向かうわ。学院の説明は……必要ないわよね?」
宗次郎は頷く。
三塔学院。
皇王国が誇る最大規模の教育機関であり、大陸で唯一波動を専門的に学べる学校である。
波動━━━万物に宿る生命エネルギー。それを扱う人間は波動師と呼ばれ、その歴史は大陸の歴史とともにある。人のため、世のために貢献してきたのだ。
皇王国初代国王、皇大地が大陸を平定に際して波動術を専門的に学べる三塔学院を創設した。
百年続いた戦国時代、さらには天修羅の出現により、戦闘に偏ってしまった波動の技術をより人民へと還元するように。
波動師よ人々のためにあれ。
そのスローガンのもと、若者がこの学び舎で勉学に励むのだ。
語学を、数術を、地理を、歴史を、科学を、波動術を、心を。
十三歳から十八歳までの六年をかけて、少年少女たちを成長させる場所。
というのは、ある意味建前で。
波動術が人の扱うものである以上、綺麗事だけでは罷り通らない。
波動の才能は血族によって決まるケースが多い。つまり遺伝が重要になる。となれば、権力を持つものに波動の才能が集まってくる。
今や三塔学院の新入生のほとんどが貴族の出身だ。平民が入学できるケースは稀で、よほど頭がいいか波動の才能があるかのいずれかだ。
この辺りに関しては世間一般の常識であろう。
「どうしてその三塔学院に行くのかだけど。宗次郎、あなた神将会議の内容は覚えてる?」
「……ああー!」
思い当たる節があった宗次郎は両点をパンと合わせる。
「例の条件か!」
「そうよ」
満足げな燈に、宗次郎は以前の出来事を思い出す。
宗次郎の今後をどうするかについて協議するため、国王に最強と認められた波動師・十二神将で構成される会議が開かれた。
宗次郎の家、穂積家は貴族だが、宗次郎は家督を継いでいない。皇王国の要職についているわけでもない。
それでいて、宗次郎は天斬剣の持ち主に選ばれた。伝説の英雄と謳われる初代王の剣と同じ力を手に入れたのだ。
つまり宗次郎はなんの社会的立場もないまま、圧倒的な戦闘能力を手に入れたことになる。
そこで燈は宗次郎に特例として八咫烏としての地位を与え、波動庁の対天主極楽教対策部に入れようとした。自分と共に、皇王国最大のテロリストである天主極楽教と戦うために。
しかし、それに反対したのは皇王国大臣にして現国王の剣である阿路刹羅と波動庁長官・土方献士郎だった。
その理由は、宗次郎の経歴にあった。
宗次郎は十三歳から二十歳までの間、行方不明になっていたのだ。その間どこで何をしていたのか、まだ思い出せていない。ということになっている。
いわば八咫烏に求められる能力のうち、戦闘力以外の要素が宗次郎には足りないのだ。
それを補うため、対天部に所属する条件をつける、と大臣は先日言っていた。なので三塔学院に行くというのは理にかなっていると言える。
国家に所属する波動師、通称八咫烏は三塔学院を卒業して初めてその資格を得られるからだ。
「にしても、早く決まってよかったな。神将会議をやったの一昨日だろう?」
「私が提案した段階で根回ししていたんじゃないかしら。いずれにせよ、警戒が必要ね」
苦い顔をする燈。
反対意見を出した大臣は燈と政治的に敵対している。宗次郎がすんなり八咫烏の地位を得られなかったのも、燈がこれ以上力をつけることを嫌がってのことだろう。
もしかしたら三塔学院においても妨害工作をしてくるかもしれない。燈はそう考えているらしい。
「まぁまぁ。俺は学院で試験か何か受けるのか?」
「そこまでは。今から詳しい話を聞きにいくの。学院側も相談したいって、学院長から打診が来てね。断るわけにはいかないでしょう?」
「だな」
とりあえず今回は話を聞きにいくだけになるらしい。
「そういえば」
燈も、玄静も学院生活を送っていたんだろうなと思うと、燈に向き直る。
「玄静は何してるんだ?」
雲丹亀玄静。六大貴族の一角、雲丹亀家の次期当主にして、皐月杯の決勝において宗次郎と激闘を繰り広げた陸震杖の持ち主。
「彼は今実家に帰省しているわ。例の工事の件でね」
「あぁ」
国王との謁見において、褒美として自分の領地内で治水工事を行う許可をもらっていた
宗次郎は窓辺に肘をついて、外の景色を眺める。
皇王国の首都、皇京の美しい街並みが通り過ぎていく。昼過ぎだけあって人通りはまばらだが、活気が感じられる。
━━━妙な気分だなぁ。
宗次郎が行方不明になったのは、三塔学院に通う前だった。入学試験を受けたことすらないから、まさに未知の世界だ。
宗次郎は今年で二十一歳になる。まさかこの歳になって学院に通うことになるとは思わなかった。
「どんなところなんだ?」
「そうね……」
燈は腕を組んで考えこむ。
気軽に答えが返ってくると思っていた宗次郎の予想に反して、長い時間が経過した。
「……今にして思えば。自由だったわね」
「そっか」
なんと言っていいのか分からず、宗次郎は座席に深く腰を下ろした。
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