第一部 第十六話 人探し、自分探し5
「……俺は、英雄になりたかった」
ゆっくりと口を開いてまず出てきたのつい昨日、診察の結果で思い出したことだった。
━━━待て、いきなり何を言っているんだ俺は。
順序立てて離さないと支離滅裂になる。宗次郎は深呼吸をして、生まれた家から話すことにした。
「俺の実家、穂積家は東部地方に領地を持っていて、ここ二十年で首都に進出した中堅貴族なんだそうだ。そこの長男に生まれた、らしい」
他人事のように話す宗次郎だが、実際に他人事だった。
記憶の断片から垣間見える、記憶を失う前の穂積宗次郎。彼は自分の中にいるもう
一人の自分のような感じだ。他ならぬ自分自身の経験であるはずなのに、口にすると
その実感がまるで湧かない。
「父親はまあ、厳しい人だった。いつも機嫌が悪そうだったし、忙しくて家にいないことも多かったな。母親は優しい人だった。寝る前に『初代王の剣』っていう絵本を読んでくれてさ。子供の頃は、初代王の剣みたいな、大陸を救う英雄になりたいと思ってた」
咄嗟に口から出た夢となんとか繋げて、一安心する宗次郎。
「あと、妹が一人いるんだ。今は俺の代わりに穂積家の当主をやってくれていてさ。昔は気が弱くておとなしい女の子だったんだけどな」
今は自分の代わりに当主の責務を果たしつつ、学院に通って波動を学んでいるらしい。
立派になったと心から思う。
「なんだか、どこにでもある貴族の家ね」
「そうかな」
口ではそう言いつつも、宗次郎は妙に納得していた。自分の口で語ると特におかしなところは何もない。中堅貴族としてはありふれた話なのだろう。
普通でないものがあるとすれば、それは。
「なら、波動はどうなの?」
「……ああ。覚醒したよ」
波動術は万物に宿る力だ。人の持つ超常の力である。ただ、知覚し、扱えるとなると死汁による。人の体格のように個体差があるのだ。優秀な波動師を輩出する家系は貴族として地位を築きあげるし、弱い波動しか持たない家系は没落していく。現に、この国において国王の次に権力を持つ六大貴族は他と隔絶した波動量を持つとされている。
穂積家が貴族の家柄であるのなら、波動に目覚めているはずだ。燈はそう言いたいのだろう。
「どんな属性だったの?」
「……」
宗次郎はそっぽを向いた。
覚醒した波動の属性はちゃんと覚えている。というか、燈との戦いで少し使ったくらいだ。
ただ、言いづらいだけだ。
━━━いや、逃げるな。俺。
燈は宗次郎の話を聞くと約束した。ならばそれに応えなければならない。
「……時間と空間だ」
そっぽを向いたままボソッと声に出したが、燈が息を飲む音が聞こえてくる。
「…………………………………………………………本当に? 本当にそんな、力が」
宗次郎が恐る恐る振り返った。燈は口を開けて放心していた。
普段は氷のように冷たい表情がここまでコロコロと変わると面白くなってくる。
練馬から身元を聞いても、波動の属性までは調べが至らなかったらしい。
当然だ。宗次郎の波動については、門や森山、本家にいる妹すら知らない。
波動師は六歳から八歳の間に自身の波動に目覚め、その属性を知ることになる。炎、水、土、風、雷が五大属性とされ、八割以上の波動師が五大属性に対応する。例えば、天斬剣を強奪した斑鳩シオンは風の属性を持つ波動師となる。
次に珍しい波動師として、二重属性持ちがいる。文字通り属性を二つ持っている波動師を指す。強力な波動使いになる事例が多く、十二神将には炎と土の属性を持つ波動師が存在する。
さらに希少な事例として、特殊な属性に目覚める波動師もいる。目の前にいる燈がまさにそうだ。彼女は氷の波動という王国史上でも三例しか確認されていない、不世出な属性を持っている。
そんな波動師の世界で、宗次郎は別格とも言える属性を持っていた。時間と空間に作用する属性の波動を二つも持って生まれたのだ。燈が驚愕するのも無理はなかった。
「本当だよ。すごい力だって、自分でもわかった。なにせ色も金色だったから。英雄になる夢が本気で叶うと思って、子供の頃は嬉しかったな」
宗次郎は話しながら取り戻した思い出の一部を回顧する。さながら漫画のコマのように頭を駆け巡った。
波動には属性に応じて色がある。炎なら赤、水なら青、土なら茶、風なら緑、雷なら黄色。そして特殊な属性の場合、波動は珍しい色の輝きを放つ。宗次郎の黄金色など、まさに珍しさの極地ともいうべきものだ。
二つの属性が開花したとき、父も母も大いに喜んでくれた。波動の属性については言わずもがな、保有していた波動の量も王族に引けを取らないほど多かったからだ。
特に父は大いに歓喜し、一番褒めてくれた。
権力欲が深かった父のことだ。息子の才能を使ってのし上がる算段をしていたのだろう。
「問題は起きなかったの?」
「そりゃあもう、山ほど」
波動師特有のあるあるで、才能がありすぎると、子供の頃はトラブルを起こしがちになる。
例えば、代々炎の波動を操る花菱家の現当主、花菱紅蓮は子供のときに屋敷を半分焼いてしまったエピソードがある。
宗次郎もその例外にもれず、トラブルが続発した。
癇癪を起こすと空間ごと転移して行方をくらます。
気に入らない事態が起こると他人の時間感覚を狂わせる。
波動の覚醒を喜んでくれた父も母も、宗次郎を見る目に恐怖と困惑が混じるように
なっていった。
通常であれば、トラブルに対処するべくあらゆるツテを使って息子に波動のイロハを叩き込むのだが、宗次郎は例外だった。
一度目覚めた波動の属性は変化せず、新たな属性に目覚めた例はない。そのため覚醒した属性を徹底的に鍛え上げることが波動を極める道となる。
炎の波動に目覚めた子供は、同じく炎の波動を操る波動師に指導を受ける。
では、時間と空間の波動を持つ宗次郎は、一体誰に技術を教わればいいのか。
二人は宗次郎の波動を持て余し、手に負えない存在だと自覚し始めたのだ。
「いろいろやらかしたけど、師匠のおかげでなんとか扱えるようになったんだ」
「師匠?」
「
「もしかして、十二神将第二席の?」
「うん。同じ十二神将だから面識はあるのか?」
「二回しかお会いした経験がないわ。王都には滅多にこない方だもの」
「そう言えばそうだった」
師匠は何よりも自由であることを好み、権力を嫌って貴族の諍いには関わろうとし
なかった。国王直轄の十二神将に選ばれながら気に入らないという理由だけで命令を平然と無視したりもした。それでもなお十二神将として在るのは、ひとえに国王からの信頼と確かな実力があるからだ。
宗次郎に記憶においても常に笑い、人生そのものを楽しんでいた。
「ね、どんな修行をしたの?」
「……特別なものは何もなかったぞ」
興味津々な燈から目を背けながら、宗次郎は必死に説明した。
「あ、でも初対面は最悪だったな。あの人いきなり俺をボコボコにしてきたんだ」
あまり認めたくはない宗次郎の黒歴史として、波動に目覚めた当初の宗次郎ははだいぶ調子に乗っていた。
両親や使用人が自分に対して恐怖心を抱くのは、自分が強いからだと本気で思っていた。
そんな折に、黒く長い髪をした女性が目の前に現れた。
「お前だな? 特別な波動に目覚めて天狗になっているガキってのは」
そう言うや否やいきなり殴りかかってきたのである。宗次郎もとっさに応戦した
が、相手は大人で最強の波動師集団の一翼を担っている。いかに強力な属性を持っていても、子供の宗次郎が勝てる訳がなかった。八歳の子供相手に対して何とも大人気ない話である。
ただ、そうでもしないと宗次郎の性格は歪みきっていただろう。周囲の大人からいいように利用されるだけの人生を送らずに済んだのだ。
宗次郎が父に心から感謝している点があるとすれば、自分を生んでくれたことと、師匠と自分を引き合わせてくれたことだ。
「性根を叩き直されて、そのあとは色々なところを旅しながら、波動の基礎と
自由を好む引地は大陸各地に拠点を持っていた。それらを転々としながら、波動師としての技術と、人としての在り方を学んだ。
なお、肝心な属性の生かし方については、
「私は時間だの空間だの難しい概念は知らぬ。自分で何とかせい」
と
おかげで属性のコントロールについては独学である。
「楽しかったな。努力して、色々とできるようになるのは」
筋力トレーニング。走り込み。木刀の素振り。波動の解放と操作。師匠から与えら
れた課題。
一つ一つは苦しく、放り出してしまいたいと考えたくもなる。上手くいかなかったり、失敗すればなおさらだ。
そんなときふと気づくのだ。
今までできなかったことが、できるようになっていると。
自分の成長は楽しい。楽しさが苦しさや辛さなんて御構い無しに、自分を上へと引っ張ってくれる。
「一つ質問をしていいかしら」
「何だ?」
「あなたはいつ行方不明になったの? 貴重な属性を持っていたら、
「あー」
学院に入学した生徒は一流の教育を受け己の才覚を鍛え上げる。卒業すれば修得した学問に応じた道を歩む。政治や経済を学んだ者は貴族として家督を継ぎ、波動術を学んだ者は八咫烏になり、国家に仕える。
また、学院は貴族の権威を主張する場でもある。貴族の当主が自分の息子を送り込み、入学式で派手にデビューさせるのは様式美となっている。
北部を納める
六大貴族の一つ、
そのような社交界で飛び交う御子息の自慢話には、枚挙にいとまがない。
父も宗次郎にセンセーショナルなデビューを期待していたのだろう。
だが、
「俺、入学すらしていないんだ」
宗次郎は燈から目線を逸らして告げた。
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