第三部 第四十話 導き出した答え その1
なんてやりとりを経て。
少女の感通りに廊下を進むと、宗次郎たちにあてがわれた客間にたどり着いた。
客間には今にも泣きそうな森山がいて、燈が柳哉王子と一緒に部屋を出て行ったと告げられた。
同時に、燈様を大切にしてくださいと長々と説教された。
部屋を出て行く際に、燈は
「いつもの庭園」
と言ったらしいので、宗次郎は王城内の庭園を片っ端から探していった。
結果、燈と出会えたは良いのだが。
━━━なんだ、この状況は。
集まっているのは五人の王族たち。そのうち柳哉第一王子だけが立ち上がり、両手を広げている。宗次郎の登場に若干固まっている様子だ。
瑠香第一王女、歩第二王子、彩第四王女は座っている。宗次郎の登場に唖然としているが、体は柳哉王子に向けられている。
演説でもしているのだろうか、と思ったが、燈はどこか泣きそうな表情をしている。
「おいおい、なぜ宗次郎殿がここにいる?」
不思議がっている宗次郎に、歩王子が大声を上げた。
「ここは王族とその剣しか入れない庭園だぞ。誰の許可を得てここにきたんだ?」
「まぁまぁ。いいじゃないか歩。宗次郎殿は燈の剣になる男だ。このくらいは大目に見よう」
規則にうるさい歩王子を柳哉王子が諫める。
どうやら王族だけで話をしていたらしい。
━━━相変わらず間が悪いな、俺。
一瞬で直そうかと思ったが、これはむしろチャンスだと思い込む。
「宗次郎殿、どうしてここへ? 燈に何か用事があったのかな?」
「……はい。それと━━━」
宗次郎は柳哉をしっかりと見据える。
やはり似ている。立ち姿も、語りかけてくる声音も。
哀愁と恐れを振り払い、宗次郎はいつもより声を張った。
「俺はあなたに用があって来ました。柳哉王子」
「ほう?」
燈の肩がピクリと震えたのを、宗次郎は見逃さなかった。
━━━やっぱりか。
「ちょうどいい。宗次郎殿も僕の話を聞いてくれると嬉しいな」
「本気? 柳哉兄様?」
「もちろんさ瑠香。宗次郎殿は貴族の生まれでありながら、記憶を失っている間は平民と同じような暮らしをしていたと聞いている。しかも今は天斬剣の持ち主に選ばれ、八咫烏になるつもりだそうだ。国民のモデルケースとして相応しいと思わないか? 僕の話を聞いた率直な意見が聞きたいね」
何だかよくわからないが、どうやら宗次郎はここにいていいらしい。
「それで、何の話をしていたのでしょうか」
「もし次の国王になったら、どうやって王国を治めるとか、さ」
「!?」
━━━さらりととんでもないことを言うなぁ。
驚きつつも、どうりで自分が来ただけで嫌な顔をされるわけだ、と宗次郎は納得する。
時期国王を目指す兄弟たちが集まって、秘密の会話をしていたのだ。そこに部外者である自分が入ってきてしまったのだ。
「柳哉兄様、ちょっと待ってもらえないかしら」
「ああ。構わないが」
宗次郎が座ろうとすると、燈が立ち上がった。俯いたままこっちへきなさいと小さくつぶやく。
宗次郎と燈は廊下に戻り、王族たち会話が聞こえない程度の距離を取る。
「何をしにきたの?」
会話の内容は質問だが、その裏には明確な拒絶の意図がある。
その青い瞳は鋭く尖り、視線は氷のように冷たい。硬く閉ざされた永久凍土を彷彿とさせた。
「さっきも言ったはずよ。今この時期に剣にするつもりはないわ」
「わかってる。剣にしてほしくて来たんじゃない」
燈の拒絶に負け時と宗次郎は見返す。
「逃げないために来た」
「!?」
燈の表情が一瞬揺れる。
「せっかく二人揃っているなら、俺はここで選ぶつもりだ」
「……何をよ」
「どちらに忠義を尽くすのか、だ」
今度は燈の表情が目に見えて大きく変化した。
「俺は柳哉王子に大地の面影を見た。正直に言う。俺は迷ってる。それを断ち切りたい」
「……それは」
今にも泣きそうな、怯えの顔。宗次郎の胸が苦しくなるほどに痛々しい。
だが、慰めはしない。
「燈はどうする? 逃げるか?」
「っ、誰が!!」
燈の大声が廊下に響き渡る。
顔を真っ赤にし、肩で息をする燈。
「私は皇燈よ! 逃げるなんて絶対にありえないわ!!」
「よし、なら行こうぜ」
宗次郎はほっと一息つく。
燈の目元が若干腫れている気がするが、そこを突っ込むと冗談抜きで氷漬けにされそうなので、やめることにする。
「ちなみに、俺は怖い」
「……もう」
口をへの字に曲げる宗次郎に、燈はやっといつも通りに戻った気がした。
「しっかりしないさい。戻るわよ」
「おう」
二人で庭園が見渡せる場所に戻る。
「話は終わったかな?」
「ええ。待たせてしまってごめんなさい、柳哉お兄様」
「いいさ。このくらい」
「宗次郎殿、お茶です」
「ありがとうございます」
宗次郎は綾から緑茶をもらい、燈の隣にある座布団に腰を下ろした。
「では、話の続きと行こうか」
「ちなみに」
柳哉が話し始めると、瑠香が小馬鹿にしたようにくすくす笑い出した。
「あなたの主は、自分が国王として頂点に立つために、増えすぎた貴族を粛清して間引きするそうよ」
「!」
「ほんと、野蛮よねぇ」
おほほ、と持っていたセンスで口元を隠した瑠香。
隣に座る燈に視線を移すと、何も言わずに俯いていた。
あの燈が、大輪の華を思わせる美しさを持った燈が。暗い顔を隠す様に宗次郎の胸が苦しくなる。
「ねぇ、どう思うの? あなたの意見を聞かせてちょうだいな」
「……」
思わず口をつぐむ宗次郎。
燈は常々、悪行を働く貴族を問題視していた。八咫烏として働いたせいで、負の部分を多く見すぎてしまったのかもしれない。
瑠香のいう野蛮という意見もわかるだけに、宗次郎は何も言えなかった。
「答えなさい。第一王女の命令が聞けないのかしら」
「……最後の手段として、一考の余地はあるかと思います」
無言を貫くわけにもいかないので、苦し紛れの回答をする宗次郎。
その回答に瑠香はフンと鼻を鳴らす。
「こら、瑠香。あまり妹をいじめてはいけないよ。そもそも僕の話はまだ終わっていないぞ」
「あら、申し訳ありませんお兄様」
反省の色を微塵も見せない瑠香に何も言わず、柳哉はやれやれとため息をついた。
「宗次郎。これから僕の考えを説明するよ。君には率直な意見を述べてもらいたいな。一国民として、歓迎したい」
「わかりました」
重大な役目を付与されたが緊張はあまりない。
むしろ柳哉について知りたい宗次郎にとってはありがたい話だ。
「さて。改めて説明する部分も多くなるけれど━━━」
柳哉は立ったまま、全員の顔を見渡す。
「僕は、国王の責務は国民の願いを叶えることだと思っている。国とは、国王がいるから成り立つんじゃない。そこに暮らす国民がいて初めて成り立つものだ」
柳哉の声は力強い。意志の強さが十分に感じられる。
しかもかつての盟友・大地と全く同じ声をしているせいか、言われてみれば当たり前の事実なのに、なぜか感心してしまう宗次郎。
「僕は貴族も平民も八咫烏も、平等に大切にする。もちろん数や能力の差は考慮するよ」
「……何だか、漠然としていますね」
宗次郎は精一杯の叛逆を試みる。
「そうだね。一口に願いと言っても色々ある。何せ平民といえど、暮らす場所によってさまざまだ。例えば北部は冬の備えを、特に食料の安定的な供給を望んでいる。南部では観光客のマナーが問題になっているようにね。それら一つ一つを解決していく。そこには━━━」
柳哉は一息ついて、お茶を口に含む。
「天主極楽教も含まれているんだ」
「!?」
宗次郎の目が驚愕に見開かれる。
かつてシオンが告げた天主極楽教の目的は、天修羅の復活だ。
だとしたら、柳哉王子の狙いはまさしく悪魔の所業だ。
「柳哉王子。それは━━━」
「ああ、勘違いさせてしまったね。僕の言い方が悪かった」
慌てふためく宗次郎を柳哉は手を振って制する。
「天主極楽教はテロ活動に手を染めているが、その根底にあるのは皇王国への不満だ。それは、彼らと剣を交えた君にもわかるだろう?」
「……はい」
「僕は彼らを滅ぼすよりも、彼らの不満を解消したいと思っているんだ。ただ━━━」
柳哉王子は顔を曇らせる。
「もしうまくいかず、国民の多くが天主極楽教に賛同して王国の廃止を望めば、僕は王政を排除するつもりだ」
「!」
宗次郎は無意識のうちに唇を噛む。
かつて戦ったシオンは、天修羅の復活などどうでもよかった。ただ単に、自身の境遇を鈍い、王族に対する恨みを募らせていた。だとすれば、王国の政治に不満を持つものが天主極楽教を構成していると見てもいい。
まして天主極楽教は王国の最大背力だ。これからもっと規模が大きくなる可能性を否定できない。
━━━それだけの覚悟があるってことか。
改めて柳哉の固い決意に圧倒される宗次郎。
━━━本当に、大地のやつそっくりだな。
天修羅を倒し、誰もが幸せに暮らせる国を作る。
大地が自身の夢にかける覚悟までそっくりと来ている。
━━━そりゃ燈が落ち込むわけだ。
自分の母を殺し、妹を傷つけた存在すら包み込もうとする柳哉。まさにレベルが違う。燈が何をやっても勝てないと言わしめるだけある。
そんな柳哉を、宗次郎は大地に、初代国王に瓜二つだと言ってしまった。
初代国王を超える王になる夢がある燈からすれば、悪夢のような話だ。
━━━何だ、このイライラする感じは。
悪夢なのは宗次郎も同じだ。
違和感を探そうと躍起になり話を聞けば聞くほど、大地の面影と重なる。胸の奥から込み上げる郷愁と歓喜が混ざった感情が宗次郎のやる気にヒビを入れていく。
それと同時に。
とてつもない違和感を感じるのだ。
大地とは決定的に違う何かがある。それをうまく言葉にできない。宗次郎は柳哉をただ否定したいだけなのかもしれない。
━━━何だ? 何が違う?
あと少しでわかりそうなのに、手が届かないもどかしさ。
「そこで、僕は問いたい。宗次郎」
羽のついた兜がゆっくりと宗次郎に向く。
「君は、この国がどうなって欲しい? 君の意見を聞かせてほしいな」
「……」
宗次郎は顎に手を当てて考え込む。
自分の願いではなく、国がどうなってほしいか。
そんなこと、一度たりとて考えたことがない。
千年前も今も。国をどうしたいのか考える人間が別にいたから、その必要はなかった。
「俺は━━━」
絞り出すように宗次郎は口から言葉を発する。
この違和感を突き止めるための最善の策は何か。そこを意識して。
「誰もが幸せに暮らせる国になってほしいと思います」
精神的に疲弊し、考えるのも億劫になったのか。
宗次郎が告げた内容は、奇しくも。
かつての友、大地が持つ夢と全く同じだった。
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