第三部 第三十九話 探し求めて その2
少女の光を反射する瞳に映る自分を見つめる宗次郎。
「?」
「……」
「あのー、何か?」
じっと見つめられると居心地が悪い。宗次郎は居た堪れなくなって声を発したが、無視された。
━━━あれ?
こちらを見つめる顔に見覚えがないはずなのに、どこかで既視感を抱く宗次郎。
前も、こうしてじっと見つめられた気がする。
千年前だったか。現代にいたときだったか、思い出せないけれど。
「あなたは」
「?」
「あなたは、どうしてここにいるの?」
宗次郎は後頭部を掻いた。
「……人を探しているんだ」
「人?」
「あぁ」
燈を探しに宗次郎はここまできたのだ。
━━━探し出して、その先はどうするんだ?
自分でした問いかけに、宗次郎は黙り込む。
燈との約束は守りたい。剣になるのはもちろん、燈の”初代国王を超える王になる”という目標を応援したいと思っている。
同時に、大地との約束も守りたい。未だ内容すら思い出せていないが、千年前に交わした友との、大切な約束なのだ。
どちらかを選ぶなんてできない。できるわけがない。
そんな中途半端な状態で燈に会っても、意味がないのではないだろうか。
「人探しより、もっと深刻な悩みがありそうね」
「……まぁ」
「話してみなさい。おねーさんが聞いてあげる」
腰に手を当て、ムンといいながら胸を逸らす少女。
━━━年上て。
思わず心の声が喉まで出かかったが、それよりも明らかに年下の少女に慰められていると気づき、辟易する。
「うーん、なんていえばいいかな」
一から話すと日が暮れてしまうので、かいつまんで説明しようと頭を回転させる。
「俺は、迷っているんだ」
しばらく考えて、口からこぼれた声はひどく掠れていた。
「大切な、命に変えても守りたいものが、二つあって。そのどちらかを選ばなきゃいけないんだけど、俺には選べそうもないんだ……って話聞いてる?」
少女はめんどくさそうな表情をしながら、髪の毛を指でクルクルと弄んでいた。
「やっぱり聞かないとダメ?」
「いや……うん。聞かなくていいや」
がっくりと項垂れる宗次郎。
━━━何やってんだ、俺は。
いくら悩みがあって困っているからといって、こんな少女に聞かせて何になる。
自分で解決しなければならない問題だろうに。
「……つまらないわね」
顔を上げると、相変わらず眠たげな瞳に捉えられる。
「つまらないし、臆病ね。詳しく聞く気が失せる。はっきりいってクソ。あなたの顔みたい」
「……いってくれるな」
大人の対応として、最低限の感情の発露で済ませる宗次郎。
「だって、悩んでいるだけじゃない」
「だけって。君だってお菓子に何を食べるか悩んだりしないのかい?」
「しない。だって悩んだことがないから」
「!?」
宗次郎は一歩足を下げたくなる衝動に駆られる。
ぼんやりとした少女から言い知れぬ威圧感を感じた。
「悩んだことがない、か。大きく出たな」
「そう? 迷う暇があれば調べるか、試しに行動してみればいい。自分の探究心に従っていれば悩みはなくなるわ。あなたはどうなの?」
「どうって……」
「あなたの悩みは本当に悩む必要があることなのか、ちゃんと確かめたの? と聞いているのだけれど」
痛いところを疲れて宗次郎は口をへの字に曲げる。
「それらは本当に命より大切なものなの?」
「もちろんだ!」
「じゃあ、どちらか一つ選ばなきゃいけないものなの」
「……それは。まぁ」
言葉に詰まる。
━━━あれ?
少女の問いかけによって、生まれた疑問。
燈は宗次郎が初代王の剣だと知っている。正体が発覚したとき、宗次郎は燈にこう告げた。
燈の剣になってから、大地との約束について考える。
それに燈は頷いた。意を唱えなかった。
━━━あ。
そこまで考えて宗次郎はピンときた。
燈が不機嫌になった大元の原因は、約束が二つあることではない。
宗次郎にとって大地がどれだけ大切な人間か、燈は知っている。宗次郎に大地との約束を反故にしろなどと言いはしない。
原因は、柳哉に大地の面影を重ねた事実そのものなのではないだろうか。
燈と柳哉は玉座をかけて争うライバル関係にある。幼い頃は何をやっても勝てなかったと言っていた。
宗次郎はそんな柳哉に心惹かれていたら、燈は気が気でないだろう。もしかしたら柳哉の方に鞍替えしたいのでは、と疑われても致し方ない。
本当の選択肢は、燈を選ぶか柳哉を選ぶかなのだ。
「そっ、か……」
何が原因なのかがはっきりして、宗次郎の心が軽くなる。
心なしか、少女の顔つきも穏やかになったような気がした。
━━━ってことは、俺がやるべきことは……。
目の前の少女は、悩む必要があるのかどうか確かめろと言った。
燈か。柳哉か。その選択肢で悩むのは、柳哉が大地にあまりにも似ているから。
なら、宗次郎が確かめなければならないことは、柳哉についてだ。
「っ……」
息を呑む。
もし本当に何もかも大地と同じだったら、と思うと怖い。戦いで味わった、死ぬかもしれないという恐怖よりも恐ろしい。
「もう一つ、聞いてもいいかな」
「……なに?
「そっくりとか似てるってレベルを超えて、完全に同じ人間がいるなんて、あり得ると思うか?」
口にして宗次郎は少し後悔した。
━━━何を聞いてんだ俺は。アホか。
そんなものいようがいまいが、宗次郎が確かめない理由にはならないだろう。
━━━にげるわけにはいかねぇぞ、俺!
現状を打破するための打開策を思いついた。怖気付いている場合ではない。
そう気合を入れた宗次郎の目の前で、少女は腕を組んで考え込んでいた。
「……」
「あの、もしもし?」
「なかなか興味深い話題ね」
アホみたいな話題だと思っていたが、少女の食いつきが予想外にいい。むしろ一番生き生きしている。
「たとえば遺伝子が似た双子でも、全く同じなんてありえない。からなず差異がある。外見だけでなく、中身までそっくり
な人間を作り出せるとしたら━━━」
ぶつぶつとつぶやく少女。
宗次郎は完全に置いてけぼりだ。
━━━すごい探究心だな。
と感心すると同時に、宗次郎にもこの考え方が必要なのではないかと考える。
本当に何から何まで似ているのか、徹底的に検証してやろう。
怖くはあるが、できるかどうかという不安はない。
大地については誰よりも詳しい自信がある。一つ一つ、じっくりとやっていこう。
「……おし!」
パン! と頬を叩く。
「ありがとう。おかげでスッキリしたぜ」
「そう。なら早く行きなさい、若人」
いまだに歳上ぶる少女に、もはや怒りはない。わずかな苦笑が漏れるだけだった。
「それと」
「?」
「あなたの探している人は、来た道を戻って二つ目の角を右に曲がれば、会えると思う」
「そうなのか?」
「乙女の感よ」
フフン、と偉そうに胸をはる少女。
「わかった。ありがとう。それじゃ」
少女に頭を下げる。
━━━どうせ行く当てもないのなら、世話になったこの少女のいうとおりにしてみよう。
宗次郎は回れ右をして、足早に歩き出す。
「頑張って、宗次郎」
「え?」
少女に名前を呼ばれて振り返る。
しかし、そこには誰もいなかった。
━━━俺、あの子に名前を言ってないような……。
どうして名前を知っているのか。既視感を感じたから、やはりどこかで会っているのだろうか。
「って、自己紹介し忘れてた」
相当切羽詰まっていたな、と反省し、宗次郎は前を向いた。
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