第三部 第四十一話 導き出した答え その2
国がどうなってほしいか。
その問いに対する宗次郎の答えは、初代国王である皇大地と同じものだった。
━━━やっぱり。
返答を聞いて燈は少なからず落胆した。
予想はしていたが、宗次郎の心の中には常に大地がいる。おそらく自分で考えたのではなく、身近な人間の考えをそのまま持ってきたに過ぎない。
「……なるほど。希望に満ちたいい答えだね」
柳哉王子の笑いはどこか苦笑したようにも聞こえる。
「僕も心からそう思うよ。国民には幸せになってもらいたい。国民の願いを全霊で叶えていく。みんなもそうだろう」
瑠香、歩、綾の三人はこくりと頷く。
「瑠香は貴族を大切にして。歩は法を整備して。綾は財政を豊かにして。それら全て、国を動かす上で必要不可欠な要素だからね。僕も大事にしていきたい」
「そうですわね。現に兄様は私の茶会によく出席してくださるし」
「法整備に関しても、的確な指示をくれるしな」
「先日いただいた財政案も、北部の特性がよく反映されているとわが剣が申しておりました」
瑠香、歩、綾の順番に頷いていく。
彼らは各方面において専門的な知識があり、力を発揮する。その彼らを唸らせる活躍をしている柳哉はまさに万能と言えるだろう。
「そうだね。そして、僕は燈が大切にしたいものも同様だよ」
柳哉の柔らかで温かい視線が燈を捉える。
「燈が戦うのは国民のためだろう? その先に求めるものは何かな?」
「……平和よ」
時間をおいて燈は答えた。
宗次郎の答えとは違う。自分で考え抜いたと言うより、考えるまでもない答えだ。
燈は母親を殺された。妹を傷つけられた。
自分の一番大切な人間を失い、踏み躙られたあの悲しみを。苦しみを。
国民に味わわせたくない。
だからこそ、平和を求めた。戦うと誓った。
天主極楽教という脅威がある。貴族に苦しめられている市民がいる。なんとかしたい、と思う気持ちは捨てたくない。
「ばかねぇ」
燈の返答を嘲笑したのは瑠香だった。
「大陸は皇王国によって平定されているのよ。夷狄もいない。戦争はこの千年間一度も起きていないのに」
「姉上の言う通りだな。妖の発生や天主極楽教は存在しているが、この国では戦争行為とは無縁だぞ」
瑠香に続いて歩も呆れている。
「そうだね。戦争はないと言う意味では、この国は平和だ。だから、もっと争いを少なくする方法を僕も考えたんだ」
「それが、先程の案ですか」
「そう。八咫烏の数を減らすと言うやつさ」
隣で宗次郎が以外そうな表情をする。
八咫烏の減少と戦闘行為の減少が結びつかないのだろう。
それは、燈も同じだった。
「自然発生する妖はともかく、天主極楽教に関しては争う必要はないと思っている。彼らの根幹にある不満を取り除けば、戦う必要はないはずだ。そうだろう?」
柳哉の話に、周りの兄弟たちと同じく頷きたくなる衝動に駆られる。
「争いを少なくするために戦うと言うのは矛盾だ。それはより大きな争いを生むだけさ。だから戦わない。戦っちゃいけないんだ」
「……!」
隣で宗次郎が息を呑む声が聞こえる。きっと自分と同じように心を奪われているのだろう。
「だから僕は八咫烏の数を減らしたい。その分をもっと国民が豊かになるために使いたい。そのために、燈にも協力してほしいんだ」
「私に、ですか?」
「そうだとも」
兜の奥の瞳が三日月状になる。
「勘違いしてほしくないのは、ゼロにしたいわけじゃないんだ。少数精鋭とでも言えばいいのかな。燈や十二神将たちのように、強くて、一人で千人もの敵を相手にできるような、ね。それが僕の考える国のあり方。平和についての考え方だ」
「なるほど。平和を維持するための最低限を残すと言うことか」
「さすが柳哉お兄様ですわ!」
歩が感心する傍ら、綾が感嘆の悲鳴をあげて拍手をした。その拍手はやがて歩に伝播し、なんと瑠香まで拍手を始めた。
八咫烏も皇王国建国の頃からある制度であり、その中身は変わっていない。そこに初めて柳哉はメスを入れるつもりらしい。
━━━本当に、柳哉お兄様は……。
自分にはない圧倒的に広い視野で、今まで誰も考え付かなかったような案を思い付く。
「だから、僕に協力してくれないか? 燈。一緒に平和な国を作ろう」
柳哉が左手を差し伸べてくる。
平和。その二文字が麻薬のように燈の脳内を蕩かす。
━━━もし、平和になるのなら。
もし自分と同じような不幸が起きないのなら。仲間を失ったり、失わせたり。憎んだり、憎まれたりしなくて済むのなら。
「宗次郎も、どうかな?」
柳哉が空いている右手を宗次郎に差し出す。
白く、陶器のような手を思わず取りそうになる燈。
しかし、
「……宗次郎?」
燈が手を伸ばすより先に。
宗次郎は、その手を取るのでもなく、拒絶するでもなく。
視線を合わせるかのように、すっと立ち上がった。
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