第三部 第三十話 入った亀裂 その1

 会議室にて巌と別れた宗次郎は燈を追いかけた。




 幸い増麗と帝児がすぐ見つかったので、燈が自分の部屋にいるという情報を入手できた。




 ただ増麗曰く、




「かなり機嫌が悪い」




 とのことなので、気合いを入れる必要がある。




「どうぞ」




 ドアをノックすると燈の返事があった。




 ━━━燈の部屋、か。




 皐月杯や謁見の間で感じたものと異なる緊張感に宗次郎はむず痒くなる。




「宗次郎?」




「あぁ、今行く」




 ガチャリ、と扉を開けて中に入る。




 第二王女が暮らしているだけあって、飾り付けはしっかりされている。廊下と同じ朱い柱に白く塗られた壁。床には花が描かれた絨毯が敷き詰められており、柔らかい感触を味わえる。




 端には布団が敷かれており、見るからに整えられている。部屋の中央には丸い机とそれを挟むように椅子が二つあって、そのうちの一つに燈が腰掛けていた。




「殺風景な部屋でしょう?」




「あぁ、いや。うん……」




 なんと言っていいのかわからず、宗次郎は言葉を濁す。




 飾り付けはしっかりしているが、生活感はない。燈は八咫烏として各地を飛び回っているので当然だろう。




「必要最低限って感じで、俺は好きだよ」




「ふふ、そう」




 小さく笑った燈は宗次郎に椅子に座るよう促す。




 椅子を挟んで座り、向かいあう宗次郎と燈。




「あのさ。今後の予定について相談があるんだ」




 沈黙を破ったのは宗次郎からだった。




「何かしら?」




「これから燈の剣になって、大臣の指示を待つってことでいいのか?」




「……そうね」




 燈は小さく頷く。




 国王と謁見して褒美をもらったり、祝宴の席で王族や六大貴族と顔を合わせたり、神将会議に出席したりといろいろやった。が、王城にきた本来の目的は別にある。




 すなわち、燈の剣になること。




 幼い頃に交わした、燈との約束を果たすために来たのだ。




「具体的にはどうやって剣になるんだ?」




 宗次郎は屈んで机に肘をのせる。




 初代国王である皇大地と初代王の剣である穂積宗次郎の関係が元となり、『剣の選定』という制度ができた。とはいえ宗次郎は自然と周囲から剣と呼ばれるようになっていったため、今の時代どのように剣となるのか知らなかった。




「二人で儀式を行うのよ。国王の前でね。それほど大掛かりなものではないから安心して」




「そっか」




「……」




「……」




 それきり、会話が途切れる。




 ━━━珍しいなぁ。




 朝の燈は全てを拒絶する冷たさがあったが、今は冷たさどころか覇気もない。疲労感が滲み出ていた。




「その儀式はいつやるんだ?」




「……」




 燈は俯きがちに目を細めた。




「未定よ」




「え?」




 燈の返事に宗次郎は素っ頓狂な声を上げた。




 謁見も祝宴の席も神将会議も段取りが決まっていた。




「別にいいでしょう。儀式は形式上のもの。謁見と違って大勢に見せつける必要もないわ。それに━━━」




燈ははぁとため息をついた。




「今すぐやる必要もないでしょう」




「!?」




 宗次郎にとってはまさに青天の霹靂だ。




 燈との約束を果たすためにここまで頑張ってきた宗次郎にとっては。




「燈……」




「一人になりたいの。席を外すわ。この部屋にいたいのならいてもいいから」




 逃げるように立ち去ろうとする燈の手を思わず掴む宗次郎。




「ちょっ、待ってくれ」




「離して!!」




「ぐあっ!」




 宗次郎の手を振りほどく燈。爆発した怒りは無意識のうちに波動を活性化させる。




 すべてを凍てつかせる、氷の波動。




「ぐ、ぅ」




 宗次郎は思わず座り込んだ。




「あ……」




 顔を上げると、絶望と悲しさと後悔が入り混じった




「っ」




 宗次郎が声をかけるより早く、燈は何も言わないまま部屋を出ていってしまった。




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