第三部 第二十八話 神将会議 その5
神将会議において宗次郎を議題に挙げたのは、燈の発案だった。
理由は宗次郎の立ち位置が不明確であり、不安定だからだ。
初代王の剣として記憶と波動を覚醒させ、天斬剣の持ち主となり、皐月杯で名を挙げた。ところが、今の宗次郎は身分としては貴族の一人にすぎない。
絶大な力を持ちながら、国家に所属する波動師ではないのだ。
燈の剣になったとしても、剣はただの称号でしかない。燈の独断で宗次郎の今後を決定することはできない。
かと言って放っておくには力がありすぎるので、神将会議にて宗次郎の今後が決定されることとなった。
「彼の実力は皐月杯での戦いぶりに現れている通りです。すでに二本脚、いえ、十二神将にも引けを取らない実力を秘めています」
天主極楽教の件に引き続き、燈が出席者全員に向けて自分の意見を語る。
「特例として、穂積宗次郎に八咫烏の地位を与えるべきと考えます」
「では、宗次郎殿に八咫烏の地位を与えたとして、その後はどうされるつもりなのかな?」
「私とともに対天部に所属してもらいます」
「……なるほど」
燈の話を一通り聞いた刹羅が息を吐き、椅子に深く座りなおして背もたれに体を預ける。
「確か、燈殿下は宗次郎殿を剣にするのでしたな」
「そうですが。何か問題でも?」
━━━あ、やばい。
宗次郎は背筋に悪寒を感じた。
燈の機嫌が悪くなっている。気のせいではない。大臣に喧嘩を吹っ掛けられたかのようだ。
「いえ、なにもありませんよ。では、各々方の意見を聞かせていただきたい」
「よろしいのではないでしょうか。燈殿下のおっしゃる通り、実力的には問題はないかと」
「私も同じですな。戦力が増えるのはありがたい」
増麗と巌が燈の案に同意を示す。
「悪ィ。俺ァどうでもいいや。八咫烏じゃねェんで」
帝児は興味なさげに手をひらひらと振る。
帝児は十二神将ではあるが、立場としては闘技場に所属する剣闘士だ。
「私も。ただ━━━皐月杯での戦いを見る限り、対天部より討妖局に席を置いた方がいいと考える」
口を濁しながらも発言した伊織に、周囲の空気が揺らぐ。
八咫烏は皇王国において警察と軍事の役割を担っている。巌が率いる波動犯罪捜査部が警察なら、討妖局は軍事の役割だ。波動庁においても花形の部署であり、主な仕事は発生した妖への対処や軍事的訓練、海域の警備など様々だ。
宗次郎の戦闘スタイルからして、妖と戦う部署の方がいいと伊織は言いたいのだろう。その意見は間違ってはいないと宗次郎自身思う。
妖と戦った経歴ならこの中で誰よりも、伊織よりも自信があるくらいだ。
「ふむ。宗次郎殿は、どうお考えかな?」
「はい!」
刹羅からいきなり話題を振られ、宗次郎は思わず大きな声を上げる。
「私も八咫烏であれば対天部に所属したいです」
自分の意思をきっぱりと伝える宗次郎。
伊織の言う通り、宗次郎は妖との戦闘に向いている。だがやりたいこととやれることは違う。天主極楽教は放っておけないし、天修羅と関りがあるのなら、宗次郎にとっては因縁の相手だ。
「なるほど……本人が望み、部長の巌殿が言われるなら問題はないだろう」
大臣はフゥと息をつき、机に肘を置いて両手を組んだ。
「だが、私は宗次郎殿に八咫烏の地位を与えることについては反対だ」
ビキリ、と。
空間に亀裂が入ったような音が聞こえたような気がした。
「大臣殿。その理由は?」
静かな怒りをにじませる燈。
「宗次郎殿は強い。いくら武に疎い私でもそれはわかる。しかし八咫烏は強くあればいいというわけではない。とくに波動犯罪捜査部に籍を置くのであればなおさら。そうであろう? 巌部長」
「おっしゃる通りだ」
巌が首を縦に振った。
燈と政治的に敵対しているとはいえ、宗次郎も刹羅の指摘には同意する。
軍事と警察。仕事の内容が異なれば求められる能力も異なる。 現に、討妖局で働く伊織と波動犯罪捜査部で働く巌では同じ波動師でもタイプが違う。
できることとやりたいことは違うが、やりたいことができなければやらせてもらえるとは限らないのだ。
「でも━━━」
「私は」
燈の発言を今まで黙っていた献士郎が遮る。
低く、適度に重みのある声が会議室に響いた。
「私は刹羅大臣の意見に賛成する」
「では、穂積宗次郎は八咫烏になれないと?」
「そうは言っておらんよ。ただ、懸念点を払しょくしてからでも遅くはないだろうという話だ」
「その懸念点とは?」
食って掛かる燈に刹羅はため息をつく。
「先ほど伝えた能力面の問題、そして経歴の問題だ」
「経歴?」
「そうだ」
ここにきて刹羅が宗次郎に向き直る。
「気を悪くしないでもらいたいのだが、宗次郎殿。貴殿が長い間行方不明になっていた点について懸念する声が多いのだよ」
燈がムッとする中、宗次郎はどこか納得していた。
三塔学院に入学する少し前、宗次郎は波動を暴走させて時空間の渦に飲まれた。その結果千年前の時代に飛び、大地と出会えたわけだが。この時代では行方不明の扱いになった。
しかも宗次郎が行方不明になった間、どこで何をしていたのかは公表されていない。
周りから見れば、長い間行方不明になっていた男が突然突然天斬剣の主に選ばれ、伝説の英雄と同じ力を持ったのと同義なのだ。
━━━でも。
刹羅のいう悪い気はしないが、それでも宗次郎は異を唱えたい。
しかし、
「そうですか」
先ほどまで突っかかっていたのが嘘のように、燈は納得していた。
━━━え?
会議の場であることも忘れて、宗次郎は燈を凝視する。
天斬剣の、初代王の剣の実力を見せるため、何より宗次郎が天斬剣の持ち主にふさわしいと証明するために、皐月杯に出場したのではなかったのか。確かに決勝戦では妖の乱入こそあったが、十分な活躍をしたという自負がある。
宗次郎が思いつくぐらいなので、当然燈だって気付いているはずだ。きっと反論してくれる。そう思っていた宗次郎は肩透かしを喰らった。
「では、どのように懸念点を払拭すると?」
「それは献士郎殿と相談し、数日中に条件を返答をする。構わないかな、殿下」
「ええ。それで」
あんなに刹羅に食ってかかっていた燈があっさりと食い下がる。
内心驚いているのは宗次郎だけではなく、増麗や帝児、当の刹羅ですら少し目を見開いているように見えた。
「では、宗次郎殿の今後については一度保留。条件を達成すれば、八咫烏の地位を与え、波動庁の波動犯罪捜査部に籍をおくものとする。以上だ」
刹羅の発言により、神将会議は幕を閉じた。
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