第三部 第二十七話 神将会議 その4

 規定以上の面々が集まったことで、神将会議が始まった。




 出席するメンツは以下の通り。




 第一席。現国王の剣、大臣を務める阿路刹羅。




 第二席。二刀の極致第一王子、皇柳哉の剣である土方献士郎。




 第四席。幻惑の老獪十二神将の最古参にして波動犯罪捜査部の部長、母良田巌。




 第五席。大陸一の活強使いと名高い間虎帝児。




 第七席。花菱家の当主にして十二神将のエース、花菱伊織。




 第八席。“冷血の雪姫”、第二王女にして最年少で選ばれた皇燈。




 第十席。波動具管理局局長を務める根来増麗。




 以上七名によって行われる会議の議題は大きく分けて二つ。




 一つは、天主極楽教の近況報告と甕星の件についてだった。




 燈が立ち上がり、天斬剣強奪から皐月杯の終了に至るまでの経緯を出席者全員に向けて説明する。




 すでに捕らえたシオンと裏切った練馬については皆知っていたので鷹揚にうなずくだけだった。やがて皐月杯の決勝に乱入した妖の話題になると、神妙な空気が会議室に流れ始めた。




 圓尾が変貌した妖は大型に分類される。以前伊織が倒した妖の五倍はあった。




「大型の妖が現れるなんざ、珍しいじゃねぇか。俺も戦いたかったなァ」




「不謹慎な発言は控えなさい、帝児。確かに、五年ぶりの出現ですけれど」




 机に椅子を載せて背もたれに体を預けている帝児を増麗が叱る。




「妖を討伐したところで、例の甕星が現れたのか?」




「はい」




 巌の質問に燈がうなずき、甕星について説明を始める。




 体全体を覆う真っ白いフード。得体のしれない異様さ。




 そして、戦闘で疲弊した宗次郎たちに精神感応を仕掛けた実力。




「……燈殿下は、その甕星についてどう考えておられるのかな?」




「十中八九、天主極楽教の関係者とみていいかと」




 刹羅の疑問にきっぱりと答えた燈。一瞬だけ部屋が静かになる。




「新しい教主でしょうか?」




 伊織が小さい声でつぶやく。




 六大貴族の当主とはいえ、十二神将の中ではまだ若手の伊織。会議では積極的に発言はできないらしい。




「ここで判断するのは難しいな。殿下、とりあえず席に就け」




「はい」




 席につくよう促した巌が入れ替わるように立ち上がる。




「三か月前の作戦で神代のやつを捉えてから、天主極楽教に目立った動きは見られない。ただ━━━」




 波動犯罪捜査部に所属する以上、天主極楽教に関する情報を多く持っている巌が咳払いをする。




「最近、残党が北部に集まりつつあるという情報が入ってきた」




「北部?」




 首をかしげたのは、燈、増麗の女性二人。




「巌様、その情報は確かなのですか?」




「今精査中だが、間違いないだろう」




 巌が静かに答えると、質問をした増麗が口に手を当てて考え込む。




 話を聞いていた宗次郎はなぜ北部に集まるのか理解できないことが不思議だった。




「今までは西部と南部に拠点が集中していたのに、なぜ今北部なのかしら?」




 不思議がる宗次郎を察してか、増麗が宗次郎の心の声を代弁する。




「連中の行き場がほかにないからでしょうよ。蟠桃餅の原料が育つのは南部と西部なんだろ? なら、残すは北か東だ」




 それに答えた帝児は椅子をぐらぐら揺らしていて、たいして気にしていない様子だ。




 蟠桃餅は麻薬だ。依存性と幻覚性が強く、大陸全土にばらまかれていて社会問題になっている。天主極楽教が製造し、その財源にもなっていた。




 その原材料は温暖な気候で育つ。なので南部、南西部が原産地になる。北部では寒すぎて育たないのだ。




「私が向かいましょうか?」




「いや。情報は未確定なうえ、しょせんは残党。雑魚の集まり。十二神将を割くには時期尚早だ」




 燈の提案を巌が遮る。




 残党がおとりだった場合、十二神将の一角という強大な戦力が無駄になってしまう。巌の采配に間違いはないように思えた。




 ━━━でも。




 宗次郎には一つ気がかりな点があった。




 天主極楽教は千年前に飛来した天修羅を神とあがめる宗教だ。信じられない話ではあるが、妖を生み出し、大陸の半分を地獄へ変えた魔神を信仰しているのだ。




 天修羅は初代王の剣である宗次郎の手によって倒されたが、信徒たちは復活すると信じているらしい。








 そして、宗次郎が天修羅と最後に戦ったのは、北部にある大雪山だった。








 ━━━偶然、か?




 天修羅の復活を企む天主極楽教の残党が北部に集まっている。その事実に、宗次郎はどうしても疑念がぬぐえない。




 同時に、まだ大丈夫という思いが沸き上がる。大雪山は標高三千メートルの山々が連なっているため、そう簡単に足を踏み入れることができない。天主極楽教の残党がいるとされる場所は北部ではあるが、大雪山からはまだ距離がある。




「!」




 考えても仕方がないことだ、とかぶりを振った瞬間、宗次郎は第一神将である献士郎が自分を見ていることに気が付いた。




 ━━━なんだ?




 視線は宗次郎を捉えているはずなのに、焦点があっていない。自分を見ていないような気さえする。故に、献士郎が何を考えているのかも宗次郎は読めない。




「とにかくだ」




 巌の鋭い声に宗次郎はハッとして、会議に集中する。




「教主を捕らえたからといって、天主極楽教は壊滅してはいない。対天部は縮小せず、今後はより一層監視の目を光らせる必要がある。追加予算を申請する状況になるかもしれないが、かまわないな?」




「無論だ。天主極楽教は皇王国の敵。ひいては国王陛下の敵である。速やかに殲滅せよ」




 巌の提案を刹羅が了承し、献士郎は静かにうなずいた。




 巌は波動犯罪捜査部の部長なので人員や組織規模の変更はできる。しかし国庫の管理をしているのは内政を担当する大臣なので、予算については彼の了承がいる。




 まさに政治的なやり取りだった。




 ━━━つーか。燈の話じゃ、天主極楽教の裏で糸を引いているのは大臣じゃないかって話だったけどな……。




 燈の話がもし真実だとしたら、この大臣はとんだ食わせ物だ。陰で操っているテロ組織に対抗する警察組織の予算を握っているのだから。




 ━━━時代が変わった、か。




 大地の墓で味わった寂しさに宗次郎は再び包まれる。




 千年魔の戦いは地獄だった。大陸を支配し、妖を使って人類を滅ぼさんとする天修羅。天修羅が生み出した化け物である妖。大勢の人々が死に、町が焼き払われた。




 同時に、その戦いはシンプルだった。




 倒すべきは人類共通の敵、妖と天修羅。人間側も誰が軍のトップに立つかなど些細なことでもめることはあったが、敵に対しての認識は共通していた。




 だからこそ数多くの妖を葬り、天修羅を倒した宗次郎は英雄になれたのだ。




 しかし、今は、




 ━━━違う。今の敵は……。




「では、一つ目の議題は終了とする。次は━━━」




 天主極楽教への対策は続ける。ミカボシについては引き続き警戒をする。




 その話がまとまったところで、刹羅の瞳に囚われる宗次郎。




「お待たせしたね。次は君についてだ。穂積宗次郎君」




 口元には笑みを浮かべているのに、細くなった目は全く笑っていない。




 その強烈な違和感と不気味さに宗次郎の神経が逆なでされる。




 ━━━今の敵は、人間だ。




 かつての戦いと異なりやりづらさを覚える英雄は、椅子に座りなおした。




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