第三部 第二十六話 神将会議 その3

 宗次郎が振り返ると、会議室の扉に二人の男性が立っていた。




 一人は恰幅がよく、腹がはち切れんばかりに膨らんでいる。背も高く、二メートルはあるだろう。整えられた白髪と髭、金銀をまぶした装飾に、指には全て指輪━━━それも波動が込められた宝石付きだ━━━がつけられている。大きな顔についた二つの目はまるで空洞のようで、無機質な闇が奥に広がっていそうな錯覚を覚えた。




 そんな金持ち貴族を絵に描いたような男と対照的に、もう一人はいかにも武人という顔をしていた。羽織の上からでも鍛え上げられているとわかる太い腕、しっかりとした眉、鷹のように鋭い瞳。がっしりとした体格に八咫烏の黒い羽織がよく似合っている。表情にも雰囲気にも遊びが一切無く、謹厳とした在りようは鍛えた鋼を思わせた。




 ━━━っ! 




 二人が入ってきたことで部屋の空気ががらりと変わった。




 肌がひりつくような威圧感、気持ち悪い風が吹き抜けた錯覚を覚える宗次郎。




「……」 




 身構えるに、いかにも武人然とした男が近づいてきた。




土方ひじかた献士郎けんしろう。十二神将の第二席だ」




「初めまして。穂積宗次郎です」




 ぼそりとした自己紹介に対して、昨日と今日で幾度となくしてきた挨拶を繰り返し、宗次郎は握手をする。




 ━━━強い。




 握り返してくる手のひらは宗次郎の者に比べ一回りも大きい。帝児のように力を籠めなくてもその力強さ、波動の強壮さが伝わる。それでいて伊織のような若々しさとは違い、樹齢千年を超える大樹に身を預けたような安心感がある。




 土方ひじかた献士郎けんしろう。最高の波動師とも呼ばれている男だ。




 三十七歳と年齢的には下り坂なので、一線は退いている。現役時代は首都で発生した妖の八割を討伐した。それも単独で、だ。その実力は今でも健在で、鮎と並び十二神将中最強なのではといまだに噂されるほど。




 それでいて指揮能力も高い。八咫烏が行う合同訓練でも勝ち星を挙げ、勝率は歴代三位に入る。特筆すべきは被害を最小限に抑える手腕で在り、損害率の低さは堂々の一位。敗北した場合も含めて、である。




 その実力と、皇王国、ひいては国王への忠誠の高さから最高の波動師と讃えられていた。現在は若くして波動庁の長官を勤めている。




 そして、




 ━━━この人が、あの柳哉王子の剣か。




 大地の面影を持つ第一王子、皇柳哉の剣を勤めているのが、この献士郎だ。




 柳哉が次期国王として最有力候補に選ばれる理由の一つでもある。柳哉は優秀な政治家ではあるが、戦闘面や波動術の腕前は突出していない。




 その欠点を、剣の献士郎が見事に補っているのだ。




 ━━━そういえば、どういう繋がりなんだ?




 握手を終えた宗次郎は疑問を抱く。




 要人の資料を見ても疑問だった。他の王族たちは自分の後ろ盾になっている貴族を剣に選んでいた。鉄道大好きな巧実はまさにその典型だ。




 しかし、土方家は代々要人の警護を勤めてきた武人の家系ではあるが、大貴族というには程遠い。柳哉の後ろ盾をしているのは━━━




「では、私も挨拶をしておきましょう」




 恰幅の良い男がのしのしと音を立てて近づいてくる。




「初めまして。穂積宗次郎殿。十二神将第一席、国王の剣にして皇王国の大臣を勤めております、阿路あじ刹羅せつらと申します」




「穂積宗次郎です」




 油が塗られたようなねっとりとした声に応じて、宗次郎は握手する。




 刹羅の印象を一言で語るなら、でかい、に尽きる。二メートル以上ある背丈や腹などの体格はだけではない。武人の放つ威圧感や殺気とも異なる。




 直接的な戦闘能力は宗次郎が上だが、人間的な大きさというべきか、存在感があるのだ。舞台に登場した瞬間に観客の関心と視線を一気に集められそうだ。




 ━━━この人が燈と敵対している大臣か。




 手を離した宗次郎は燈との会話を思い出す。




 刹羅は燈の父、悠馬の剣だ。悠馬が国王になったと同時に大臣に就任した。それ以来、剣の立場を利用して皇王国の内政に深く関わっている。




 言い換えれば、国王を影で操り実権を握っているのが、この刹羅なのだ。




 ━━━燈の話じゃ、相当なやり手らしいが。




 権力を握っているだけあってその政治的手腕はかなりのものらしい。敵対する貴族を裏切りや謀略により抹殺したり、味方だろうが敵だろうが言葉巧みに利用してのし上がった男だと燈は言っていた。




「……」




 刹羅が背を向けて自分の席に向かう間、燈が目配せしてくる。




 ━━━わかってるって。




 宗次郎は小さく頷く。




 王国派と貴族派。皇王国を二分する内部闘争において、刹羅は貴族派の筆頭だ。




 対して燈は王国派の立場にある。『初代国王を超える王になる』、その目標のために、刹羅は目の上のたんこぶだ。




 十二神将は国王が最強と認めた波動師たちの集まりだ。しかし、一つだけ例外がある。




 十二神将の第一席は当代国王の剣が選ばれる仕組みになっている。その実力が波動師として劣るとしても、だ。




 この仕組みが採用されたのは五代目の国王のころ。当時の剣が、




「初代王の剣が十二神将であるのなら、国王の剣に選ばれたものは十二神将の称号を得てもいいのではないか」




 と意見を出し、国王がそれを了承したのだ。




 剣とは王族が自身の最も信頼する人間に与える称号であるが、その実態は権力闘争の道具に成り下がっている。王族たちは自分を次の国王にしてくれる貴族を、貴族は自分を権力の座に着かせてくれる王族を選ぶ。だからこそ剣である刹羅は大臣の座についている。




 剣が実力が劣っても十二神将に選ばれる仕組みなど、制度が形骸化した象徴と言えるだろう。




 十二神将はあくまで称号なので、権力や地位とは関係がない。しかし発言を無下にすることはできない以上、波動庁の制度に口を出すことができてしまう。




「では、会議を始めましょう」




 十二人が座れる丸い机の向こうで、刹羅が怪しげに微笑んだ。


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