第三部 第二十五話 神将会議 その2

立ち上がった青年に対して、増麗が頭を下げる。




「あら、伊織いおり殿。ごめんなさいね」




「いや、すまない。思いのほか大きくなってしまった」




 ━━━この人。




 増麗に軽く頭を下げる男に、宗次郎は見覚えがあった。




 刀預神社に向かう途中、門と一緒に見たテレビに映っていた。炎の波動で妖を真っ二つにした十二神将だ。




「よろしく。俺は花菱はなびし伊織いおりだ」




「穂積宗次郎です。花菱というと……」




「そう。六大貴族の一つ。花菱家の次期当主が俺さ」




 握手を交わす二人。帝児の時のように握りつぶすような真似はしない。




 六大貴族の次期当主といいながら、初対面の玄静に会った傲慢さは全くない。歌い上げるように軽やかで、爽やかだった。




 花菱伊織。年齢は二十七歳。根来増麗と年齢が近い。燈が加入するまでは最年少で十二神将に選ばれた才能あふれる波動師だ。




 代々炎の波動を極めてきた花菱家は歴史が古く、その源流は千年以上前、皇王国建国より古い。初代十二神将に選ばれてから、歴代の花菱家の当主は全員十二神将に選ばれている、まさにエリート中のエリート貴族だ。




 それでいて、伊織は自分が六大貴族であることを鼻にかけていない。来ている羽織も袖をまくって飾り気がない。顔つきは戦士の鋭さと人懐っこさが同居し、朗らかさがうかがえる。




 そんな絵にかいたような爽やかさを持つ好青年なので、十二神将の中でも伊織は花形だ。宗次郎が見ていたテレビしかり、メディアへの露出も最も多い。




「皐月杯の決勝、見させてもらったよ。素晴らしい戦いだった」




「ありがとうございます」




「ははは、そんなにかしこまらなくていいぜ。君もすぐに十二神将に選ばれるだろうし」




 そのときはよろしくな、と肩をぽんぽんと叩かれる。




「にしても、まさかあの玄静が本気で戦うなんてなぁ」




「あいつと知り合いなんですか?」




「そりゃ、同じ六大貴族だからな」




 そういう伊織にどこか哀愁を感じる宗次郎。




「おい伊織ィ、宗次郎には俺が先に唾つけてんだ。抜け駆けするんじゃあねェ」




「いいじゃないですか帝児さん。独り占めはずるいですよ」




「もう、この戦闘狂たちは」




 宗次郎をめぐり言い争ういい年した大人。ため息をつく増麗。




 そこへ、




「おお、なんだ。もう揃ってるじゃねぇか」




 会議室へ響いたのは気の強さを感じさせる老人の声だった。むしろ横暴さすらある。




 体格は160センチあるかないか。体つきも細く、力強さよりもしなやかさが印象に残る。それでいて歩き方ひとつとっても優雅さがある。肩まで伸びた白髪はまとめらえており、顔に刻まれたしわと伸びた顎髭も相まって年季を感じさせる。




 正直、戦士の風格は感じられない。年齢と相まって波動の鋭さは針のようだが、波動の総量は中の上程度。先ほどであった帝児や伊織を虎とするなら、この男性は狐といったところか。




 何も知らなければ本当に十二神将なのかと疑うところだ。現に宗次郎も資料の写真を見たとき、こんなよぼよぼの爺さんがと思ったものだ。




 しかし、




「帝児、伊織。二人とも元気そうだな」




「ウッス! いわお部長もお元気そうで!」




いわお部長! お疲れ様です!」




 十二神将の精鋭二人がこぞって姿勢を正し、挨拶をする。




 彼らの態度がこの老人の実力を物語っていた。




 母良田ほらたいわお。年齢は六十間近で、十二神将の中でも最古参のメンバーである。




 生まれは一般階級ながら波動の才能があり、三塔学院に入学。卒業後は波動庁に所属し、それ以降波動犯罪の捜査に尽力してきた。




 現在は波動庁のナンバー2であり、波動犯罪捜査部の部長を務めている。皇王国最大のテロ組織、天主極楽教の対策を長年練ってきた男でもある。




 ゆえに、




「巌部長、ご機嫌麗しゅう」




「よぉ燈殿下。相変わらず別嬪さんだな」




 第二王女である燈ですら頭を下げる。




 燈が天主極楽教の教主を捉えた作戦には巌も参加し、陣頭指揮を執ったと資料にあった。おそらく燈もお世話になったのだろうと想像に難くない。




「で、例の坊主はお前か?」




 巌の猛禽類のような相貌にとらえられる。




「穂積宗次郎と言います。よろしくお願いします」




「おう、よろしく」 




 立場のわりにずいぶん特徴がフランクだな、と思いながら差し出された手を握る宗次郎。しわがあるのにしっかりと握り返された。




「お前さんの活躍は聞いているぜ。シオンのやつを捕まえてくれたこと、礼を言わせてくれ」




「は、はぁ。どうも」




「ははは。皐月杯のほうじゃないのかって顔しているぜ?」




 頭の中を見抜かれた。前にも燈に考えを読まれた気がする。




 犯罪の捜査をする人間は心を読む能力でも備えているのか、と宗次郎は頭を搔いた。




「三か月前の作戦でシオンのやつを取り逃がしちまったからな。ある意味お前さんにゃ尻拭いをしてもらったってわけだ」




「そうだったんですか」




 藤宮シオン。刀預神社の宮司を代々務めてきた藤宮家の人間だったが、ある事件をきっかけに天主極楽教の一員となった女性。天斬剣を強奪し、燈と宗次郎をあと一歩のところまで追いつめた波動師だ。




 ━━━今どうしているんだろうか。




 もしかしたら巌なら知っているかもしれない。宗次郎は質問しようとしたが、ところで、と巌が言葉を発した。




「参加するのはこれで全員か? そろそろ時間だろう」




「どうでしょう。巌部長は何か知っていますか?」




「みのりはいつもの研究だろう? あとは知らねぇ」




 伊織の質問に肩をすくめて巌がいすに腰掛ける。




 神将会議は現十二神将の過半数が出席する必要がある。第九、第十二が空席のため、五人以上だ。ここにいるのは、燈、帝児、増麗、伊織、巌の誤認。定足数は満たしているが、まだ来るのだろう。




「鮎のやつもどこほっつき歩いてるかわからんしな。そういや、宗次郎は鮎の弟子だったな」




「あ。はい」




 引地鮎。十二神将の第三席を担う女傑。風の波動を操り、十二神将の中でも最強と目されているほどの実力を持つ。




 ただ、権力を好まず、束縛を嫌う鮎は王城どころか波動庁にすら顔を出さない。好き勝手に各地を放浪しているのだ。




 宗次郎は縁があって彼女に弟子入りし、波動の扱いや活動の基礎を学んだ。時間と空間という属性の扱いについても、だ。




「なにいっ! 本当かそりゃあ!」




 引地の弟子、その言葉に反応したのは帝児だった。




 ずかずかと大きな足音を立てて帝児が近づいてきて、宗次郎は肩をガシッと掴まれた。




「おい宗次郎、今の話はマジか?」




「は、はい」




 顔が近い。熱気がすごい。




 サングラスのせいで見えないが、その奥の瞳が爛々と輝いていると容易に想像できる。




「頼む! 姉御、いやお前の師匠についていろいろと教えちゃくれねぇか!?」




「か、かまいませんけど」




「そうか。そうか……」




 宗次郎をよそに、サングラスの奥から一筋の涙が流れた。




 ━━━な、なんなんだ!?




 どう見ても風体がやくざな帝児に詰め寄られたと思ったら、いきなり泣かれた。宗次郎は戸惑いを通り越してもはや意味不明だ。




「実は、俺ァ……俺ァなァ」




 あ、なんか長くなりそうだ、と身構える宗次郎。




 逃げた異が肩をつかまれていて不可能だ。燈に助けを求めようにもどこかとげとげしい今日の様子じゃ期待ができない。








「引地の姐御に、ぞっこんなんだよっ……!」








 言葉の意味を理解するのにしばらく時間がかかった。




「はい?」




「だからなァ、俺は姐御に惚れてんのよ」




 ワンテンポ遅れて質問を返したが、どうやら誤解ではなかったようだ。




「帝児、あなた……」




「なんだよォ。いいじゃねぇか!なかなか会えなくて寂しいんだよぉ」




 あきれ果てる増麗に帝児は勢いよく振替し、自分の愛情をぶつける。




 その態度からして、帝児の木本が本気なのだと理解した宗次郎は、




 ━━━師匠のどこがいいんだ……?




 同時に理解しがたい感覚に包まれていた。




 三年近く鮎には鍛えてもらい、そのことに恩義は感じている。十二神将名だけあって波動の腕前は今でも勝てる気が


しない。




 女性としても美人だと思う。長くてあでやかな黒髪と整った顔立ち、体つきも実に女性らしい。




 ただ、性格はかなりおおざっぱでいい加減だ。




 自由を好み、束縛を嫌う性格の鮎はその日の気分で押さない宗次郎を振り回した。




 浴びるほど酒を飲み、山ほど食べ、あとで気持ち悪くなって寝込んだり。賭け事に興じすぎて借金をこさえたり、町のチンピラに喧嘩を吹っ掛けて大暴れしたり。お金の管理も雑で、しょっちゅう財布を落としては宗次郎に探させたものだ。




 波動の訓練においても、明日は勝壕の訓練をするといいながら当日になって気分でメニューを変えたりした。




 ━━━まぁ、ちゃんと教えてくれたおかげで強く慣れたけど……。




 感謝はしている。されどあんな大人になりたいかといわれれば首を横に振りたい宗次郎。




「いいか!? 姐御はなァ━━━」




 やっと宗次郎の肩を離した帝児が鮎への思いを語り始める。




 もしかしてあの傍若無人っぷりは宗次郎を強くするための演技で、公の場では猫を被っているのではないかと邪推する宗次郎。




 ━━━いや、ないな。




 自由を好む鮎が場に合わせて自分を偽るなんて絶対にしない。宗次郎がそう確信したとき━━━




「ンフフフフフ、賑やかですねえ」




 笑っているのにどこか冷ややかな、野太い声の主が入ってきた。


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