第三部 第二十四話 神将会議 その1

 神将会議が始まる十五分前となった。




 宗次郎は昨日の礼装と違い、普段通りの格好で会議室に向かっていた。最低限の身だしなみとして、腰には封印がされた天斬剣を穿き、髪形は整えられている。




 隣を歩く燈も八咫烏の服装を身にまとっていた。十二神将のみが纏うことを許される、背中に数字の入った烏羽色の羽織だ。髪はまとめられ、装飾は少なめ。より本人の美しさが際立つようになっている。




 ━━━ううむ。




 歩きながら宗次郎は尻がむず痒くなる。




 落ち着かないのだ。




 緊張のせいではなく、隣にいる燈が冷たい態度のままだからである。




 加えて、宗次郎に味方がいない。




 森山は祝宴の席同様、割り当てられた部屋で待機している。庭でフォローしてくれた玄静も今はいない。




 つまり、宗次郎は一人でご機嫌な斜めな燈とときを過ごさなければいけないのだ。




「宗次郎」




「あれ?」




 燈の声がずいぶん後ろからした。




 振り返ると、会議室と書かれたプレートの下にいる燈が向こうにいる。




 どうやら部屋を通り過ぎてしまったようだ。




「何をしているの? しっかりして頂戴」




「……悪い」




 ペコリと頭を下げ、宗次郎は燈の元へ駆け寄る。




 ━━━やっちまった。




 燈と出会った、いや再開した頃を思い出す。




 記憶も波動もなく常識知らずで、周囲の足を引っ張ってばかりだった宗次郎は燈から冷たい目線を向けられてばかりだった。




 ━━━いや、あの時よりひどくないか?




 別荘にいた燈は冷たさだけでなく、暖かさが垣間見えていた。しかし今はそれすら感じられない。




 小さくなった宗次郎に見向きもせず、燈は会議室の扉をガラリと開けた。




 ━━━っ!




 部屋から漏れる空気に、威圧感を塊にしてぶつけられたような衝撃を覚える宗次郎。




 重いのだ。




 部屋の中にいる人間が無意識のうちに発する波動。気を抜けば重圧感で押し潰されそうだった。




「十二神将第八席。皇燈、入ります」




 挨拶する燈の後に続いて中に入る。




 中央には巨大な丸い机、それを十二個の椅子がぐるりと囲っている。奥の壁には十二羽の八咫烏が力強く羽ばたいている絵が飾られていた。




「ヨォ、待ってたぜぇ殿下」




 すでに部屋の中にいたのは三人。そのうちの一人、机に足を乗っけていた男性が燈の挨拶と同時に立ち上がった。




 身長は宗次郎より少し高い。何より体つきが引き締まっていて、羽織の上からでも鍛えられているとはっきりわかるほどだ。黒い髪は短くまとめられてオールバックにし、漆黒のサングラスをかけていた。




 特徴的なのは、身体中についた傷だろう。




 顔にも、はだけた服装から覗く胸元も、袖をまくっていつことで見えている腕にも。




 斬撃を喰らった痕が無数にある。




「帝児、元気そうね」




「オウよ。俺はいつだって元気ですからねぇ!」




 ドン! と帝児と呼ばれた男性は自身の胸を叩く。




 それだけで会議室全体が揺れた気がした。




「んで、そいつが例の男ですね?」




「そうよ」




 サングラスの奥にある瞳に捉えられる。




 宗次郎は一歩前に出た。




「穂積宗次郎と言います」




「間虎帝児だ。十二神将の第五席をやってる。よろしくな」




 帝児が右手を差し出してくる。




 はたから見ればただの握手でしかないが、宗次郎はその意味を理解できた。




 宗次郎も同じく右手を出し、帝児の手を握る。




「……」




「……」




 無言のまま、握手を続ける男二人。




 ただし。




 その前腕の筋肉はかつてないほど張り上がり、血管が浮き出ていた。




「カカッ、やるじゃねぇか! テメェは合格だ!」




「……どうも」




 どちらともなく手を離す。




 二人は握手をしながら互いに互いの手を握りつぶそうとしていたのだ。




 いわば、簡単な握力勝負だ。




 ━━━さすが、大陸一の活強使いは伊達じゃねぇな……。




 宗次郎はたまらず手を振って痛みを誤魔化す。




「いやぁ、殿下もなかなかの男を連れてきますね。活強の腕なら殿下より強いんじゃねぇですかい?」




「悪ふざけがすぎるわね、間虎」




「なぁに、平気ですよ」




 帝児の右腕が宗次郎の頭を抱え込み、アームロックしてくる。




「あの剣爛闘技場で戦い、皐月杯で優勝したってんなら、俺の後輩みたいなもんでしょうよ! なぁ、宗次郎!」




 ━━━な、馴れ馴れしい!




 間違いなく初対面なのに、一気に距離を詰めてきた挙句に後輩呼び。




 資料にある通りだ、と思ったら宗次郎はアームロックから解放された。




 間虎帝児。活強だけで十二神将に選ばれた逸材。闘技場の戦いで連戦連勝を重ね、当時の十二神将の第五席と一騎討ちを行い、見事勝利した男である。




 ━━━強いなぁ。




 目の前にいる男の強さに宗次郎は歓喜する。




 活強の腕なら宗次郎よりずっと上。時間と空間の波動を駆使しても勝てるかどうか怪しい。




 何より、握手を交わしただけでそこまでわかる純粋な強さが嬉しい。




「もう、荒々しいわね」




 シャラン、と錫杖の遊環が清澄な音を響かせて。




 同じく澄んだ声をした女性が立ち上がった。




 穏やかな女性だった。見るものを落ち着かせる魔性の魅力がある。燈とは正反対の美しさがそこにはあった。




 波打つオレンジ色の髪に、真っ赤な瞳。楚々とした佇まいのせいで女性にしては高い身長があまり気にならない。八咫烏が待とう羽織の上からでも、豊かな胸の膨らみと腰の曲線がくっきりしている。女性でさえも目を奪われてしまうだろう。




「初めまして。十二神将第十席、根来増麗と申します」




「初めまして。穂積宗次郎です」




 増麗とは握手をせず、二人揃って軽く頭を下げる。




 それから数秒視線が交錯し、増麗はふふっと微笑んだ。




「燈殿下のおっしゃる通り、誠実そうな方ですね」




「はぁ、どうも」




 素直に喜んでいいのか分からず、宗次郎は曖昧な返事をする。




 根来増麗。代々波動具を管理してきた根来家の当主。水の波動の使い手としても知られ、妖の討伐や術士同士の腕くらべで優秀な成績を収めていた。




「そうかしら」




「……殿下?」




 そっけない態度をとる燈に、増麗が訝しむ。




 やはり今日の燈はいつもと違うらしい。




 王城に呼び出された際も、増麗と帝児に助けられたと燈は言っていた。つまり日頃から縁があるのだろう。




 もしかしたら増麗がなんとかしてくれるかもしれない、と宗次郎は他力本願な思いを抱く。




「おほん! 俺もあいさつしていいかな」




 わざとらしく咳をして、精悍な顔立ちをした青年が立ち上がった。


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