第三部 第二十二話 祝宴の席にて その8
ドクン、ドクンと心臓の鼓動が鼓膜に響く。
聞こえてくるのは早歩きになっている自分の足音と、荒くなった呼吸音。周囲に人影はなく、風もなかった。
月明りが廊下を照らし出し、朱く塗られた柱と相まって、風流を感じられる。
しかし、燈にその余裕はなかった。
「はぁ、はぁ」
足音を立てないよう早歩きをしているだけなのに、息が切れた。柱に手をついて一休みする。
「龍哉第一王子が、皇大地と瓜二つだった」
宗次郎が玄静に相談していた言葉が頭の中でガンガンと響き渡る。
宗次郎は千年前に活躍した英雄、初代王の剣だ。主であり、自分の先祖である皇大地を大切に思っているのは知っている。
知っているし、割り切っていた。
はずなのに。
燈は瞳から零れる涙を止められなかった。
「……っくぅ」
何とかして涙をぬぐい、歩き出す。
足に力が入らない。魂が抜けてしまったように体が思い。
廊下の角を曲がると、向こうに本伝が見えた。端のほうに漏れた光が見える。あそこが大広間だ。
祝宴の席に戻らなければ、と理性が言う。
この席は宗次郎たちの活躍を祈念して行われている。にもかかわらず、今宗次郎も燈も玄静もいない。由々しき事態だ。
「……」
燈は踵を返した。涙で晴れた顔ではなにより、今の精神状態では戻れるはずもなかった。
━━━ここは……。
ふらふらと歩きついた先は、一つの部屋だった。
燈の妹、眞姫が過ごしていた部屋だ。
「……!?」
扉に手をかけると、開いた。てっきり鍵がかかっていると思っていた燈は少しだけ驚く。
眞姫は三塔学院にいる。戻ってくるのは年に一度か二度なので、部屋の中は清掃されすぎて人気がなかった。
中に入るとひんやりした空気に包まれる。
━━━懐かしい。
体が弱く、病気がちだった眞姫を燈は溺愛していた毎日のように一緒に遊び、笑いあって。誰よりも大切な妹だと胸を張って言える。
夜、眞姫の部屋に忍び込んでは本を読んであげたことがあった。
『初代国王を超える王になる』
燈の夢は、妹と交わした約束から生まれたものだ。『王国記』を読み終わったときに交わした、大切な約束。
心を温めてくれる思い出がいくつもある。そのはずなのに。
━━━あぁ。
なにも、感じない。
すべてがどうでもよくなっていく。今までの情熱が嘘のように、心感覚が虚無に落ちる。
心が凍てついて、動かなくなる。
━━━そうだ。
この虚無感には覚えがある。母が殺され、妹の目が見えなくなったあのときと、全く同じ。
「あはは」
乾いた笑いが漏れた。
ここに来る前。装甲車の窓から王城を見て孤独感を覚えたのを思い出す。
自分は何を血迷っていたのだろう。
私は皇燈。第二王女にして十二神将の一員。
そして━━━
「ふふ、あはは」
乾いた笑い声が、部屋の中に響いた。
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