第三部 第二十一話 祝宴の席にて その7
「おえぇ」
大広間を抜け出した宗次郎はお手洗いに逃げ込んだ。貴族と談笑しながら食べた食材が胃液とともに逆流する。
━━━あれは、一体誰だ。
荒くなった呼吸を整えながら、宗次郎は先ほどあった人間について考える。
皇柳哉。燈の兄で皇王国の第一王子。
それが、宗次郎のかつての主、皇大地と瓜二つだったなんて……
「勘弁してくれ」
「しんどそうだね、宗次郎」
振り返ると腕を組んだ玄静が壁にもたれかかっていた。
「初代王の剣である君の背後を取るなんて、これはいい自慢話になるかな」
「お前……どうして」
「様子が普通じゃなかったから、様子見にね。外で夜風に当たらないか?」
親指をくいっと上げる玄静に、宗次郎は力なくうなずいた。
城のはずれにある庭に玄静と宗次郎は体を休めた。
以前燈と増麗が二人で話し合った庭と似ている。それもそのはず、あちらが女性の使用人がクラス宿舎の近くにあるのに対し、こちらは男性用の近くにあるものだ。
「はぁ……」
宗次郎は玄静からもらった果実水を飲み干し、一息つく。
初夏の夜風と星空も相まって、ようやく心が落ち着いてきた。
「ありがとう、玄静」
「いーよ。お安い御用さ」
玄静は軽く笑って杯を煽る。
「んで、なにがあったのさ」
「……実は」
言おうか言うまいか少し悩んでから、宗次郎は口を開く決心をした。
柳哉が大地と瓜二つだったことに、驚愕を隠し切れなかった。
「……まじか」
「あぁ、マジだ」
「他人の空似とか、血がつながっていてそっくりとかじゃなく?」
「違うのは兜くらいだな」
「……」
玄静もなんといえばいいのかわからないのだろう。二人そろって沈黙する。
玄静の言う通り柳哉は大地の子孫であるから、似ていても不思議はない。もし似てるだけなら宗次郎の動揺も少なかっただろうし、もしかすれば喜びが生まれていたかもしれない。
だが、全く同じとなると話は別だ。
「俺さ……正直、ここに来るまで大地が死んだ実感がなかったんだ」
沈黙を破るように、宗次郎はぽつりと呟いた。
時間と空間の波動を持つ宗次郎にとって、時間の進みは一定ではない。時間旅行をした宗次郎は、歴史上は先年前の出来事でも昨日のことのように思い出せる。
「陛下に頼んで大地を墓に行って、ようやく実感がわいてきたところだったんだ。まったく、気が変になりそうだぜ」
かつての主、皇大地。史上初めて大陸全土を平定し、皇王国を建国した王として歴史に名を刻まれている。
『王国記』においても初代王の剣との信頼、主従関係にスポットが充てられている。
ただ、当の本人である宗次郎にとって、大地はただの主ではない。
親友だ。
天修羅を倒す。誰もが幸せに暮らせる国を創る。互いが互いの夢のために命を懸けて戦った。
だからこそ、大地は現代に戻る宗次郎を笑って送り出し、宗次郎は天斬剣を大地に預けたのだ。
今生の別れをして、やっとその現実が飲み込めたところに、全く同じ人間が目の前に現れた。宗次郎にとっては悪夢でしかない。
「そうなると、あの兜の下にある素顔が気になってくるね。確かめてみる?」
「玄静も知らないのか」
「人前ではずっと被ってるからね。宗次郎だって柳哉王子の経歴は覚えたでしょ」
「あぁ」
宗次郎は資料で見た柳哉の経歴を思い出す。
母は現国王の剣の娘、すなわち大臣の娘と国王の間に生まれた子供だ。第一王子だけあって生まれた際は盛大なお祝いが行われたらしい。
珠のように大切に育てられ、幼いころから才覚を発揮したそうだが、一つ事件が起きる。
なんと、彼を生んだ母が心の病に侵されてしまったのだ。
乱心した柳哉の母親は自らの息子の顔を傷つけた挙句、自らの喉に短刀を突き立てて自害したそうだ。
柳哉の顔につけられた傷は深く、治癒はできないとのことだった。これが兜をかぶるきっかけになった。
柳哉の一件は多くの国民に悲しみを与えた。
柳哉とて顔だけでなく心にも傷を負っただろう。人前で素顔をさらせない。鏡を見るたびに傷だらけの自分の顔がある。相当なストレスだ。
しかし、柳哉は逆境をものともせず、変わらぬ活躍をし続けた。
三塔学院に入る前から国民の前に姿をさらし、ときには演説をし。入学してからの成績は常にトップ。その圧倒的なカリスマと統率力で学生をまとめ上げ、最年少で生徒会長に選ばれた。以降は学園生活をよりよくするためにイベントや改革を行い、歴代生徒会長の中で最も優れているのは彼だとも噂されているとか。
不幸に負けずに頑張る彼の姿は母親の一件で悲しんだ周囲の心を癒した。そればかりか、勇気や元気を与えていた。
卒業後もその才覚を磨き、政務局にて国政に関わる仕事をしている。
その能力と人徳もあって、仮面をつけていることを揶揄する者など一人もいない。文字通り次期国王に最も近い王族である。
写真が残っていれば幼少期の顔は確認できるのだろうが、宗次郎も子供のころのを知らないので意味がない。
「はぁ」
宗次郎は息を吐ききり、手足を投げ出して脱力する。
それからすくっと立ち上がった。
「確かめるすべがないんじゃ、気にしててもしょうがないよな」
「それ、暗にめっちゃ気になってるって言ってるようなもんじゃん」
はははと笑う玄静を宗次郎がにらむ。
「そうだ。例の約束については思い出せたかい?」
「いや、何も」
現代に戻る際、宗次郎と大地は約束を交わした。今生の別れで躱した、命を懸けても果たさなければいけない約束。
その約束を、宗次郎はいまだに思い出せないでいた。
「仮に思い出せるとしても、柳哉王子と会いたいとは思わないな」
「だね。まぁ何度も顔を合わせるような間柄でもないし。大丈夫でしょ。それよりも、この件は燈には黙っといたほうがいいと思う」
「燈に? なんで?」
「君、鈍いにもほどが━━━」
がさり、と。
宗次郎の背後にあった茂みが音を立てた。
「あっちゃあ……」
玄静が両手で顔を覆い、天を仰ぐ。
一方、なにが起こったのかわからない宗次郎は頭の上に疑問符を浮かべた。
やがて玄静は、まぁなるようになるか、とつぶやいて立ち上がった。
「気になるといえば、宗次郎。僕も一つ確認したいことがあったんだ」
「なんだよ?」
「忠義についてどう思う?」
玄静らしからぬあやふやな質問に宗次郎は目を瞬かせる。
「俺は━━━信じることだと思う」
とりあえず、宗次郎は忠義という言葉に連想した思いを口にした。
「まぁ間違いではないけれど……」
やれやれ、と肩をすくめる玄静。
「僕個人の意見としては、重要な要素は二つあると思うんだ。一つは。どうやって忠義を尽くすか。宗次郎の意見はまさしくこれにあたるね」
「じゃあもう一つはなんだってんだよ」
「誰に忠義を尽くすのか、さ」
玄静の両目がしっかりと宗次郎を見据える。
いつものおちゃらけた雰囲気は微塵もない。真剣な視線が宗次郎に突き刺さる。
「その辺りを、宗次郎はもう少し考えたほうがいいと思うよ」
手にした果実水を補充しに、玄静はじゃあね、と手を振った。
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