第三部 第二十話 祝宴の席にて その6

 異様な光景だった。




 先ほどまでの騒がしさがまるで嘘のように、一瞬で静寂が場を支配する。




 大広間に集まっていた百名余り。誰もがしていた会話を一斉にやめ、示し合わせたかのように入り口に目をやった。




 大広間に響き渡る、コツコツという足音。




 その主は、異様な光景をもたらすにふさわしい異様な風態をしていた。




 灰色の羽織はゆったりと長めで、遠目からでも高級感を感じる。軽やかな足取りに合わせてひらひらと揺れていた。背は宗次郎と同じくらいで、肩幅が少し狭い。手にした波動杖にはこぶし大のダイヤモンドが装着されており、耳飾りや腕輪にもダイヤがきらめいている。それでいて瑠香のような派手さはない。落ち着いていながらも目立つのだ。




 特に目を引かれるのは、顔をすっぽりと覆っている兜だろう。鈍い銀色をしており、かろうじて見える口元には笑みを浮かべていた。




 彼の名はすめらぎ柳哉りゅうや。この場にいる王族たちの長兄、皇王国の第一王子だ。




 本来なら自分から挨拶をしなければならないのだが、宗次郎はそれどころではなかった




 ━━━ば、かな。




 驚愕が、疑念が、回顧が、憐憫が、歓喜が。




 柳哉を一目見た瞬間、宗次郎の胸のうちに複雑な感情が爆発した。




 似ているのだ。




 あまりにも。




 共に死闘を潜り抜け。約束を誓い合った。








 かつて主、皇大地と。








 ━━━ありえない! でも……あれは。




 兜の奥から除く瞳の色も。浮かべている微笑も。歩き方、身にまとう雰囲気、呼吸の仕方、波動杖の握り方。




 兜に覆われた顔面を除くすべてが、宗次郎の頭を揺さぶる。




 すぐさま理性が否定する。




 大地が生きていたのは千年も昔。今は墓の下に眠っている。現にさっき墓参りをしたばかりだ。




 しかし、理性でどれだけ否定しても、本能と直感がささやく。




 目の前にいる男が、皇大地であると。




柳哉りゅうやにい、来られたのか!」




「うん。何とか間に合ったみたいで、よかったよ」




 笑いかける龍哉にたいし、歩を先頭に王族たちが挨拶をする。




「柳哉お兄様。こんばんは」




「瑠香、今日もきれいだね。会えてうれしいよ。彩とはしばらくぶりだね」




「そうですね兄上。北部の視察はいかがでしたか?」




「順調だったよ。普段は雪と氷で覆われているけれど、今の時期は過ごしやすいね。新しく見つかった鉱山も期待できそうだ」




「それは何よりです」




「こんばんは柳哉兄さま! 汽車の旅はどうでしたか?」




「快適だったよ。揺れも音も少なくて。巧実の言った通りだったよ」




「そうでしたか!」




 心底嬉しそうに笑う巧実。先ほどまでいがみ合っていた王族たちの雰囲気が一気に柔らかくなった。




 ━━━声も、かよ!




 かつて何度も励まされた。夢を語り合った、あの友の声。




 微妙なニュアンスの違いはあれど、全く同じ声だった。




「こらこら、落ち着こう。今日の主役は僕らじゃないんだ」




 混乱する宗次郎の隣にいる燈に柳哉は視線を移した。




 隣にいる燈からまず挨拶するためだろう、柳哉がこちらにやってくる。




 ━━━……やめろっ。




 耐えられない。見たくない。




 その目で。そのケ尾で。その歩き方で。その雰囲気で。




 ━━━こっちに、来るな!




 回れ右をして逃げ出したくなるのを懸命にこらえる宗次郎。




「兄上。ごきげんよう」




「ごきげんよう。燈。今回は大活躍だったね。儀式を中止すると聞いた時はどうなる事かと思ったよ。とにかく無事でよかった」




 胸をなでおろす柳哉。対して燈は表情が硬いままだ。




「王族として、十二神将として立派な働きだ。兄としてもうれしく思うよ」




「もう、お兄様までそういうことを言うの? 私は燈にこれ以上危ない目に遭ってほしくないわ」




「いいじゃないか瑠香。燈は僕らの中でも武に優れている。適材適所だよ。それに、燈は公の場に出ても恥ずかしくないほど礼儀正しいじゃないか」




 頬を膨らます瑠香を諭したところで、柳哉の目がいよいよ宗次郎を捉える。




「そして、妹の危機を救い、天斬剣の持ち主に選ばれたのが君だね」




 兜のくぼみの奥で鈍い光を放つ、黒い瞳。




「初めまして。第一王子の皇龍哉だ。燈ともども、よろしく頼むよ」




 そう言って柳哉は握手の為手を差し出した。




 第一王子という肩書がありながら、瑠香のようなこうある敵な態度は一切ない。




 誰に対してもフレンドリーな態度を取り、分け隔てなく接する。相手も併せて心を開く。拒むものなど一人もいない。




 しかし、




「……」




 宗次郎はうつむいたまま、顔を上げることができなかった。




 もう二度と呼ばれることはないと思っていた声で、自分の名前を呼ばれた。




 差し出された握手を無視するなんて無礼千万な行いだ。自分も手を差し出さなければならない。




 そんな考えすら浮かばないほどに、宗次郎の心は疲弊していた。




「宗次郎殿?」




 心配そうな柳哉の声にすら反応できない宗次郎。




「……どうやら疲れてしまったようだね。慣れない環境のせいかな。休んだ方がいいだろう」




「宗次郎、大丈夫?」




「宗次郎。大丈夫?」




「あぁ、悪い……一人にしてくれ」




 うめくような声を何とか絞り出し、宗次郎はその場を後にした。




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