第三部 第十六話 祝宴の席にて その2

 宗次郎と燈は周囲にいる貴族に自分たちから話しかけていった。




 椎菜の姿勢に影響されたのはもちろんだが、理由は別にある。




 忘れてはいけないのは、宗次郎は顔と名前を覚えてもらう立場にあるということだ。




 もちろん貴族たちは宗次郎を知っている。この祝宴自体は、宗次郎たちの活躍を記念してものだ。天斬剣の件から皐月杯を通して名前を知らぬ者はいないだろう。




 しかし、宗次郎が有名になった目的は、燈の剣になるためだ。




 その事情を知っているから、玄静も椎菜がいなくなってすぐに、




「僕もこれで。会っておきたい人もいるし」




 と気を遣ってくれた。




 そう、この機会を利用して燈の剣になるぞとアピールするのが得策。名前が知られているからと待ちの姿勢を取るのは悪手だ。




 なので、




「初めまして。穂積宗次郎と言います」




 と、片っ端から声をかけていった。




 最初こそ宗次郎は緊張でぎこちなかった。会話が噛み合わず、燈に助け舟を出してもらうこともあった。




 やがて慣れてくると料理に舌鼓を打ちつつ、自然と会話ができるようになった。




 というのも、相手も緊張しているとわかったからだ。




 宗次郎が相手の貴族について知らないように、貴族も宗次郎をよく知らない。天斬剣の持ち主に選ばれ、皐月杯で活躍しているとなると相手をより偉大に感じてしまうのだろう。




 まして隣に第二王女である燈がいるのだ。貴族たちも失礼のないよう、笑顔で対応する。




 さらに、貴族たちは宗次郎に興味を抱いている様子だった。




 ”冷血の雪姫”とあだ名され恐れられていた第二王女の剣となる、すなわち信頼を勝ち取ったのはどのような男なのか。




 それを見極めたかったのだ。




 天斬剣や皐月杯はもちろん、貴族が治める領地やそこでの特産品などを話題に挙げつつ、宗次郎は貴族との対話をこなした。




「ふぅ」




 十数人近くの貴族と会話し終え、一息つくため宗次郎は近くにあった盃を仰いだ。




「宗次郎」




「あぁ、わかってる」




 緊張がすぐにほどけたせいか、思いのほか疲れていない。




 ━━━いや、違うな。




 宗次郎は息を吐ききり、再び気合を入れた。




 今までのやり取りを戦で例えるなら、宗次郎が相手をした貴族は尖兵だ。宗次郎がどのような人間かを見極めるために遣わされてきたのだ。こう言っては悪いが、位もそこまで高くない。




 つまり、本番はこれからということだ。




「失礼。少々よろしいかな」




 ━━━来たか。




 重厚な声がして、宗次郎は覚悟を決めて振り向く。




 背後に立っていたのは二人の男性だった。




 一人は五十代半ばくらいの男だ。薄い緑色の羽織をまとっている。背は玄静より高く、すらりとした体つきをしていた。細い顔にきりっとした眉に、顎髭と口ひげがそろっている、男前の顔つきだ。色気と渋さを兼ね備えてる。




 もう一人は対照的にずんぐりとした体をしている。年齢は六十代は越えているだろう。ハゲた頭に口髭を生やしている。丸っこい顔に小さな瞳が輝いていた。来ている羽織は赤色で、体格によく似合っている。




 どちらの顔も、宗次郎は知っていた。何度も目を通した資料の顔写真とそっくりそのままだ。




「お初にお目にかかる。善茂作家六代目当主、善茂作ぜんもさく聖也せいやという」




「同じく、阿波連家の三代目当主、阿波連あわれん海斗かいとである」




 細身の男性から順に頭を下げられ、宗次郎も応じる。




「初めまして。このたび天斬剣の持ち主に選ばれた、穂積宗次郎と申します。宗次郎と及びください」




「聖也様、海斗様。お元気そうで何よりでございます」




「うむ。燈殿下もご機嫌麗しゅうございます」




「ますますお綺麗になられたのではないかな?」




「ふふ、海斗様は相変わらずでございますね」




 四人で談笑を始めると、周りの貴族たちがさっと距離をとったのが分かった。




 それだけ近寄り難い存在なのだ。




 善茂作家も阿波連家も雲丹亀家と同じ、六大貴族の一角を担っている。




 善茂作家は南東部に広大な領地を持ち、その広さは全貴族の中で四番目。配下の貴族も三十を超える、まさに大貴族の中の大貴族だ。




「宗次郎殿。準決勝で手を抜かずに戦ってくれたこと、礼を言わせてもうよ。天斬剣の持ち主と戦えた経験は、たまきによって良い糧となろう」




「ありがとうございます。今後の成長が楽しみな剣士でありました」




「そう言っていただけるとありがたいな」




 聖也はニカっと笑った。




 皐月杯の準決勝において宗次郎が戦った善茂作環は、聖也から見て分家の人間にあたる。第二回戦の戦いですでに負傷してしまっていたが、宗次郎は彼女と全力を尽くして戦い、勝利した。




 善茂作家は風の波動の名門であり━━━故に風の波動の色である緑の羽織を着ている━━━優秀な波動師を多数輩出している。それゆえ波動庁にも顔が効くのだ。




 聖也自身も若い頃は八咫烏として働き、活躍したと資料にあった。模擬戦や合同訓練では歴代十位の記録を持ち、剣爛闘技場の大会にも出場した経験があるそうだ。




 故に、血気盛んな一面も見せてきた。




「いやぁ。私ももう少し若ければ、環の代わりに戦いたかったよ」




「ふふ、そうなったら手加減はできそうにないですね」




「はっはっは。宗次郎殿はお世辞が上手いのだな」




 ━━━お世辞じゃねぇんだが。




 宗次郎は聖也の強さを敏感に感じ取っていた。




 歳による衰えを考慮したとしても、鍛えられた肉体と波動は現在でも盛況さを保たれていると感じられる。決して油断できる相手ではない。




 それから天斬剣について話題が膨らんだところで、ずっと黙りこくっている海斗に燈が話しかけた。




「いかがなさいましたか、海斗殿? もしや体調がすぐれないのでは?」




「いえ、殿下。戦いとは縁遠いもので」




「海斗殿、三か月前の件は決着がついたでしょう。そう気にするものではない」




 三か月前。そう聖也が口にした瞬間、海斗の眉がピクリと動いたのを、宗次郎は見逃さなかった。




 他方、聖也は気づいているのかいないのか、陽気に海斗の方をたたいた。




「ここは祝宴の席であるぞ」




「わかっておるわ」




 うほん、と大きく咳をして海斗は宗次郎に振り向いた。




「宗次郎殿。天斬剣の強奪を阻止し、皐月杯で華々しく活躍したあなたの名声は私の耳にも届いておる。私は聖也殿と違い武人ではないが、あの決勝戦が歴史に残るべき戦いだとは理解できたとも」




「もったいないお言葉。感謝いたします」




 宗次郎は頭を下げつつ、あいまいな表情を浮かべていた。




 阿波連家は六大貴族の中で一番歴史が浅い。もともとは南部の物流をつかさどる小貴族だったが、異大陸から伝わってきた鉄道の重要性に気づいたことで家の地位が一変した。




 南部と首都をつなぐ線路の開通に始まり、今では大陸に広がる鉄道網を牛耳っている。歴史が浅く、領地も少なく、配下の貴族とてそれほど多くなくとも、阿波連家は六大貴族の一角を担うだけの能力がある。




「殿下」




 少し声をトーンダウンさせ、海斗は燈に向き直った。




「本日の謁見において、再び対天部に所属されると伺いました。今後のご活躍をお祈り申し上げる。言うまでもなく、我々も最大限の協力をさせてもらうぞ。無論━━━」




 海斗は胸を張り、それに合わせて腹が膨れた。




「我が身、我が陣営の潔白はすでに証明済みだがな」




「そうですね……」




 燈が珍しく困った顔をしている。




 宗次郎たちの周囲の空気が重くなり、静かになる。それに合わせて、周囲の貴族のひそひそ話が聞こえるようになった。




「やはり阿波連家が絡んでいるのでは?」




「所詮は商人の出よ。化けの皮が剝がれたに過ぎぬ」




 ━━━おいおい。露骨すぎやしねぇか?




 宗次郎は内心顔をしかめた。




 周りの貴族たちは聞こえていないつもりなのか、それとも聞こえるように言っているのか。噂は容赦なく宗次郎に届いた。




 なぜ海斗がここまで言われているのか。宗次郎はその理由を知っている。




 燈は三ヶ月前。皇王国を蝕むテロ集団、天主極楽教の教主を捉えた。




 その教主は、南部と北部の物流を管理する貴族だった。すなわち、海斗の配下だったのだ。




 教主を捉えた功績を讃えられ、燈は最年少で十二神将に選ばれた。他方、配下からテロリストを出した阿波連家は領地を国王より没取され、勢力的には衰退しかけている。




 自分から声をかけておきながら海斗が最初から黙っていたのも。宗次郎や燈に対してよそよそしい態度なのも。




 自分の落ち目が理由なのである。




「父上。ご歓談中失礼します。」




 気まずい沈黙を破ったのは、一人の女性だった。




 年齢は燈と同じくらいだろうか。茶髪を短くまとめられ額が見えており、爽やかな顔つきをしていた。それでいて目つきは鋭く、落ち着いた雰囲気と野性味を兼ね備えた活発な女性だった。




「こら、愛美まなみ。もう少し早く来ないか」




「申し訳ありません」




 愛美と呼ばれた女性はぺこりと頭をさげる。聖也と同じく緑色の羽織をまとっていることから、聖也の娘だろうと想像がつく。




「宗次郎殿、紹介しよう。こちら、私の娘である愛美まなみだ」




「お初にお目にかかります。穂積宗次郎殿。善茂作愛美と申します。以後お見知りおきを」




「初めまして。穂積宗次郎です」




「燈殿下も。三塔学院ではお世話になりました」




「愛美殿。遅くなりましたが、卒業おめでとうございます」




 聖也から紹介を受け、各々挨拶を済ませる。




 ━━━緊張してるのかな?




 口を真一文字に結んだ愛美を見て、宗次郎はそんな感慨を抱いた。




 父親に声をかけてから、愛美の表情には一切変化がない。無表情かといえばそうでもなく、ただひたすらに表情が硬い。にこにこと笑顔を浮かべる貴族たちと接していただけに、威圧感を感じてしまう。




 そのくせ殺気や敵意を感じないので、真面目過ぎるのか緊張しているのか、宗次郎には測り兼ねた。




「それで? 愛美はどうしてここへ?」




「西宮家と奄美家の者が、父に会いたいと」




「なに?」




 愛美の背後に視線をやると、遠くにいる貴族と目が合った。




 どうやら、善茂作家の配下の貴族のようだ。




「殿下。宗次郎殿。申し訳ない。我々はこれで失礼させていただく」




「聖也殿、有意義なお時間でしたわ」




「ありがとうございました」




 燈に続いて宗次郎は頭を下げる。




 頭を元の位置に戻すと、愛美と目があった。何を考えているのかわからないその視線がやけに印象に残った。




「殿下、私もこれで失礼させていただきます」




 経歴が経歴だけに、流石に一対一で話す気はないのだろう。海斗も別れを告げた。




 そこへ、




「ん?」




 シャーっと足元で何かが高速回転している音がする。下を向くと、海斗の足元で小さな電車が転倒し車輪を回している。




「すみませ〜ん」




 祝宴の席ではやけに耳に残る、少年の声が海斗の背後から響いた。




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