第三部 第十四話 幕間

 皇王国の文明の発展を語るうえで、異大陸との交流は避けては通れない。




 王国が統一した大陸は巨大な円形をしていている。長い間、その周囲には別の大陸はないものと思われていた。ゆえに天修羅が現れる前も後も、王国の歴史は大陸の中で完結していた。




 政治も、経済も、法律も、軍事も、農業も。あらゆる要素を大陸内でやりくりしていた。




 そんな状況がからりと変わったのが、今から三百年前。大陸西部に巨大な船が確認された。




 ほかにも大陸がある、ましてそこに暮らす人間が突然やってくるとつゆほども思っていなかった王国は大混乱になった。 




 あんな巨大な船は見たことがない。敵か、味方か。何を要求するつもりなのか。




 侵略しに来たのではないかという恐怖もあったが、その心配は杞憂だった。




 その巨大な船━━━蒸気船は難破船だったのだ。




 燃料も尽き、各所が故障し、沈没寸前まで追い込まれていた。とても侵略ができる状態ではなかった。




 一刻を争う事態であったため、当時西部の沿岸部を治めていた貴族が職人を率い、独断で修理に乗り出した。こうして皇王国は異大陸との交流を持つようになる。




 つまりは、偶然の産物なのだ。




 その事件から三百年。異大陸とは文化、文明の交流を続けている。




 争いが起きていない理由は単純で、互いの大陸の距離が遠すぎるからだ。侵略にかかる時間と手間を考えると、貿易をする方が得策だった。




 その幸運のおかげで、異大陸からは多くの技術がもたらされた。それらは現在の皇王国の暮らしを支えている。




 具体例の一つ、自動車はまだ一般市民にまで普及していない。どちらかといえば鉄道のほうが市民の足として定着していた。




 異大陸との交流において鉄道のほうが早く伝わってきたのだから仕方がない。




 遡ること二百年前。巨大な蒸気船から運ばれてきた蒸気機関車を一目見て、当時の国王はその重要性に気づいた。




 王命により大陸の各都市を起点とした鉄道網が敷かれ、石炭などの燃料から食糧、人員を移動できる蒸気機関車の作成が開始された。




 結果、今の大陸は線路がまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされており、現在も拡大している。




 一方、自動車は伝わってまだ百年しか経過していない。生産はされているが品質はお世辞にも高いとは言えない。八咫烏が使う波動を遮断する金属を搭載した装甲車を除いては。




 首都である皇京でもようやく自動車が通るための道路が整備され、町に車がなじむようになったほどである。車が通れる幹線道路も首都と東西南北の大都市を結ぶ四本のみだ。




 その皇京と北部を結ぶ幹線道路を一台の高級車が走っていた。




 赤と黒の装飾が施された車体の中には、一人の男が座っていた。太陽の光が苦手なのか窓は斜陽されており、薄暗い。かろうじて端末を握り誰かと連絡を取り合っているとだけわかる。




「わかっています。その件についてはもう手を打ってあります」




 男の声はあくまで淡々としていた。相手に無関心なのか、それとも感情の機微に乏しいのか。どちらとも取れる声だ。




「ご安心を。彼女のことはよく理解していますので……では、失礼します」




 向こうにいる相手が無言になった瞬間、男は電話を切った。




 車内にて聞こえるのは男の吐息、車体が揺れる音、対向車が通過する音。




「さて……」




 男はほぅと息を吐き、座席にゆったりと腰を下ろす。




「俺は、僕は、私は。どんな顔をして合うのがいいかな」




 漏れた独り言は誰にも届くことなく、車内を漂って消えていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る