第三部 第十三話 墓参り
大霊宮は重要な場所であり、通常一般公開はされない。公開されるのは、国王が崩御されたときか、建国記念式典の一環で行われる祭事のときのみ。
第二王女である燈ですら来たのは数回しかない。そんな場所に訪れるため、宗次郎は国王に願ったのだ。
千年前、初代王の剣である宗次郎は大地と別れた。自分の体内時間を停止させ、長い眠りについたのだ。それはまさしく今生の別れだ。
しかし、宗次郎にとってその別れは一年前の出来事なのだ。
最初の最悪な出会いも。大声で怒鳴り合った喧嘩も。初めての勝利に泣いて喜び合った夜もあれば仲間を失い悔し涙を流したこともあった。
天斬剣の封印が解け、記憶はだいぶ戻った。かつての友との思い出は鮮明に頭の中にあるのだ。
誰よりも笑い、誰よりも泣き、他者への思いやりを忘れなかった。常に優しい笑顔を浮かべ、自分の『誰もが幸せに暮らせる国を作る』という夢を絶対に諦めなかった。
「……」
宗次郎は言葉が出なかった。
頭に浮かぶかつての友の笑顔と何も言わない墓石の差異に理性と感情がぐちゃぐちゃに掻き乱される。
事前に考えていた伝えたいことなんて、もうどこかに吹き飛んでしまっていた。
━━━もう、会えないんだな。
長い長い静寂のあと。宗次郎は無意識に唇を噛み締めていた。
覚悟はしていた。こうなることは分かっていた。千年間も生きられる人間はいない。現代に戻って来れば、当然、大地はすでに死んでいる。
もう一緒に笑いあうことも、背中を合わせて戦うことも、自分の夢を語り合うことも、バカ騒ぎすることも、喧嘩をすることも。
感謝を伝えることも、できない。
「……よし」
「もういいの?」
「あぁ」
宗次郎は息をしっかりと吐き切った宗次郎に、ずっと黙っていた燈がぽつりと呟く。
「何か思い出せた?」
「……ん? いや、何も」
天斬剣の封印が解けたとき。そして陸震杖の波動が解放されたとき。宗次郎の記憶は少しずつ戻っている。
初代国王の墓に来れば、もしかしたら何か思い出せるのかもと、燈は期待していたのかもしれない。
初代国王である大地とその剣である宗次郎は別れの際に、ある約束を交わしたとされている。
今生の別れだ。きっと大事な約束だったに違いない。
なのに、宗次郎の頭からは約束の内容がすっぽり抜けてしまっていた。
「俺も記憶が戻るかなって少しは期待してたんだけど。やっぱ墓参りだけじゃダメみたいだ」
自嘲気味に笑って、宗次郎はやっと墓の前で手を合わせた。
十秒ほどそうして、宗次郎はおもむろに立ち上がった。
「一つ、いいかしら」
「? 何が?」
燈にしては珍しい歯切れの悪い物言いに、宗次郎は首を傾げる。
「皇大地。私のご先祖様は、どんな人だったの?」
燈の表情はいつもと同じだ。悪くいえば無表情にも見える。
何を思ってそんな疑問を口にしているのか理解できないが、喋らない理由はない。宗次郎は少しだけ考えて口を開いた。
「優しいやつだったな」
「……それだけ?」
「まぁな。優しくなけりゃ、戦争の真っ最中に『誰もが幸せに暮らせる国を作る』なんて言い出さないさ」
「それもそうね」
会話が途切れる。流石にまずいと思って宗次郎は天井を見上げ、過去を回想する。
「出会った頃は最低な人間だって思ってた。すぐ癇癪を起こすし、思い通りにならないと他人に八つ当たりするし」
宗次郎と出会うまで、大地は妖の軍を相手に負け続けていた。加えて自分たちの国を滅ぼされた恨みと憎しみに駆られていたので、無理からぬことだろう。
「これが大陸を統一する人間なんて、信じられなかった」
「それがどうして優しい人間になったの?」
「そうだなぁ」
詳しく話しすぎると数日はかかりそうなので、言葉を選ぶ宗次郎。
「自分の夢を自覚したからじゃないかな。それ以来、他人に優しくなったし、思いやりも持てるようになってた」
「そんなことで?」
信じられない、と肩をすくめる燈に宗次郎は静かに頷く。
「あいつは戦闘力がなかった。波動術も並、剣術はダメダメ。妖との戦闘に出したら間違いなく死んでただろうな」
「よく人を導けたわね」
心底以外そうする燈。
「戦えない人間が戦士を率いるなんて」
「いや、大地は戦っていたさ。大地なりに、な」
宗次郎は墓に視線を戻す。
「一人で戦えないからこそ、あいつは人を大切にできた。自分一人が頑張るだけじゃ夢を叶えられない。周りの人間が笑顔にならないと意味がないからな」
戦いが終わったあと、いつも周囲に気を配り、声をかけて回っていた大地の姿は今でも目に焼き付いている。
「誰もが幸せに暮らせる国を作りたい。それがあいつの夢だった。他人を大切にしなきゃ、夢が叶えられないだろう」
妖との戦いで地獄の様相を呈していた大陸において、天修羅を倒すなんて誰も考えていなかった。攻めてくる妖と戦うことで精一杯だった。
そんな中で、天修羅を倒し、そのあとのことまで考えていたのは大地だけだった。
最初から順風満帆だったわけではない。
大陸の半分を支配されているのに、平和な国なんて作れるはずがない。
妖と戦えない人間が世迷言をほざくな。
そう言い残して軍を去る者もいた。他の軍と協力する際、罵詈雑言を浴びるのは日常茶飯事だった。
それでも大地は諦めなかった。
大地は妖相手に戦うのではなく、自分の夢と、周囲の人間のために戦っていた。ある意味で一番困難な戦いをしていたのだ。
「戦いに疲れた人々にとって、大地の思い描く未来は希望に満ちていた。だから皆、あいつについて行こうと思えた。だから大陸を統一できたんだし、おかげで今も平和だろう?」
「……そうね」
しっかり説明したつもりだったが、満足した様子のない燈。無表情のまま俯いてしまった。
「そろそろ、戻ろうか」
「いいの? 祝宴まではまだ時間があるわよ」
「いいさ……今は、な」
約束も思い出せず、どんな顔をして会えばいいのかもわからない腑抜けた自分を見せても意味がない。
━━━次は、ちゃんと笑顔で、胸を張れるように。
大霊宮を出るとき、一度だけ大地の墓を振り返り、宗次郎は自分に誓った。
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