第三部 第十二話 国王との謁見 その5
褒美として何を要求するのかはあらかじめ決めていた。問題は、それが認められるかどうだ。
「では、大霊宮に向かう許可をいただけないでしょうか?」
謁見の間がほんの少し沈黙した。
宗次郎の発言に何か失礼な点があったわけではない。
なぜその許可が褒美になるのか、分からなかったからだ。
「……っ、そうか、そうか。そなたの我が国に対する忠義、しかと受け取ったぞ」
目に涙を浮かべている国王は感動していた。そのは、群臣たちもすぐに気づいた。
「なるほど。初代国王と天斬剣を……」
「初めてとは思えぬ心遣いですな」
パチパチと群臣たちから拍手が上がり、次第に大きくなる。
残念ながら、国王も群臣たちも勘違いをしている。
この場にいる人間の中で、宗次郎の真意がわかったのは燈と玄静だけだ。
「よかろう。認める。今より祝宴まで時がある。その間に行くがよい。燈、そなたが案内せよ」
「御意」
「では、これにて謁見を終了するものとする」
やっと解放されると宗次郎はそっと息を吐ききった。
緊張もあったが、粗相はなかったはずだ。燈のいう通り、本番は祝宴なのだろう。この謁見には六大貴族も、十二神将も、大臣もいないのだから。
━━━ん?
振り返った先、平伏する燈に宗次郎は目を奪われる。
普段の燈に似合わず、どこか儚げな雰囲気を感じたが、気のせいだろうと宗次郎は頭を振った。
大霊宮。大皇城の内部にある宮殿の一つだ。
国王との謁見から着替えることもなく、宗次郎と燈は大霊宮に直行した。祝宴が始まるまでに帰ってくる必要があるからだ。
本殿を抜けて石畳の通路を通り、北へ向かう。幾人かの使用人たちに頭を下げられながら城の外れまで行くと、ようやく目的地が見えてきた。
「おぉ……」
宗次郎はため息を漏らしながら、つい視線を上げた。
本殿と同じ色をした屋根が見える。肝心の建物はそれを囲っている塀によって隠されている。高さは五メートルはあろうか。周囲には中庭と同じくらいの近衛兵が待機しており、ここが本殿と同じく重要な場所であることを物語っていた。
逆に本殿との違いは、政治的な喧騒とは程遠いことだろう。厳粛な雰囲気が空気を適度に重くし、宗次郎は全く別の場所にいるような錯覚を覚えた。
「皇燈第二王女殿下。ようこそお越しくださいました」
金属扉の前に待機していた小柄な老人が、宗次郎たちの姿を見つけて駆け足でこちらにやってきた。長い白髪を後ろでまとめている。顎髭も口髭も長いが、まとめられていて清潔感がある。顔に刻み込まれた深い皺は笑顔と相まって見るものに安心感を与えていた。
「私、大霊宮の管理を任されております、光圀みつくにと申します。以後お見知り置きを」
「穂積宗次郎と言います。今回はよろしくお願いします」
「ささ、どうぞ中へ。事情は国王から伺っております」
光圀は宗次郎たちを急かしながら、いそいそと扉を開けた。
塀で区切られているだけあって、中は外とだいぶ趣が異なっていた。
まず、植物が多い。ツツジ、アジサイなど色合いのある花と緑がそこら中にある。
その中央には一棟の建物があった。本殿とほぼ同じ作りで、柱や天井は朱く、屋根は瓦の緑色。漆喰で塗られた壁だけがなく、吹き抜けの構造になっていた。
霊と名のつく通り、ここには墓がある。
初代国王から先代の国王に至る、歴代国王の墓があるのだ。
「あぁ、今日は……大変喜んでおられますな」
「どうかしましたか? 光圀殿」
「殿下……」
前を歩いていた光圀が振り返ると、目に涙を浮かべていた。
何事かと宗次郎はギョッとし、普段は冷静な明かりも少なからず動揺する。
「我が一族は千年、この大霊宮の管理を任されております。故に、分かるのです」
ほぅとため息をついて、光圀は宗次郎に視線を向けた。
その腰にある天斬剣に。
「只今は皆々様が大変喜ばれております。さぁ、こちらに」
そう言って光圀は大霊宮の奥へと振り向いた。
くぐもった声の光圀に案内され、屋根を潜る。
目を引くのはやはり、ずらりと並ぶ太くて長い墓石だろう。右から第九と続き、一番左の墓石には初代と刻まれている。
━━━あぁ、やっと。
宗次郎の身体が震えた。歓喜と悲哀、感動と失望の入り混じった、なんとも言い難い感情だった。
「わたくしはこれにて失礼いたします。ごゆっくり」
光圀は一礼し、扉の向こうへと消えた。
「宗次郎」
「わかってる」
燈に言われるまでもなく、宗次郎は目的の墓に直行した。
「よう……一年ぶり。いや、千年ぶりか?」
初代国王之墓と書かれた墓石の前で宗次郎は立ち止まった。
国王も、群臣たちも、光圀も皆誤解している。
宗次郎が大霊宮に来たのは、斬剣献上の儀が中止になったその埋め合わせとして、腰に穿いた天斬剣と初代国王と合わせるためではない。
かつての主、初代国王・皇大地の墓参りだ。
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