第三部 第七話 大皇城 その2
大皇城は二階建ての城だ。石垣がそもそも高さがある上、見張り台も別にあるので、大陸各地に点在する城と違って高さは必要ない。なので天守閣に相当する部分はなく、その代わり横幅が広い。敷地面積からして奥行きもかなりあるので、城の向こうにも建造物がありそうだ。
その両脇には長い一棟の建物が付いていて、外付けの廊下には数名の役人が歩き回っている。
城の外観は白い漆喰で塗られた壁と朱い柱、瓦の一枚一枚が生み出す薄い緑が一体となり、調和していた。
「はー……」
宗次郎は言葉にならない言葉を出しながら燈の後をついていく。
今歩いている中庭も広い。整理された石畳が十字に敷かれ、その四隅ある玉砂利は踏めばさぞ小気味良い音がしそうだ。宗次郎は足を突っ込みたい衝動に駆られた。
「燈様。お帰りなさいませ」
使用人だろう。中庭を掃除していた女性の挨拶に宗次郎は気の緩みを引き締める。
歩いている途中、使用人以外にも警備中の近衛兵が挨拶をしてくるので、宗次郎は一切気が抜けない。
中庭の中央、十字になった石畳の中央には五つの石台が五角形になるように並んでいる。石台の上には人間の頭ほどの大きさがある宝石が備え付けられていた。
ルビー、サファイア、琥珀、エメラルド、トパーズだ。
鉱石は波動を蓄積、増幅する性質がある。それは波動の属性、鉱石の種類によって効果が異なる。
石台にある宝石はそれぞれ波動の基本五大属性と結びついている。火はルビー、水はサファイア、土は琥珀、風はエメラルド、雷はトパーズ。この組み合わせは特に親和性が高い。
玄静の陸震杖に琥珀が装着されているのも、玄静の波動が土の属性だからだ。
「これ、結界の制御装置になっているのか」
王城を覆う複合属性の大規模結界。その動力源は石垣を構成する石の一つ一つ。対してこの宝石たちはそれらを制御するための、いわば要石だ。
「こんな大事なもの、おおっぴらにしていいのか?」
「逆よ。目立つ場所に置いておけば、誰も悪さをしようとしないでしょう」
中庭にポツンと置かれた石台は目立つ。巨大な宝石であるし、波動を帯びて光り輝いているから余計に、だ。
誰かが結界に仕掛けをしようとすれば目立つし、仮に結界に異常があってもすぐにわかる。整備もしやすい。
「なるほど。よく考えられてるなぁ」
感心しながら結界装置のわきを通り、いよいよ王城の正門までやってきた。
朱く塗られた大きな木造の扉。左右に龍と鳳凰が彫られている。
「開門!」
扉の両脇にいた親衛隊により、ゆっくりと扉が明けられる。
冷たい空気が解放されたわけでもないのに、宗次郎はびくりと体を震わせた。
━━━やべ、やっぱ緊張してきた……。
皐月杯で初めて入場したときと同じ。歓喜と緊張が混ざった感情が体を支配する。
「さ、行きましょう」
そんな宗次郎にとって、いつもと同じような燈は頼もしいことこの上なかった。
気づけば時間が矢のように経過し、国王と謁見する時刻となった。
━━━なんか、疲れたな。
宗次郎の身体には早くも疲労が蓄積されていた。
正門を潜り抜けてからすぐ、
「これからは急ぐわよ」
そう言われて燈に案内された部屋に入ると、数人の女性使用人たちが待ち構えていた。中には衣装がずらりと並び、壁には巨大な鏡と化粧台がある。
「着替えるのか?」
「もちろん。国王と会うのにその格好はまずいでしょう」
燈に指摘されて宗次郎は自分を見下ろす。
宗次郎の服はそこらの雑貨屋で適当にあしらったものだ。最近買ったばかりなので悪くはないが、国王と会うと考えると確かに場違いだ。
こうして、宗次郎の着せ替えタイムが始まった。宗次郎は着物の中でも格式高い黒羽二重五つ紋付きでいいと主張したが、燈に普通過ぎてつまらないと却下された。
あーでもないこーでもないと、森山や使用人と話し合いながら宗次郎の斬る礼装を決めあぐねる燈。おしゃれや流行に疎い宗次郎には何が楽しいのかさっぱりわからない。
しかも、結局宗次郎が主張した黒羽二重五つ紋付きで落ち着いたのだから言葉も出てこない。
「服ってよくわかんねーな」
「宗次郎様。いくら疲れているからって天斬剣に話しかけるのはどうかと……」
若干引いている森山は普段通りの格好だ。
「いいなー。森山は国王に謁見しないから」
「もう、駄々をこねないでください宗次郎様」
「そうよ。みっともない真似はやめなさい」
扉が開かれ、燈が入ってきた。
「待たせたわね宗次郎。行くわよ」
「お、おう」
宗次郎は気の抜けた返事しかできなかった。他の言葉が出てこない。
━━━綺麗すぎるだろ……!
腰まで届いている長い銀髪は頭の上でまとめられている。うっすらと施された化粧は整った顔立ちを三倍美しくさせ、サファイアを思わせる瞳と相まって芸術品のようだ。
きているのは氷の波動を模した淡い青色の礼装だ。露出している両肩から上腕、胸元が色気を出しつつ、首元にある八咫烏の首飾りが全体の調和を保っている。
広げられた翼が彫られた銀色の腕輪は、ほっそりした燈の腕にピッタリハマっている。腰の帯には中央に金色のラインが引かれ、波動刀が収められていた。
「燈様! あぁ……」
「ふふ、ありがとう。森山。宗次郎も、今はいいけど、あんまり見惚れちゃダメよ」
「悪い。あまりにも綺麗だから」
森山も言葉にできてない。
宗次郎も、見惚れたことを指摘されても全く恥ずかしくないほど、燈は綺麗だと思えていた。
「……そう」
「お待たせー。お、みんな揃ってるね」
燈に続いて玄静も部屋に入る。
玄静は宗次郎と違い、濃い茶色の羽織を纏っている。背中には玄武の刺繍が施されていた。腕輪には琥珀が三つ埋め込まれ、鈍い光を放っている。
「玄静様もとってもお似合いですよ」
「ふふ、でしょー? 僕は雲丹亀家の次期当主だからね。実家から一番いいやつを取り寄せてもらったんだ」
雲丹亀家は土の波動の大家であるので、羽織も波動の色と合わせているんだろう。手にした陸震杖と相まって実に壮観だ。
「宗次郎も似合ってるじゃん」
「そうか?」
自分より遥かにオシャレに理解がありそうな玄静に言われると、宗次郎も少し気が楽になった。
「では、いってらっしゃいませ」
「ん。行ってくる」
森山に見送られて、宗次郎たちは部屋を出た。
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