第三部 第六話 大皇城 その1
翌朝。部屋の窓を開けていた宗次郎は夜明けとともに目を覚ました。
「いよいよだな」
宗次郎にとっても、燈にとっても。今日は本当に大事な日だ。
二度寝しようとする玄静をたたき起こし、身支度を整える。顔を洗い、歯を磨き、髪形を整え、服装をただす。
最後に天斬剣を腰に履けば、完了だ。
「よし」
身体中が気合に満ちている。今日はなんだか調子がいい。自覚できるほど高揚している宗次郎は自然と笑顔になる。
王城へ向かうのも、国王に会うのも、全く不安はない。
やれることは全部やった。
「気合入りすぎじゃない? 宗次郎。本番は午後なんだし」
「ご心配どうも」
ふぁあと欠伸をしている玄静を見ると、確かにリラックスできる。
「宗次郎、準備できた?」
「おう、ばっちりだぜ」
部屋の向こうから呼びかける燈の声に、宗次郎は勢いよく返事をした。
泊まっていた宿から王城へ向かう手段は、国側が手配してくれた。八咫烏たちが使う装甲車と違い、華美な装飾が施された車だ。
「皇燈第二王女殿下、雲丹亀玄静様、穂積宗次郎様、森山千景様。お待たせいたしました。王宮近衛隊の斑鳩いかるがと申します。以後お見知り置きを」
車から降りた初老の男性が一礼する。黒い羽織は八咫烏が来ているものと同じだが、一点だけ異なる。シンボルマークの八咫烏が青い色で刺繍されていた。
近衛隊の羽織は、その国王が持つ波動の属性に合わせて色が変わる。現国王にして燈の父、皇悠馬は水の属性なので、青い色をしているのだ。
年齢に不釣り合いなほど背筋が伸びていて、見ている側の気持ちが自然と引き締まった。
「すごいです……」
済む世界が違いすぎるせいか、森山が感嘆のため息を漏らした。
簡単な手荷物を詰め込み、車に乗り込む。
もちろん中身も装甲車のそれと異なり、一つ一つの部品がきらびやかで椅子も柔らかい。
━━━座り心地が全然違うな。
外を眺めるよりも中の設備を見るだけで時間が経ち、気づけば王城についていた。
車を降りると、宿の部屋からも目立っていた石垣のすぐそばだった。
「どうぞ」
運転していた初老の男性が扉を開け、外に出る。
「おぉ」
石畳で作られた大きな広場が眼前に広がっていた。確か名前は皇城前広場だったか。記念式典や国王の演説を行う場所で、宗次郎も以前テレビで見た覚えがある。
今は一般開放されていて、多くの市民が思い思いに過ごしていた。広さを最大限に利用しておいかけっこをする子供。彼らを温かく見守る母親。ベンチには肩を寄せて抱き合う数組の恋人たちと犬の散歩の途中と見受けられる老婆。さらに数十人の老人たちが集団で軽い運動に励んでいた。
「こちらです」
広場をぼんやり眺めていると、車を運転していた斑鳩を先頭に五人で歩き出す。
━━━すげぇ。
宗次郎は小さく汗をかいた。
宿では遠くてわからなかったが、こうして見ると圧倒される。
石垣の高さに、ではない。
凄まじい規模の結界が城全体を覆っているのだ。波動が金属や鉱石に蓄積される性質を利用し、石垣を構成する一つ一つに波動の刻印が刻まれている。それもバラバラの属性で。
つまり王城を包む結界は基本五大属性で構成されている。火、水、土、風、雷の波動術による結界が混じり合い、互いに干渉しつつも一つの結界として機能しているのだ。
その名も五乗結界。それぞれの属性が互いに相乗効果を生むことで、最大限の防御効果を発揮する大規模波動結界である。
広場と結界の脇を通ると、次第に正面玄関らしき場所が見えてきた。
門の代わりに巨大な鳥居が聳えている。石垣よりも背が高い。前に見た刀預神社の鳥居より一回りも大きい。その足元には斑鳩と同じ、青い八咫烏のマークが施された近衛兵が警護していた。
「皇燈第二王女殿下と、そのお連れ様でいらっしゃいますね。こちらで波動具の登録及び確認を行います」
鳥居の下に出た近衛兵が一人、一歩前へ出る。その後ろには波動庁にあった波動具を解析して登録する機械が置かれている。
「お預かりいたします」
燈が波動刀を、玄静が陸震杖を、宗次郎が天斬剣をそれぞれ近衛兵に渡す。
波動の解析、登録が終わる、と戻ってきた天斬剣と陸震杖には波動符が貼られていた。
「これは?」
「簡易的な封印を施しました。本来であれば、十二神将もしくは各王族の“剣”と認め有れた方以外の波動具の持ち込みは禁止されております。今回は特例としてこのような措置を取らせていただきます」
天斬剣は鯉口に封印がされ抜刀できないようになっている。
陸震杖には巨大な琥珀に封印がされ、波動の流れを妨害されていた。
「もしお二人の封印が破られますと、お二人の波動具は没収となります」
「わかりました」
「それでは、いってらっしゃいませ」
近衛兵に見送られ、鳥居と結界を潜る。
━━━長いなぁ。
王城へ向かうための階段が見えてきた。
刀預神社のそれに登った際は勾配がキツくかったが、ここは傾斜が緩やかなぶん距離がある。
「ほんと、ここの階段は無駄に長いよね」
「玄静」
「おっと」
燈に失言を咎められた玄静は口を手で覆った。心なしか近衛隊が睨んでいるような気もする。
鳥居を潜り、長い階段を登る。石畳で綺麗に整頓されているおかげで登りやすい。
「ん?」
半分ほど登ったころ、こちらと入れ違うように上から集団が降りてくる。近衛隊に集団を囲まれていて、付き人が指している日傘のせいで中央にいる人間の顔は見えない。着ている着物は色合いこそ地味ながら、遠目からでも高級な素材が使われているとわかる。
「あれは……」
どこぞの貴人かな、と思ったらやはり燈が反応した。宗次郎たちを置き去りに、早足で集団の元へ駆け寄る。
「
「おや、その声は━━━燈か!?」
近衛隊が退き、日傘がどけられる。現れたのは聡明な雰囲気を漂わせた男性だった。
━━━お兄様ってことは、王族の一人か。
そういえば燈からもらった資料の中にいた気がする。経歴は……。
「お元気そうで何よりでございます」
「そちらもな。今日は国王陛下へ謁見だろう? ということは━━━」
━━━おっと。
歩の目線がこちらに向いたので、宗次郎は思い出すのをやめて駆け寄った。
「お初にお目にかかります、皇歩殿下。穂積宗次郎と申します」
燈の隣で立ち止まり、頭を下げる。
要人の資料に目を通すだけでなく、挨拶の仕方についても燈から叩き込まれた。
基本として、まず自分から挨拶に行く。顔と名前を覚えてもらう立場であると心に留めておく必要がある。
また、当然ながら燈と話すようなタメ口は厳禁。敬語を使う。
他にも、自然体でなおかつ笑顔で挨拶するなど、諸々のアドバイスの通りに頭を下げた。
「うむ。頭を上げてくれたまえ」
言われた通りお辞儀をやめると、目の前にいた歩はにっこり微笑んだ。
「私の名は皇歩。第二王子を務めている。よろしく、穂積宗次郎殿」
差し出された両手を宗次郎も両手で握りしめる。
歩の顔つきはいかにも真面目そうで、四角い鼻と小さい目が印象的だ。六四分の髪型やきちんとした着こなしからも勤勉な性格が伺える。かなり背が高く、玄静よりもある。その代わり細身で、肩幅は小さめだ。
━━━剣士の手ではないな。
握った手はいかにも一般人のそれだ。闘技場で握手を交わした剣闘士たちの手と比べると実に柔らかい。
「歩殿下、お久しぶりでございます」
「は、初めまして! 森山千景と申します!」
「やぁ、玄静殿も久しぶり。森山殿も、そう畏まらなくても結構だ」
ガチガチに緊張している森山に対して歩は優しく声をかけ、玄静と宗次郎二人の顔を見た。
「皐月杯の決勝戦、観戦させてもらったよ。私は剣を握った経験はないが、あれが素晴らしい戦いだとはわかる」
「身に余るお言葉、感謝いたします。歩殿下」
「ありがとうございます」
玄静に習って宗次郎も再び頭を下げる。
━━━目上の人と会話するのって、大変なんだな……。
宗次郎は燈がいかに自分に甘いか、骨身に染みた。
ことあるごとに頭を下げなければならないのは宗次郎にとって初めての経験だとしても。
これが、普通なのだ。
「それにしても、ふふふ」
「あら、歩兄様どうしたの?」
「もちろん、嬉しいのさ」
握手を終えると、歩は燈に振り向いた。
「誰も剣にしないと公言していた燈が、やっと重い腰を上げてくれたんだ。私はいいことだと思っているよ」
「……そうですね」
「宗次郎殿。燈はこんな性格なので大変だと思うが、どうか妹をよろしくな」
「兄様!」
「はっはっは」
「殿下。そろそろお時間が」
「おっと」
付き人のうち、一人だけ服装の違う人物が歩のそばに駆け寄って耳打ちする。
「それでは私はここで失礼させてもらうよ。夜の宴会には出席するから、そのときにまた」
「はい。いってらっしゃいませ、歩兄様」
「いってらっしゃいませ」
にこやかに手を振って階段を降りる歩たちを、宗次郎たちは見送った。
「すごいじゃないか宗次郎。練習の成果、ちゃんとでたんじゃない?」
「そうね。及第点ってところかしら。あの調子なら、宴でも粗相はないでしょう」
「そりゃよかった」
ほう、宗次郎は溜息を吐いた。
宗次郎自身、ぶっつけ本番にしてはうまくいったほうだと思っている。
「あんまり緊張せずに済んだみたいだ」
「そうね。歩兄さまは比較的良識ある人だから、幸運というべきかしら」
「だね。さて宗次郎」
玄静がいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「これから歩王子はどこへ行くでしょうか」
「えっと、司法局じゃなかったっけ」
「正解」
要人の資料にも書いてあった。確か波動や剣術の才能があまりない代わりに勉学に励み、三塔学院では学年主席の座を一度も譲らず卒業。専攻していた法律の知識を生かし、現在は裁判官を務めていると。
━━━確かに、法律や規則をしっかり守りそうな人だ。
あの会話の中、歩は一瞬だけ天斬剣と陸震杖の封印に目をやった。その視線は鋭く咎めるようなものだった。
本来であれば、王城に波動具を持ち込めるのは各王族が選んだ”剣”か十二神将のみ。それを剣爛闘技場における妖討伐の記念して、今回は特別に持ち込みを許可されている。
言い換えれば、規則に反している。
父親である国王が認めたとしても、歩には思うところがあったのだろう。
やがて宗次郎たちは階段を登り終ると皇宮門があり、ついにその奥にある大皇城が目前に姿を現した。
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