第二部 第五十一話 全てが終わって その1
不思議な光景だった。
まるで天を斬り裂くように立ち上っていた黄金の光が消えたのと同時。
ふと気づけば宗次郎の意識は現実に戻っていた。
━━━今、のは。
懐かしい、千年前の記憶。刀預神社と同じ。陸震仗に封印されていた宗次郎の波動が解放されたのだ。
「あ……」
展開された術式も妖の顔もない。目の前には土の塊。肌には燈の波動術により季節外れの冷気を感じる。
━━━終わった、のか?
術がうまくいったのなら、土の塊の中に圓尾の姿があるはずだ。それを確認しようと体に力を入れると━━━
「うっぐ!」
血管に。
神経に。
骨に。
筋繊維に。
激痛と衝撃が刻み込まれる。脳髄が麻痺し、心臓が停止する。
波動を一気に消費したフィードバックが宗次郎の体を容赦なく襲った。
陸震仗に封印されていた波動によってなんとか命はつなぎとめたものの、その膨大な負担はしっかりと身体に蓄積されていたようだ。
━━━あ、ダメだ。
「「宗次郎!」」
崩れ落ちる宗次郎の右肩を玄静が、左肩を燈が支える。
「大丈夫?」
「あ、あぁ。それより……」
震える手でかまくらのように盛り上がった土と氷の塊を指さす。
「確認する。燈」
「ええ」
玄静は宗次郎を燈に預け、陸震杖で妖を覆っていた土壌を動かす。
「っ」
燈は宗次郎を支えながら波動刀を構え、警戒していた。
万が一、宗次郎の波動術にほころびがあれば妖が飛び出してくる可能性がある。
━━━頼む、うまくいってくれ。
かすれる視界と頭で宗次郎はぼんやりと神に祈った。
パキパキと氷を砕きつつ、ドーム状になった土が平坦になる。
いた。
ぼさぼさに伸びきった髪の、ほつれの目立つ囚人服を着た男性が横たわっていた。意識はなさそうだが、かすかに背中を上下させている。
「……呼吸している。生きている! 成功だ! 宗次郎!」
喜びを爆発させる玄静に、宗次郎も思わず顔をほころばせた。
「は、はは」
安心感が身体の力を抜き、宗次郎は地面に座り込んだ。
やった。やり遂げた。一覇との約束を守り切った。
「燈、玄静」
最後の力を振り絞り、かすれた声で名前を呼ぶ。
「ありがとう。手伝ってくれ、て━━━」
言葉が止まる。
疲労のせいではない。
恐怖にも似た感覚に全身が総毛だった。
「なっ!」
陸震杖をもつ玄静も、十二神将である燈ですらも。
宗次郎と同じ方向を凝視する。
「残念」
真っ白なフードを頭まですっぽりかぶっている何者かが、いつの間にか圓尾のそばに立っていた。
実に神秘的だった。真っ白なフードの周囲を、同じく真っ白な光が覆っている。
━━━誰だ。いつの間に闘技場に入った。
頭に疑問は浮かぶものの、なぜかそれらを口にできない三人をよそに、
「もうちょっとだったんだけどなぁ」
白フードはかがんで、圓尾のそばに落ちていたものを拾い上げた。
通常のピンク色と異なる、純白の蟠桃餅。
━━━あ、れは。
かつて直接対峙したからこそわかる。あの蟠桃餅こそ圓尾を妖に変貌させた元凶。天修羅の細胞だ!
「くっ」
確かめなければ。あの白フードの正体を。
破壊しなければ。天修羅の細胞が詰まった蟠桃餅を。
なのに、どんなに力を入れても足が言うことを聞かなかった。
「ふふ、でもまあいいか」
白フードがゆっくりと宗次郎たちに振り向く。
あまりにも異様な雰囲気に、宗次郎たちは凍りついたように動けなくなる。
あの白フードは間違いなく敵だ。天修羅、もしくは天主極楽教の関係者だ。
なのに、
「やっと会えたね」
中性的で若々しい、生気に満ちながらどこか空虚な声。それには一切の敵意が感じられず、親友に話しかけるように柔な代物。
姿形は人間に近いのに、雰囲気は実に人間離れしていた。
━━━俺、か?
釘付けになった視線と白フードの視線が合致した、ような気がした。目元がフードで隠れているせいで確証が持てない。宗次郎の額を、冷たい汗が流れる。
「今度は、二人っきりで会えるよう取り計らうから」
「っ! あなたは何者!? 答えなさい!」
燈は何も言わずに波動刀を引き抜いて白フードに向けた。
「僕の名は、甕星みかぼし」
口元だけを微笑ませ、白フードは宙に浮いた。
「じゃあ、またね」
別れを告げられた瞬間、宗次郎の意識が飛んだ。
一瞬。ほんの一瞬だけ、今がいつで、ここがどこだか分からなくなった。思考を乱されたのだ。
気がつけばいつの間にか白フードはいなくなっていた。影も形も残っていない。
「あ、燈。玄静」
「はっ……い、今のは!?」
「っ……いつの間に!?」
宗次郎が声をかけると燈と玄静は意識を覚醒させ、周囲を警戒する。
おかしな話である。敵がいなくなって初めて警戒体制を取るなんて、なんの意味もない。
「は、はは」
「くっ」
玄静の声も燈の握る刀の鋒も震えが止まっていない。宗次郎とて疲労が溜まっていなければ手足の震えが止まらなかっただろう。
闘技場の姿は、妖との戦闘の余波を除いて普段通りだ。今までの不穏な空気がまるで嘘のように宗次郎たちを明るく包んでいる。
いなくなった。そう実感した瞬間、宗次郎の緊張の糸はプツンと切れた。
「宗次郎!?」
「おい、しっかり!」
燈と玄静の心配そうな声が遠くで聞こえる中、宗次郎は深い眠りへと落ちた。
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