第二部 第五十話 伝説の戦い その7
「本当にやるのか?」
記憶の中、宗次郎はけだるそうな声に問いかけられる。
雲丹亀壕。かつて同じ主の下で戦い、大陸に平和を取り戻すと誓い合った軍師。陸震杖の初代所有者にして、皇王国の初代大臣になった豪傑。
これは、その男との別れの記憶だった。
「とんでもない愚行だ。体内時間を止めて千年の時を超えるなんて。失敗する可能性は九割以上だ。まともな思考の人間がやることじゃない。でも━━━」
薄暗い部屋の中、いすに座る宗次郎をボロカスに罵倒し、壕は下を向いた。
「それ以外に方法がない、だろ?」
「……」
顔を上げた壕は実に悔しそうにうなずいた。
「すまん」
「!」
突然の謝罪に宗次郎は仰天した。
仲間とは言え、壕とは考え方や反りが合わず反目することが多かった。ましてあのプライドの高い、自分の作戦に絶対の自信を持っていた壕が謝るなんて。
「もっといい策があれば、貴様にこんな馬鹿げた手段を取らせずに済むものを。アドバイスすらできそうにない」
「……気にするな」
宗次郎は力なく笑い、壕の隣にある椅子に腰を下ろした。
「かけるだけの保険はかけた。お前の陸震杖にもな。きっと何とかなるさ」
「ふん、その能天気さには毎度殺意を覚えるよ。一度死ななきゃ治らない」
「それに、あれだ。大変なのはお互い様だろう」
「ふん」
鼻で笑った壕は膝の上に肘をついて、手のひらに顎を乗せた。隣でもたれかかっている宗次郎にはその表情は見えない。
すでに天修羅は倒れ、妖の大半は滅び去った。戦いは終わったのだ。これからは荒廃した大陸を復興し、新たな国を作る大仕事が待っている。
それらをすべて大地と壕、仲間たちに任せ、宗次郎は未来へ旅立つ。
その理由は今も思い出せていない。
無言のまま、煙が立ち上るようにゆっくりと時間が過ぎる。本棚に差し込む陽光が少しずつ傾き、オレンジ色の光が背表紙の文字に反射してきらめいている。
「大地のことを頼んだぞ」
「任せておけ。貴様がいない分もちゃんと支える」
「そりゃ、安心だ」
後顧の憂いは断ち斬った。あとは別れを告げるだけだ。
━━━違うだろう、俺。
宗次郎は内心で自身を叱責する。
ここで別れたら最後、もう二度と壕とは会えないのだ。ただ謝りあって暗い顔をするよりも、もっといい別れ方があるだろう。
宗次郎はおもむろに立ち上がって、壕の前にたった。
「壕」
「……なんだ」
上がった顔は悔しさが薄れ、やるせなさとあきらめがにじんでいる。
「ありがとう。お前には何度も助けられた」
右手を差し出して握手を求める。
お世辞じゃない。本心からの言葉だった。珍しい属性の波動を持ち、絶大な波動量を誇っていても、宗次郎一人で勝てるほど戦いは甘くない。
数万を超える妖を壊滅させたのは壕の手腕によるものだ。シンプルながら奥深い軍略、適切な指示、未来を見通しているかのような戦術眼。
「それはお互い様さ」
壕も立ち上がって右手を差し出し、握手する。
「貴様の抜きんでた戦闘力には何度も驚かされた。我らが王の剣としての戦いぶりには敬意を表する。貴様は━━━」
グッと握手している右手に力を入れた壕の目に、かすかに涙がにじんでいた。
「まぎれもない英雄だ。一緒に戦えて、誇りに思う」
「っ……」
宗次郎の息が震える。
それは紛れもない殺し文句だった。
英雄にあこがれ、強くなりたいと願い、努力し、戦い続けた宗次郎にとっては。
「千年後も達者でな」
「ああ」」
夕陽によって床に投影された手と手は、いつまでも離れないかのように硬く交わっていた。
「……あ!」
唐突に、何か思い出したのか壕がハッとする。
「そうだ。一つだけアドバイスがある」
「マジか!? どんな?」
「諦めるな」
「……ぷっ」
真顔の壕に宗次郎は思わず吹き出した。
「なんで笑う」
「いや、だって……」
宗次郎は手を離し、ついに身体をくの字に曲げて笑いを堪えた。
「まさか壕から精神論を聞くことになるなんて、あ、あっははは」
「ふん。手段があまりにも阿呆すぎて、このくらいしかアドバイスできないんだ!」
「ふっくく、せっかくだ。封印を解除するキーワードにしよう。それがいい」
「嫌だ! こんな脳筋ワード、絶対に選ばせないからな!」
部屋にこだまする文句と笑い声。今までの雰囲気は何処へやら。握手をして、いざこれから別れるとはとても思えないほど明るい空気が部屋に充満したのだった。
黄金の光に包まれながら、男の意識はゆっくりと覚醒した。
━━━ここは……。
黄金の光から明確な意思を感じ取る。
助ける。絶対に助ける。
━━━あぁ。
暖かい。ずっとここにいたいと思えるような居心地の良さ。今までの痛みが、苦しみが、嘘のように晴れていく。
まるで生き返ったような気分で、男はゆっくりと目を閉じた。
━━━おい、何をしている!
覚醒した意識が男自身をしかりつける。
強くなる。もっと強くなる。誰よりも強くなる。そのためにあらゆる苦痛にだって耐えると誓った。
こんなぬるま湯のような空間でゆっくりしている暇はない。
「父さん!」
ふと耳に声が響いた。
自分のことを指している、と理解するのに少しだけ時間がかかった。
━━━ああ、そうだ。俺は……。
勝った日も。負けた日も。強くなるためにつらい鍛錬に耐えた日も。
どんなときでも温かく迎え入れてくれた笑顔。抱えた疲労をすべて吹き飛ばすように抱き着く小さいからだ。やる気をくれるような期待のまなざし。
今度こそ、男の両肩から力が抜けた。
何のために強くなりたいと思ったのかを思い出すことができたから。
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