第二部 第二十七話 皐月杯 第一回戦 その2

 納刀したままゆるやかな足取りでこちらに来る宗次郎を、六花は注意深く観察する。




 ━━━無策のまま、ではあるまい。




 六花は波動刀を握りしめる。




 君と初戦で戦える幸運に感謝を。宗次郎に告げた言葉は、半分嘘だ。




 もちろん感謝している部分もある。何度も何度も。内容を覚えるまで読み込んだ王国記。夢にまで見た英雄譚に登場する力と凌ぎを削れるのだ。昂らない男がどこにいよう。




 もう半分は、やはり優勝するにあたって最大の難敵だからだ。




 なぜなら六花は宗次郎についての情報を持ち合わせていない。波動の属性、剣術の癖、天斬剣の性質。それらが一切不明。伝説の英雄、初代国王の剣と同じ強さを持ち合わせているとしても、王国記には彼の強さを漠然としか記載していない。




 なので、できれば宗次郎の戦いを見てから剣を交えたいというのがもう半分の心境だった。




 そんな中で想定通りに進んでいるこの状況は、はっきりいって偶然によるものだ。このまま勝てば波動、体力共に消費を少なくして一回戦を勝ち上がれる。




 ━━━さあ、来い!




 興奮によって血流が加速し、自分の鼓動が鼓膜にガンガンと響く。




 神速の動きを見せる。宗次郎の発言からして、最も警戒していた『あらゆる敵を両断する一撃』を遠距離で放ってくる可能性は消えた。




 初撃を躱してこちらに踏み込んできた動きも速かったが、おそらくはそれ以上の動きを見せてくれるはず。




「!」




 六花の予想は外れた。




 宗次郎は初撃を躱して踏み込んできた動きと同じ速さで突っ込んできたのだ。




 納刀した波動刀の柄に手を掛け、居合斬りを放つつもりのようだ。




 ━━━笑止!




 開始直後より相対する距離が短いからといって、一度見た動きだ。対応できる。




「炎刀の壱:焔三日月!」




 六花は自身の得意とする一撃を放つ。




 壱の剣はどの属性でも基本の技だ。炎の場合は、右足を大きく踏み込んで炎を纏った刀で大きく横薙ぎ。単純ながらもそれだけに極めれば一撃必殺となる技だ。




 鍛錬を重ねるにあたり何千何万とふるってきた技。相手の動きに合わせ、完璧なタイミングで迎え撃つ刀と波動。




 当たる。極限まで研ぎ澄まされた集中力と直感が告げた確信は見事に裏切られた。




「━━━!」




 ドン、と。




 なんの手応えもないまま波動刀が空を斬ったかと思えば、衝撃音が聞こえ、爆風に煽られる。




 思わず目をつぶる六花。刹那、黄金の光が走ったかと思えば、首筋に冷たい感触があった。




「!」




 六花が気づいたときには宗次郎は抜刀を完了し、首筋には黄金の波動を纏った刀が当てられていた。




 ━━━ば、かな。




 六花は戦慄した。目の前の現実が信じられなかった。




 当たると思っていた攻撃が躱された。それもただ躱したのではなく、一瞬で攻撃に転じている。




 現に、宗次郎は目の前にいる。




 つまりあの一瞬の間に、宗次郎は六花の攻撃を躱し、距離を詰め、抜刀したことになる。




 まさに神速。あの爆音と風は宗次郎の高速移動が生み出した産物だったのだ。




「……」




 無言でこちらに投降を進める宗次郎。




 六花とて、首に刀を当てられた状態で反撃する術はない。




「━━━参った。俺の負けだ」




 波動刀を地面に落として両手をあげた。




 全力を出し切った清々しさが六花の全身に満ちた。




 


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