第二部 第二十六話 皐月杯 第一回戦 その1
開会式の終了と第一回戦の第一試合まではちょうど一刻。
宗次郎は控室に戻るのも面倒だったので、待機処の椅子にどかりと腰を下ろした。
「あーあ、まさか第一試合を引き当てるとは」
くじ運のなさに軽く絶望して、宗次郎は顔を覆う。
「宗次郎様、元気出してください」
「ん。ありがとう森山」
顔をあげ、水の入ったペットボトルを差し出す森山に会釈する。
「はっはっは。宗次郎殿は意外と気にしぃな性格をしているのだな」
阿座上の指摘を受け、宗次郎は軽く頭を搔いた。
自分で気づいていないだけで、結構細かい性格をしているのかもしれない。
「まあいいや。とりあえず目の前の戦いに集中する」
「対戦相手の情報は頭に入ってるか?」
「ええ。奄美六花ですよね」
「ああ。奄美六花は炎の波動を操る。一昨年に三塔学院を主席で卒業した、新進気鋭の八咫烏だそうだ」
強そうだな、と宗次郎はペットボトルを口から話して考え込む。
三塔学院を主席で卒業できる腕前があるなら油断はできない。もっとも、皐月杯の出場者は同程度か、下手をすれば格上の方が多い。
時間をかけてゆっくりと息を吐き出し、宗次郎は立ち上がった。
「それでは! お時間になりましたので第一回戦第一試合を始めます!」
ドッと観客が歓声をあげる。
待機処は観客席の真下にあるので闘技場の臨場感が直接伝わってきた。
「まずは全員お待ちのこの男から! 穂積ー宗次郎ー!」
「じゃあ、行ってくる」
「はい!」
お呼びがかかったので宗次郎は二人に手を振ってゲートを潜る。
「来たぞー! あれが天斬剣だ!」
「なんか思ったよりヒョロイなー! 大丈夫かー!?」
「なんか思ってたよりも普通ー」
観客のリアクションに最低限に応えながら宗次郎は中央に進む。
「続いての出場選手はこの人! 今勢いのある若手No.1! 奄美ー六花ー!」
宗次郎のちょうど右側から短髪の男が手を振りながら歩いてくる。
体格は宗次郎より少し大柄だ。眉のくっきりとした顔立ちをしていて、その表情には自信が漲っている。周囲の期待に応えてきたのだろうと感じられる。
━━━いいね。楽しくなってきたぜ。
宗次郎は武者震いをする。
風格。立ち振る舞い。覇気。東六花は紛れもない戦士だ。これから戦えると思うと嬉しくて仕方がない。
宗次郎と六花はグラウンドの中央立ち、互いに一礼する。
「君が穂積宗次郎か」
「そうだけど?」
「ふふっ」
挑発的とも取れる笑みを六花が浮かべている。
「君と初戦で戦える幸運に感謝を。全力で挑ませてもらおう」
「当然だ」
宗次郎も同じように笑って背をむけて所定の位置に移動する。
第八訓練場の剣闘士たちは良くも悪くも宗次郎に遠慮している部分がある。天斬剣の所有者、第二王女皇燈の関係者という肩書があれば仕方がない気もするが、宗次郎としてはやはり寂しい。
その遠慮を六花から感じられず、きちんと戦う相手として自分を認識してくれている。それが純粋に嬉しいのだ。
「ルールは単純! 相手を戦闘不能、もしくは気絶させれば勝利! 時間は無制限!」
楕円形のグラウンドに記された所定の位置━━━二十メートルの距離がある━━━の東側に立つ。
「それでは━━━第一試合、開始!」
ドォーンとドラの音がなると同時に六花は波動刀を抜刀して天高く掲げ、くるりと一回転させる。
「行くぞ!」
波動刀の軌跡に合わせて描かれた煌々と煌く円形の炎の中心を、気合の掛け声とともにひと突き。
「炎術の弍:火炎連弾!」
「っ!」
円形の炎は分散し、火球となってバラバラの軌道を描きながら宗次郎に襲いかかる。
波動師の使う剣術は波動の属性によって性質が異なる。例えば宗次郎が以前剣を交えたシオンは風の属性を操り、その剣は風のように自由な足運びと遠距離攻撃に特化している。
対して炎の属性は、性質として攻めに特化しており、振り抜きや一撃に重きを置いている。機動力に乏しい弱点はあるものの、立ち昇る炎のようにゆっくりと着実に攻める剣なのだ。
「おーっとこれは意外! 奄美選手、いきなり波動術を繰り出した!」
ゆえに、六花が放った遠距離攻撃は宗次郎の虚をついた。
が、
━━━精度が甘い。
いきなり火球を、それも複数飛ばせば混乱するとでも思っているのだろう。しかし火球のうちいくつかは明後日の方向に飛んでいる。棒立ちの状態でも躱せるものだ。
「ふっ!」
宗次郎は最小限の動きで火球を回避し、活強で一気に距離を詰める。
天斬剣を抜刀した宗次郎に六花は出遅れたと即座に認識、迎撃の構えをとる。
「キタキタキタァ! 純粋な剣による真っ向勝負だあ! そして……速い! 速過ぎる! 実況が追いつきません!」
波動が纏った刀同士が激突する。鋭い剣戟が一合かち合うたびに火花が散り、金属音が歓声を斬り裂く。
横薙ぎ、袈裟斬り、突き。躱しては躱され、受け流されては受け流す。剣士と剣士が織りなす輪舞曲のような斬り合いが白熱してゆく。
「ぐぅ!」
十二合打ち合ったところで、ついに宗次郎が六花を捕らえる。突き出された天斬剣が六花の上腕に傷をつけたのだ。
「穂積選手、擦り傷ではありますが奄美選手に一撃を入れましたぁ!」
━━━踏み込みが甘いか。
剣劇の最中に把握した相手の癖から次の攻撃に移る瞬間を捉え、完璧なタイミングで突いた。にもかかわらず軽傷なのは、宗次郎の踏み込みが甘かったからだ。
攻撃を受けた六花は距離を取る。
「ふ、ははは。強いな……やはり強い。どうやら、剣技は君の方が上のようだ」
「そうかい」
擦り傷を受けて笑っている六花。強敵と戦えた愉悦に身を委ねているあたり、彼は紛れもない戦士だ。
そう感心する余裕もなく、宗次郎は剣を構え直す。
━━━さて、どうやって勝つか。
勝利条件は相手を気絶させるか、降伏させるか。もしくは戦いが危険な状況になり、尚且つ対戦相手による中断が難しい場合は三人の審判が止めに入って判定を行って勝敗を決める。
先ほどの剣劇を続けたいところだが、六花も警戒している。かといって、波動をぶつければ六花を殺しかねない。
時間の波動は直接攻撃に向かないし、空間の波動は逆に攻撃力がありすぎるのだ。
━━━妖みたいに真っ二つにするわけにもいかねえしな。
空間ごと相手を斬り裂く宗次郎の奥義は、人間相手には軽々しく使いたくなかった。
━━━とにかく、隙を作って攻撃するしかない。
「だが、俺は負けない!」
戦略が決まった宗次郎を他所に六花は波動を滾らせ、そのまま術を発動する。
「炎刀の伍:
波動が形のある炎となって宗次郎に襲いかかる。否、宗次郎を目標にしつつ、炎が全体的に広がっている。
━━━広範囲攻撃!
宗次郎はバックステップで炎を回避し、徐々に距離を取る。
「凄まじい炎です! 穂積選手間一発で避けるが━━━ん!?」
「!?」
グラウンドを埋め尽くさんばかりの勢いで拡大する炎が、突如として消えた。
「はぁっ!」
宗次郎の不意を突いた六花が初撃と同じ、火炎連弾を繰り出す。
迫りくる火球を天斬剣で打ち払い、躱し、宗次郎は剣を構える。
対する六花との距離は十メートルと少し。なんとかして近づきたいところだが、またあの広範囲攻撃を食らう可能性がある。
「よし、これで準備は整った」
ニヤリと笑う六花。
━━━来る!
宗次郎が天斬剣を構え直したところで、六花は波動刀を地面に突き刺した。
「炎術の肆:炎柱壁!」
六花の波動術により、グラウンドのあちこちに火の手が上がる。
「これは……」
五メートル近い高さまで炎の柱は上がっている。それも無作為にかと思いきや、火球の着弾地点から上がっていた。
いきなりの遠距離攻撃というセオリーから外れた初撃は、最初からこの状況を作り出すためのものだったのだ。
「ふふ」
熱気にその姿を揺らしながら六花がゆっくりと近づいてくる。
炎柱の数は十以上。かなりの波動を消費するはずなのに、疲れを微塵も感じさせない。
「天斬剣を持つ初代国王の剣は『その神速の動きは何者も捉えることはできず、その強力な斬撃はあらゆる敵を両断した』とされている。でもこうなれば好き勝手に動けないだろう?」
「……ああ」
王国記に記された伝説の通り、宗次郎は誰よりも速くグランドを駆け回れる自信がある。
ただ、それはグラウンドに何もなければの話だ。触れれば火傷では済まない炎の柱がいくつもあれば、その分だけ行動の制限がかかる。
━━━あっちいな。
さらに、炎のせいでグラウンドの気温がどんどん上がっていく。
ただでさえ天気は雲ひとつない快晴で、闘技場はその構造上太陽の光を遮ってはくれないのだ。
「強いなぁ」
宗次郎は歓喜に震える。
六花の実力は本物だ。
宗次郎に比肩する剣の腕。見事な波動の量に術のキレ。さらには初見の相手に対して有利な状況を作り出す戦術眼。
なるほど新進気鋭の波動師と謳われるだけの猛者だ。
宗次郎は覚悟を決め、天斬剣を納刀する。
「諦めるのか?」
「まさか」
サウナにいると錯覚するほどの熱気の中を宗次郎は悠々と進む。
「見せてやるよ。神速の動きってやつをさ」
宗次郎は息を整え、居合の構えを取った。
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