第二部 第二十八話 皐月杯 第一回戦 その3

「試合終了―! 勝者は穂積選手です! やはり天斬剣の使い手は強かった!」




「いい試合だったぞー!」




「なんて早さだ! 目で追えなかった!」




「ヒュー! 負けた兄ちゃんもいい動きしてた! 来年も楽しませてくれー!」




 実況の勝利宣言によって観衆がワアアアアアと歓声を上げ、口笛を吹き、賞賛の言葉を送る。




「ふぅ」




 一息ついて宗次郎は天斬剣を納刀する。




「対戦ありがとうございました」




「ありがとうございました」




 六花と互いに頭を下げて握手する。




「君は本当に強いな。戦えてよかった」




「俺もです」




 ニッと笑いあって、二人は待機所に向かう。




「宗次郎様ぁ」




 観客に手を振って応えながら待機所に戻ると、森山が目に涙を浮かべていた。




「よかったです。本当に良かったです。お怪我がなくて……」




「大げさだなあ。ちゃんと勝っただろう?」




 森山の頭をポンポンとたたいて宗次郎はベンチに座る。




「まずは一勝、おめでとう」




「ありがとうございます」




 阿座上からペットボトルを受け取って水を喉に流し込む。汗をかいた体が水分に喚起して、喉を鳴らす。




「ぷは、うまい」




 ペットボトルをわきに置いたらタオルで汗を拭き、設置されているテレビに目をやる。




「それでは、試合を振り返っていきましょう。解説の古谷さん、お願いします」




「はい。お願いします」




 CMが明けると中継が切り替わり、宗次郎たちの試合開始直後の映像になる。




 ━━━復習するいいチャンスだ。




 宗次郎は画面を食い入るように見つめた。




「初手は奄美選手の炎弾が炸裂。見事な技でしたが、穂積選手は華麗に躱して肉薄します」




「いやー、完全に軌道を見切っていましたねこれは」




「続いて剣戟が始まります。穂積選手の息もつかせぬような連続攻撃に奄美選手も対応しますが、しのぎ切れずに一太刀浴びてしまいました」




 それは違う、と宗次郎は内心つぶやく。




 宗次郎の剣に六花は対応していた。二人の剣技は互角だ。強いて言うならば一撃の重さは六花が上、速力と技の巧さは宗次郎が上。それも若干の差でしかない。




 大きく差があるとすれば、加護だ。




 加護は波動師がもつ特殊体質だ。例えば水の波動師のうち、水の上に立てる、おぼれないなど体質を持つ者がいる。現に先の戦いでも、炎柱によって気温が上昇した影響を受けたのは宗次郎だけだ。炎の波動師である六花は自分の炎に伴う熱気に影響を受けないのだ。




 宗次郎は二つの加護を持つ。絶対的な時間間隔と空間把握能力だ。これらは剣戟において無類の強さを発揮する。自分の間合い、相手の間合い、相手との距離が正確に把握でき、なおかつ数合打ち合えば相手が斬りかかるタイミングも掴めてくるのだ。




 宗次郎が一太刀浴びせられたのは、加護で相手の癖や間合いを読み取れたおかげだ。




「追い詰められた奄美選手は広範囲攻撃で距離を取り、さらに炎柱でグラウンドを灼熱地獄に変えました」




「初撃から狙っていたと思います。奄美選手の先を読む力は素晴らしいですね」




「最終的に突貫した穂積選手が奄美選手の迎撃を避けて一撃を加え、勝利をもぎ取りました。古谷さん。この決着はいかがでしょう」




「シンプルながら奥が深いですね。穂積選手のほうが相手の力量を図る能力を持っていたのです」



「……というと?」




「二人ほどの実力があれば同じ技、同じ動きは通用しません。そのうえで穂積選手が最後に見せた突撃の速さは、奄美選手の初撃を躱して接近した速さとほぼ同じなんです。つまり穂積選手は奄美選手が反応できる速度で接近し、攻撃を振らせたんですよ」




「そこまで計算のうちだったんですか」




「そうです。この映像をご覧ください。熱気のせいでやや不鮮明ですが━━━」




 映像がスローで再生される。画面の中で、ゆっくりと歩いていた宗次郎が一気に加速し、六花の攻撃の隙をついて攻撃を加える一連の流れが映し出される。




「最初に歩いて近づいたのは迎撃に広範囲攻撃を使用させないためでしょう。実際に奄美選手は基本技である焔三日月でした」




「映像では、奄美選手が技を外したように見えますが……」




「いえ、穂積選手が寸でのところで避けているのです。先の剣戟で奄美選手の間合いを完全に見切っているからこその芸当ですね。これが勝因です」




 おー、と感心する実況に更に解説が続く。




 何度も繰り返される映像を確認し、宗次郎は手ごたえを実感する。




 ━━━ま、悪くないな。




 二週間の訓練期間があったおかげで試合では自分の思ったように体を動かせた。




「む……」




「どうかしたか?」




「いや、何でもない」




 体に走った痛みを誤魔化して宗次郎は水を飲む。




 解説の言う通り、宗次郎と六花は相手の動きを見切っていた。六花の攻撃は完璧なタイミングで放たれており、あのまま飛び込んでいれば宗次郎は間違いなく斬られていた。




 宗次郎が無傷なのは、文字通り『停止』したからだ。




 時間の波動を使えば、加速減速はもとより、時間を完全に止められる。この術を使って宗次郎は六花の焔三日月が当たる直線に自分の体内時間を止めたのだ。




 世界に流れる時間そのものを止めるなんて神業は宗次郎の波動が足りないのでできない。ただ、自分の体内時間を、それも剣を回避する刹那の間であれば波動の消費も肉体にかかる負担も少なくて済む。




 活強による身体能力強化、時間の波動による加速、空間の波動による転移。これらに時間の波動による減速と停止を組み合わせることで、宗次郎は神速と謡われたのだ。




 ━━━ネタもバレてないだろうしな。




 一秒にも満たない短時間であり、なおかつ映像がぼやけていたおかげで、解説も停止したと気づいていなかった。おそらくよほどの実力者であってもカラクリを見抜くのは至難の業だろう。




 波動の属性を大っぴらにしたくない宗次郎としては最高の形で試合を終えられた。




「宗次郎、どうする? そろそろ戻るか?」




「ん」




 第二試合の準備が進められる中、宗次郎たちは待機所を後にする。




「やあ」




 エレベーターを降りると意外な人物から声をかけられた。




 玄静だ。




「なぜここにいる」




 阿座上が宗次郎の前に出て敵意をむき出しにする。




 この先には選手用の控室しかない。宗次郎の関係者以外は立ち入り禁止だ。そこに大会の出場選手が来ているとなると、何か企んでいると邪推してしまうのも無理はない。




「別に。あなたには関係ないさ。一回戦、優勝おめでとう。宗次郎」




「どうも」




 阿座上の敵意をまるで意に介さず、玄静はさらりと賞賛を述べる。




「あの奄美六花を無傷で退けるとは。さすが天斬剣の持ち主に選ばれただけはあるのかな」




「意外だな。試合を見ていたのか」




 皐月杯のやる気ゼロだった玄静が宗次郎の試合を観察しているとは思っていなかった。




「ああ、皐月杯のやる気はサラサラないけど━━━」




 にやりと口角をゆがませて玄静が笑う。




「宗次郎には少し興味がわいてきた」




「ふん。普段からサボっている貴様が何を言う」




 阿座上がさらに食って掛かる。




 阿座上を含め、第八訓練場の剣闘士たちの玄静に対する印象は悪い。監視をすると言っておきながら闘技場の外を歩き回り、挙句




「汗臭いからお断り」




 といって訓練場に近づかないのだから当然といえば当然だった。




「いいんだよ。日常生活の監視なんかしたって意味がない。剣士なら戦いぶりで判断しないと。だろう?」




「……ああ」




 戦いぶりによって天斬剣の持ち主としてふさわしい強さと人格を見せつける。宗次郎が皐月杯に出場する目的の一つだ。




 玄静がゆっくりと、意味深な笑みを浮かべて近づいて来る。




「宗次郎。君は確か三塔学院に入学する前に行方不明になった。その後、記憶と波動を失った状態で発見された」




「そうだ」




 十三歳の春、宗次郎は波動を暴走させて千年前の時間軸へ飛んだ。そこでのちに皇王国初代国王となる皇大地と出会った。




 八年の時を共に過ごし、現代に戻ってきたものの、記憶と波動を失った。そこを偶然、恩師である三上門に見つけられたのだ。




「今もその記憶は戻っていない。で、合ってるかな?」




「ああ」




「それ、嘘じゃないのか?」




 玄静からズバリ指摘され、宗次郎は内心動揺する。




 天斬剣の封印が解放されたと同時に記憶と波動は戻っている。しかし、宗次郎が初代国王の剣であること、時間と空間の波動を持つことは公表されていない。




 突拍子もない内容なので公表手も混乱を招くだけだ。燈と話し合ってそう決めたのだ。




「どうしてそう思うんだ?」




「宗次郎の動きが只者じゃないからさ」




 玄静は窓にもたれかかり外を眺める。




「最後の動きは実に見事だった。それを支える相手の力量を正確に測る観察眼に剣の腕。長い間、戦いから離れていたら絶対にできないさ」




 冷静な分析を披露する玄静に宗次郎は舌を巻きつつ、複雑な感動を抱く。




 ━━━やっぱり一筋縄じゃ行かないか。




 監視役に選ばれるだけあって、試合の内容を把握し、宗次郎の経歴に照らし合わせている能力はあるようだ。




「そうだな。もしかしたら戦ってたんだろう。俺は覚えていなくても体は覚えているんだ」




「はっはっは。じゃ、そういうことにしておこうか」




 玄静は軽やかに笑って窓から離れ、宗次郎の隣に立つ。




「君が何を隠しているのか、この戦いで明らかにさせてもらう。そのつもりで頼むよ」




「そうかよ」




 挑発的な態度を崩すことなく、ふんふんと鼻歌を歌いながら玄静はエレベーターに乗り込んで消えていった。




「宗次郎様。大丈夫ですか?」




「ん? ああ。平気だよ」




 心配そうに顔を覗き込む森山に宗次郎は笑顔で応える。控室に戻って椅子に座り、第二試合が始まるのを待つ。




 ━━━次からは勝ち方にもこだわらないといけないな。




 玄静の監視の目がある以上、軽々に手の内をさらすのは避けたほうがよさそうだ。なおかつ天斬剣の持ち主としてふさわしい勝ち方をしなければならない。




 ━━━ちょっと面倒だな。




 入場する選手を眺めながら、少しだけ玄静の気持ちがわかる宗次郎だった。






 

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