第二部 第十八話 燈と天斬剣の帰還 その2

 トントン、とノック音が響く。




 噂をすればなんとやらで、玄静がやってきた。




「こんにちは。いやあ、間に合ってよかった」




「こんにちは」




「やあ燈。あえて嬉しいよ」




「そう。玄静もお元気そうでよかった」




 玄静が燈を挟んで宗次郎とは反対側に座る。




 しばらく燈と玄静だけが会話する時間が続いたところで受付嬢が兼光を連れてきた。




「諸君! 待たせたね!」




 扉を勢いよく開けた兼光は、ボサボサの頭に無精髭と言ういでたちをしていた。まるで浮浪者だ。木箱を抱えていなければ、一瞬誰だか分からなかっただろう。




「兼光様。お越しいただきありがとうございます。そのような格好をしてまで……」




「なんのなんの。むしろうちの従業員が口を滑らせてしまったせいだからな」




 そいつはちゃんと叱っておいたから、と謝ってから兼光は森山と玄静に会釈する。




「燈殿下。お久しぶりでございます。このような格好でご容赦を」




「兼光殿。相変わらずの職人ぶりでございますね」




 第二王女である燈との挨拶を終えると、兼光は宗次郎に向き直った。




「宗次郎くん」




「はい」




「こちらが君の波動刀だ。どうか受け取ってほしい」




 宗次郎は一礼して差し出された木箱を受け取る。




「開けてよろしいでしょうか」




「もちろんだ」




 宗次郎は木箱を部屋中央にあるローテーブルに置き、紐を解いていく。




 風呂敷をめくるときりでできた箱が現れた。




 箱から溢れ出る黄金の波動に、誰のものともわからぬ唾を飲み込む音が聞こえる。




「開けるぞ」




 一呼吸おいて、宗次郎は蓋を取り払った。




「おお」




 普段は冷静な燈ですら身を乗り出して中身を凝視する。




 天斬剣は生まれ変わっていた。シオンとの戦いで破損した保管用の白鞘しろさやは取り外され、鞘は黒漆くろうるしが塗られ、柄頭つかがしらと鞘の先端に金色の装飾が施されていた。




「あら、つばがないのね」




「ああ。兼光さんにお願いして、外してもらったんだ」




 いわゆる、くろうるし合口あいくち打刀うちがたなこしらえという。藍韋あいかわを巻かれた柄は柄頭を大きく張らせつつ、刃側の鞘の厚みを薄くしてバランスを取っている。




「うっかり手を怪我しないようにね」




「わかってる」




 こしらえに満足して宗次郎の口角が自然と上がった。




 取り出して腰に差し込むだけで安心感が生まれる。柄を握ると手に馴染む。




 ━━━最高だ。




 宗次郎は天斬剣を箱に戻して立ち上がる。




「兼光さん」




「うん?」




「最高の出来です。ありがとうございます」




 宗次郎は最大限の感謝を込めて深く頭を下げた




「礼はいらんよ。仕事だ」




 キリッとした表情で兼光は告げる。




「それに、金なら国からふんだくっておるしな」




「うふふ、私の前でその発言。お変わりないようですね」




「おっといけない」




 兼光は大きく口を開けて笑い、場の笑いを誘った。




「さて、私はそろそろ戻るとしよう。宗次郎くん、大会での活躍に期待しているよ」




「任せてください」




「兼光様。お見送りいたしますわ」




 扉を開けて誘導する椎菜に続いて全員が部屋を出る。




「場長!」




 廊下に出たところで一人の女性が小走りにやってきた。




「どうした蘭。そんなに慌てて」




 きりっとした着こなしているところを見ると椎菜の秘書らしい。髪を振り乱すほど慌てていて、椎菜は心配そうな表情を浮かべた。




「じ、実は急ぎお伝えしたいことがありまして」




 怪訝な表情をする椎菜。




 来客の対応中であるにもかかわらず、伝えなければならないほどの伝達事項らしい。




「何があった?」




「それが━━━」




 蘭の口を飛び出したのは、いい知らせではないという宗次郎の予想をはるかに上回るものだった。




「外部出場を予定していた但馬玲央が、急遽欠場を申し入れてきました」




「!」




 あまりの内容に普段から冷静な燈ですら目を見開いていた。




 但馬たじま玲央れおは玄静の言葉を借りるなら、皐月杯における優勝候補の筆頭だ。仁智勇に優れた八咫烏として数々の作戦に参加し、燈と十二神将の座を競っていた事実からもその実力が知れる。




 その但馬たじまが大会の一週間前にいきなり欠場を申し込んできたとなればまさに一大事だ。




「い、いったい何が……」




「どうやら訓練中に怪我をしたようでして」






 真っ青な顔をして秘書の話を聞く椎菜。




 一方燈は何かを思いついたようにハッとし、端末を懐から取り出していた。




「やられた……」




「?」




 悔しさで歯噛みする燈に宗次郎は訳が分からず首をかしげる。




「それともう一つ。場長にお渡ししなければならないものが……」




 恐る恐る蘭が取り出した封筒に、再び全員の度肝が抜かれる。




 封筒には『勅書』を書かれている。




 封筒の中身には国王直々の命令が記載されているということだ。




 椎菜は勅書を受け取り、中身を取り出して口に出した。




「この度、第八二七回皐月杯における出場者・但馬玲央の名代として━━━」




 椎菜はいったん言葉を止め、燈の隣に目をやった。




「雲丹亀玄静を指定するものとする」




 驚天動地のダブルパンチに場の空気が完全に凍る。




「……えっと。どういうことなんでしょう?」




「要は、但馬のかわりに玄静を出場させろと国王から命令が来た……んだと思う」




 小声で質問をする森山にそっと耳打ちした宗次郎ですら、予定外の事実を前に語尾を濁す。




 当の玄静は眉間にしわを寄せ、口をへの字に曲げ、苦虫を嚙み潰したように顔全体がゆがんでいる。




 普段は朗らかで軽薄な玄静。彼のストレスが頂点に達したところを宗次郎は初めて見たのだった。

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