第二部 第十九話 陸震杖の力 その1

 玄静の緊急参戦をとりあえず頭の片隅に仕舞い込み、兼光を駐車場まで見送った宗次郎は当初の予定通り午後の訓練に参加した。




 結果としては、最高の手ごたえを感じられた。




 理由は二つある。




 一つは天斬剣が戻ってきたことだ。




 愛着のある波動具が、自分の使い慣れた武器が、新しくなったおかげでいい気分だった。おかげで波動のキレもよくなり、術や活強の精度が上がった。




 もう一つは燈が来てくれたことだ。




 当初、宗次郎は燈が訓練場になじめるのか不安があった。




 宗次郎が剣闘士たちと一緒にいると、会話の節々で燈がどのような女性なのかと質問を受けた。その返答として、冷たいように見えるが芯の強さと優しさを兼ね備えた素敵な女性であると返すものの、意外そうな表情をするものが多かった。




 第二王女の地位と、“冷血の雪姫”とあだ名されるほどの冷たい表情や雰囲気からくる噂が先走っているので、宗次郎は少し気になっていたのだ。




 もっとも、宗次郎の心配は杞憂に終わった。




 到着してすぐは剣闘士たちも緊張していたものの、ひたむきに剣を振る姿を見て噂が独り歩きしていると察したらしい。宗次郎が燈にとる態度から見て、礼節をわきまえたうえで丁寧に対応すれば大丈夫だと理解してくれた。




 最後は宗次郎と燈で木刀による三本勝負が行われたため、訓練場は最高潮に盛り上がった。一時間にも及ぶ白熱の試合は隣の訓練場から剣闘士が観戦に訪れるほどだった。




 戦績は一勝一敗、最後の一本は時間切れで幕を下ろした。剣闘士たちは二人の戦いぶりをたたえ、特に燈を心から称賛していた。




 燈は八咫烏を率いて天主極楽教と戦っていた。武人とのやり取りには慣れているし、心を引き付けるのはたやすいのだろう。




 宗次郎は、盛り上がる剣闘士とシャワーを浴び、食堂で夕餉ゆうげを平らげた。




 歓談もそこそこに剣闘士たちに別れを告げ、燈とともに食堂を出て宿舎に戻る。




 夜風が心地よい冷気をくれる。晴れ渡った空に星が輝き、東の空に上弦の月がぼんやりと浮かんでいる。




「やっぱり、ここは気持ちのいいところだわ」




「そうなのか?」




 おもむろに口を開いた燈に宗次郎は答える。




「気が楽に持てるのよ。強ささえ示せばみんな心を開いてくれるから」




「確かに」




 宗次郎はうなずく。




 天斬剣のネームバリューもあってか、宗次郎も比較的すぐに訓練場になじめた。闘技場で働いているからこそ、強さを求め努力する者には敬意をもって接するのだろう。




 剣闘士たちの在り方は実にシンプルだ。先日まで権謀渦巻く王城にいた燈からすれば余計にそう感じるはずだ。




「王城では大変だったみたいだな」




「そうね。ま、いつものことよ」




 遠くを見つめる燈に、宗次郎は申し訳なく思う自分をいさめる。




 燈が王城に向かったのは、“天斬剣献上の儀”と宗次郎について説明するためだ。はっきり言って宗次郎に原因がある。




 しかし、ここで宗次郎が申し訳なく思ったり、謝ったりしたところでどうにもならない。燈が困るだけだ。




 宗次郎にできることは、中止になった“天斬剣献上の儀”の代わりに皐月杯を盛り上げ、優勝して燈の剣にふさわしい波動師であると証明することだ。




「それにしても、まさか玄静が皐月杯に出場することになるとはな」




 星空を見上げて宗次郎はぽつりとつぶやく。




 椎菜と玄静は宗次郎たちと別れ、王城を含めた関係各所と連絡を取って事実確認に奔走している。もしも玄静が出場をするのなら、早急に事態を公表する必要があるのだ。




 めんどくさがりの玄静は出場をとても嫌がっていたが、おそらく覆りはしない。勅書による王命とはそれだけの権力を持つのだ。




「ええ。今回はしてやられたわ」




 燈は歩きながらため息をつく。




「おそらく玄静が宗次郎の監視役に選ばれたのも、この状況を想定しての手回しでしょう。あの大臣の考えそうなことよ」




「どういう意味だ?」




 宗次郎の質問に燈は王城での出来事を簡単に説明する。




「その話からすると、玄静を監視役に選んだのは国王陛下だろう?」




「そうね。でも父上だって一人で決めたわけではないわ。必ず助言した家臣がいるはず。家臣が大臣の息のかかった人間なら、自分の思い通りに事態を動かせるもの」




 燈は自分のうかつさを呪っているようだ。




 大臣はあからさまに宗次郎から天斬剣を取り上げようとしていた。皐月杯でも茶々を入れてくる可能性が濃厚だったので、燈は増麗にそれとなく大臣の監視を頼んだ。




 しかし、すでに布石が打たれていた場合は防ぎようがない。ましてわざわざ但馬を欠場させてまで玄静を参加させるとは、燈は思ってもいなかったようだ。




「まあ、タイミングからして明らかに作為的だしなあ」




 但馬たじま玲央れおが怪我で欠場すると連絡があったのとほぼ同じタイミングで玄静を出場させるように勅書が届いたのだ。裏でつながっていると考えるのは自然だ。






「いきなり出場者がコロコロ変わって、椎菜は大丈夫なのか?」




「大丈夫でしょう。今回の皐月杯は、中止になった“天斬剣献上の儀”の代わりに天斬剣をお披露目する機会としての役割があるもの。むしろ観客はより期待を膨らませると思うわ。参戦の理由も『天斬剣と陸震杖の持ち主を参戦することで大会の隆盛を図るため』とすれば辻褄も合うでしょうし」




「じゃあ、大臣は俺と玄静を戦わせて何を企んでいるんだ」




「そうね……」




 燈は腕を組んで考え込む。




「おそらく但馬玲央より玄静のほうが勝ちやすいと踏んでいるんだと思うわ」




「その心は?」




「負けたら『弱者に天斬剣はふさわしくない』って理屈をつけて、宗次郎から天斬剣を取り上げられるでしょ。他には強くなりたい心に付け込んで宗次郎ごと天斬剣を手に入れようとするかも」




 あれこれと考える燈に、政治はやっぱり難しいと宗次郎は頭を搔く。




「玄静は強いのか」




「それは術士として? それとも戦士としてかしら?」




 同じ波動師でも、武術を極めた剣士と術を極めた術士は別物だ。戦闘スタイルをとっても、剣術による白兵戦、術を放つ遠距離戦と異なる。当然、強さの基準も異なってくるので、同じ物差しでは測れないのだ。




「そもそも、陸震杖についてはあなたのほうが詳しいでしょう」




「……まあな」




 宗次郎は夜空を見上げ、意識を千年前の過去へ飛ばした。


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