第二部 第十三話 皇燈、王城にて その3

 宗次郎から天斬剣を没収する。




 大臣から飛び出した仰天の提案に、謁見の間がどよめく。




「理由を聞かせてもらえるかな。我が剣よ」




「御意。穂積宗次郎は天斬剣の持ち主としてふさわしいのかどうか、私には疑念が拭えないのです」




 そう言って刹羅は宗次郎の経歴を蕩々と語り出した。




 やはりと言うべきか、特に問題視していた点は宗次郎が行方不明になった経歴だった。聞いていた群臣たちも眉を顰め、口々に噂を始めた。




「波動を暴走させただと? なんと未熟な」




「つまり穂積宗次郎は三塔学院に入学すらしていないと言うのか」




「あの奔放な引地殿の弟子とは。師匠に似て身勝手な人物なのでは?」




「行方不明になった間、どこで何をしていたのだ」




 否定的な意見が多く聞こえる。




 長い間、行方不明になり、記憶と波動を失った人物がどのような人間で何を考えているのか。不安が謁見の間を飲み込んでいく。




 とはいえ、燈にとっては想定のうちだ。布石は既に打ってある。




 燈が父に目配せすると、国王は騒がしくなった群臣を鎮めようと手を上げる。




 しかし、それより早く刹羅が大声をあげた。




「得体も知れぬ人物に国宝を預けて本当によろしいのでしょうか! 私はあなたの剣として、陛下を危険に晒す訳には参りません。どうか聞き入れてはいただけないでしょうか」




「大臣、それは━━━」




「では燈殿下。彼が危険な人物であった場合、誰がどのように責任を取られるのか。お聞かせ願えますかな」




「オゥオゥ! なんだか妙な空気になってやがんなぁ!」 




 これ見よがしに挑発してくる刹羅に反論しようとしたそのとき、野太い声が群臣から上がる。




 群臣をかき分けて現れた声の主は赤い短髪をオールバックにした男だ。年齢は三十代前半に見える。八咫烏特有の黒い羽織を半袖にし、その背中には五の字が刻まれている。身長は宗次郎と同じくらいだが、肩幅が広くがっしりとした体型だ。身にまとう雰囲気と波動はまるで獣の荒々しさ。闘争心の権化のような男だった。




 特筆すべき点は、その全身に刻まれた傷だ。袖から覗く腕、開けた胸元、果ては顔に至るまで、肌には無数の傷がある。くぐり抜けてきた修羅場の数がこの場にいる誰よりも多いことを証明していた。




「十二神将が第五神将、間虎まとら帝児だいごか」




「押忍! 大陸一の活強かつごう使い! 漢の中の漢! 間虎帝児、ただいま参上いたしやした! 燈殿下もお元気そうで何より!」




 自分の上司、それも国王に対してこの態度。同じ十二神将である燈は言わずもがな、国王に対してすらこの馴れ馴れしさ。誰に対しても距離感が近い帝児を咎めるものはこの場にいない。




 性格も実直すぎるあまり空気が読めず、暑苦しい面がある。一方、それ故に国王を含め他の十二神将からの信頼も厚い男だった。






 帝児は力強く一礼すると膝をつき、口を開く。




「陛下、私から進言してもよろしいですかい?」




「無論だ」




「では、陛下の許しを得て」




 帝児はすっと立ち上がり、周囲を見渡した。




「穂積宗次郎なる者がどんな男か! そりゃ会ってみなけりゃ誰も分からねェでしょう。が、一つだけ確かなことがあります」




「ほぉ。それは何かね?」




「燈殿下を助けたという事実ですよ。大臣殿。もし宗次郎とやらが天主極楽教にくみするような人間だったらどうなっていたか? 燈殿下は亡くなり、天斬剣は行方知れずになっていたでしょうよ。なら、経歴が変わってるっつー理由だけで武器を取り上げるのは仁義にもとると思いますがねェ」




 場がしんと静まり返る。




 帝児だいごの発言には静かな威圧感がある。加えて正論であるから、誰も何も言わない。




「それから、大臣殿に一つ申し上げたい」




「何かね?」




「もし穂積宗次郎とやらの人間性を確かめたいのなら、闘技場よりふさわしい場所はないと断言しますよ。あそこには誰よりも強さを求める猛者が大勢いますんで。彼らとの戦いぶりを見てから判断しても遅くはないでしょう」




 大臣相手に物怖じしない発言に、刹羅に煽られて恐怖していた群臣たちも冷静さを取り戻す。




 逆に、大臣は面白くなさげだ。




「では、穂積宗次郎の波動が暴走する、もしくは国民に危害を加えるような事態になった場合、闘技場の剣闘士で対処ができると?」




「無論ですよ。かつて闘技場にいた私が保証しましょう」




 帝児の発言は完全に場の空気を換えた。




「帝児殿があそこまで言うのであれば間違いはない」




「あぁ。確かに、素性の知れぬ者をいきなり王城に連れてくるよりかはマシだろうさ」




「ふむ、我々の安全は保証されておりますな」




 群臣たちの噂からも否定的な意見は消えている。




 帝児の経歴はある意味、宗次郎に似ている。波動師の才能がなかった彼は三塔学院に入学できず、闘技場に所属した。そこでも剣術の芽が出なかった彼は、自分に唯一仕える波動術、活強━━━波動による身体能力強化━━━を磨いた。




 そう、帝児は活強のみで戦い、十二神将に選ばれるほどの実績を積み上げたのだ。




 大陸一の活強使い。漢の中の漢。




 自己紹介で述べた言は冗談でもなんでもない。その実力と漢気からファンも多く、彼らからは『トラのアニキ』と呼ばれるほどだ。




 さらにありがたいことに、帝児以外の参加者が現れた。




「私からも、進言よろしいでしょうか」




 ウェーブかかったオレンジ色の長髪と、ルビーのように赤い瞳。年齢は二十代中頃の女性だった。




 おしとやかな笑みは見る者の警戒心を薄れさせる柔らかさがあり、燈とはまた違った魅力を備えた長身の美女だ。足元まである烏羽色の羽織の上からでも豊かな胸と細い腰がわかり、女性も羨むような曲線を描いている。




 そしてその手には、玄静の持つ陸震杖とは作りの異なる錫杖が握られていた。




「十二神将が第十神将、根来ねごろ増麗まれい。発言を許可する」




「はい」




 増麗は帝児とは対照的な優雅な所作で一礼し、錫杖を床においた。




「私は、穂積宗次郎なる人物は倉池くらいけ瑠美るみと同じ立場ではないかと思慮しております」




「かの女傑と同じ類であると?」




「御意。皇王国の建国に関わった伝説の波動具たち。それらは使い手を選び、かつ選び方は二つに大別されます。一つは大半の所有者がそうであるように、初代所有者の子孫が選ばれる場合。もう一つは何の縁のゆかりもない、波動師ですらない者が選ばれる場合です」




 増麗の言葉は耳の奥にそっと流れ込んでくるような滑らかさがあり、帝児のものとは異なる反論のしづらさがある。




「穂積宗次郎は明らかに後者でしょう。また、申し上げた通り瑠美るみ様という前例もございます。であれば彼の経歴が怪しかろうと、波動具を取り上げるのはいかがなものかと」




 増麗の説得にようやく謁見の間に落ち着きが取り戻された。




 ━━━最高の形だわ。




 燈は心の中でグッとガッツポーズを決める。




 宗次郎が天斬剣の持ち主に選ばれた経緯は一見無茶苦茶なものであるが、前例はあった。




 倉池瑠美は三百年ほど前に生きた人間だ。貴族でも、波動師ですらない平民だった彼女の運命を変えたのは、偶然落ちた洞窟で拾った波動仗だった。




 その波動仗は天修羅との戦いで初代国王に仕えた術士・猿喰さるくい時雨しぐれのものだった。




 瑠美は見つけた波動杖の持ち主に選ばれると力をつけ、最終的に時の国王より認められ十二神将になるにまで至った。




 その前例を燈より増麗の口から伝えることでさらに説得力が増す。増麗の家は代々、製造された波動具の管理、保管、記録を任されている根来家の当主だ。よって波動具とその持ち主に対する知識を誰よりも持っている。




根来ねごろ増麗まれいの言、余も同じ考えである」




 国王はゆっくりと刹羅に向き直った。




「我が剣よ。そなたの疑念は重々承知している。しかし、ここで話しているだけでは答えは出まい。故に、穂積宗次郎が国宝を持つにふさわしいか否か、皐月杯での戦いぶりを見てから判断しても良いと考えている」




 国王の言葉に武術を嗜む貴族の多くが同意して頷く。




 戦いぶりを見て人を判断するのは武人の性と言っても過言ではない。現に燈も宗次郎と初めてであった翌日、彼と剣を交えて人格を見極めようとした。




 また、国王と燈の母・穂花の馴れ初めは王国主催の武芸大会だった。穂花が大会で見せた華々しい活躍に国王が惚れ込んだのだ。ならば、宗次郎が活躍をすれば国王が認めてくれる可能性は高い。




 そう踏んで燈は宗次郎を皐月杯に出場させたのだ。




「また、戦い以外の日常生活に関しては、穂積宗次郎と共に訓練をする剣闘士にも聞き取り調査を行う。そのための使いも派遣しておる」




「使いですと?」




「うむ。雲丹亀うにがめ玄静げんせいである」




 国王は静かに名前を告げた。




「彼は雲丹亀家次期当主であり、奇しくも穂積宗次郎と同じく、千年前の戦いで活躍した特級波動具の持ち主に選ばれている。同じ環境にある者として公正な判断ができよう」




「……なるほど。燈殿下の婚約者を選ばれたと」




 刹羅が国王に悟られないよう心の底で呆れていると燈は直感した。




 公正な評価を目指すのであれば、私情を挟まないよう穂積宗次郎や燈殿下と関係のない人物を選ぶべきだ。このままでは玄静がどのような内容を報告しようと、燈に気を使っていると思われかねない。




 これはまた刹羅に難癖をつけられるのではないか。燈は少しだけ体を固くする。




「感服いたしました。玄静殿は若いが見識のある御仁。確かな人選かと」




 意外にも、燈の心配は杞憂で終わった。




 場に納得感が満ち、誰も異論を挟む気配がない。国王が片手を上げ締め括ろうとした直前を見計らって、燈は膝をついた。




「陛下。穂積宗次郎について、私からお伝えしたいことがございます」




「うむ。申してみよ」




「御意」




 燈は立ち上がって、大きく深呼吸をする。




「穂積宗次郎をこの城に連れてきた暁には、彼を私のつるぎにしようと考えております」




「!」




 燈の発言によって、謁見の間にかつてないほどの衝撃が走る。




 群臣のうち、ある者は驚きで扇子を落とし、ある者は目を見開き、ある者は聞き間違いではないかと隣の貴族と話し合う。




 なお、父である国王はまるで自分のことのように相好を崩しかけて、気を取り直すようにおほんと咳払いをする。




「…………嘘偽りのない本心であろうな」




「御意」




「そうか━━━」




 目頭を押さえて言葉をなくす父。




 燈は今まで自身の剣を選ぶつもりはないと公言していたし、そのスタンスを貫くつもりでいた。剣の選定は王族が自身の最も信頼するものを選ぶ儀式だが、現在はそれを逆手にとって貴族がいいように王族を利用している節がある。




 何より剣を選ばず一人で偉業を成し遂げれば、燈の夢である初代国王を超える偉大な王になることが叶うと思っていた。




 おかげで父からは耳にタコができるほど剣を選ぶように提案を受けていた。その燈が掌を返して剣を選ぶと公言したのだ。




 父の喜ぶ姿に燈の内面は複雑になった。




「では、穂積宗次郎および天斬剣の扱いについては、皇燈に一任する。これは王命である」




 こうして、波乱の謁見は収束した。

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