第二部 第十二話 皇燈、王城にて その2

 燈が肩越しに振り返ると、はちきれんばかりに腹を膨らませた男がのっしのっしと歩いてくるのが見えた。王宮が揺れているのではと錯覚してしまうほどの巨軀を誇り、表情は笑っていながらその目は無機質に似た冷たさが感じられる。整えられた白髪と髭はその恰幅と相まって、実に人としての大きさを感じられた。




「おお、刹羅せつら! 我が剣よ。遅いではないか」




「申し訳ありません陛下。準備に手間取ってしまいまして」




 悪びれもせず頭を下げる男の名は、阿路あじ刹羅せつら。この国の大臣を務め、燈の父の剣を勤めている男である。




 自らの信を置く刹羅せつらの登場に国王は顔を綻ばせ、対照的に燈は顔を曇らせる。




 燈はこの男が好きではない。むしろ嫌いな部類である。生理的に受け付けないところは多々あるが、なにより目が嫌いだった。表情は笑っていながら、目は空虚でありとても無機物的なのが気に入らないのだ。




 そしてこの男は、父の剣である立場を利用し私腹を肥やし、権力を増長させている貴族の筆頭である。テロリストに物資を流している疑いがあるものの、確たる証拠がないため燈も踏み込めないでいるくらいだ。




 こいつの好き勝手にはさせない。そう意識するもむなしく、燈の意に反して会議が進行していく。




「で、刹羅せつらよ。いけないとは何のことだ?」




「此度の一件、注目すべきは敵の素性ではありません。天斬剣にございます、陛下」




 鷹揚な態度で国王にこたえる刹羅せつらに燈が歯噛みする。




 刹羅せつらは国政に関わらない会議にはめったに出ない。燈としてはこの場に出ないと踏んでいたし、万が一顔を出したとしてもその前に決着をつけるつもりでいた。燈のほうから天斬剣、宗次郎に関する話をして、うまく一任できればと思っていた。




 完全に当てが外れてしまったのである。




「ふむ。そなたの考えを申してみよ」




「御意。国王陛下の許しを得て申し上げます」




 刹羅せつらが立ち上がり、謁見の間にいる全員を見渡してから語り始めた。




「天斬剣は皆知っての通り、皇王国が誇る至高の国宝。初代国王であらせられる皇大地の剣が使用し、かの魔神・天修羅を斬り裂いた伝説にして最強の波動刀はどうとう。その宝を神社からここ王城へと運び、臣民に我が国の威光を知らしめる儀式こそ、“天斬剣献上の儀”であります」




 刹羅の声は力強く、謁見の間に反響しながら出席者の耳によく届いた。




「その警護に当たっていた燈殿下の責任に関しては、まあ不問にしてもよいでしょう。強奪された天斬剣は手元に戻っていますし、封印が解放されたのも偶発的な事故であるならば。むしろ身近に裏切り者がいながらよく無事であったと、この刹羅、感激しております。さすがは最年少で十二神将に選ばれた御方だ。しかし━━━」




 刹羅に合わせて、全員の視線が燈に向けられる。




「それだけの事態で、重要な儀式をなぜ中止する必要があったのでしょうか。穂積宗次郎なる少年が持ち主に選ばれた。ならば彼ごとこの王城に連れてくれば済むのではないか。皐月杯に出場させ、戦わせるその真意。どうかお聞かせ願いたい」




 刹羅と出席者が燈に疑念の視線を送る。最強の波動具を使い、燈が何かを企んでいるのではないだろうか。目は口程に物を言うとのことわざの通り、視線は刹羅の心理状態を正確に物語っていた。




 刹羅は理由をつけて宗次郎から天斬剣を取り上げるつもりなのだ。その強力な力を我がモノにできればよし。もしできないのなら取り上げる。




 燈のそばに天斬剣とその所有者がいるのを阻止しに来る。




 ━━━そうはさせるか。




 燈は立ち上がり、しっかりと刹羅を見つめ返す。




「大臣。何も私は、穂積宗次郎と天斬剣を王城に連れてこないとは申しておりませんわ」




「ほお」




 刹羅は腕を組み髭を撫でる。かかってくるがいい小娘とでも言いたげな表情だ。




「ただ、連れてくる前に、国民の意思を尊重した行動が必要と判断したまでのことです」




「国民の意思とは?」




「穂積宗次郎とはどのような人間なのか。そして━━━天斬剣が戦う姿を見たい。これら二つの欲求にございます。出場については国王陛下に相談のうえ、許可を頂戴しております」




 燈はキッパリと刹羅だけでなく謁見の間にいる貴族全員に向けて語った。




 許可と言いつつも、実際は事後承諾に近いのが実情だが。




「そのようなお話は聞いておりませんが。事実ですかな? 陛下」




「事実だとも問題はあるまい? 天斬剣が戦えば此度の皐月杯はより盛況になるであろう。天斬剣献上の儀が中止になった補填をするよう、剣爛市と遭橋市の市長には話をつけてある。そうだな? 燈」



「はい」




 ゆっくりとうなずいた燈に、刹羅が静かに憎しみをにじませる。




 自分にとって操り人形に過ぎない国王が勝手なことをしているのはいい気分ではないのだろう。





 燈はこれ見よがしに刹羅から意識をそらし、貴族に語り始めた。




「英雄である初代王の剣。今の穂積宗次郎には同じ波動が宿っています。見てみたくはありませんか? 王国記において『その神速の動きは何者も捉えることはできず、その強力な斬撃はあらゆる敵を両断した』とまで表現される、その強さを」




 燈の発言に謁見の間がどよめく。




「初代王の剣と同じ波動……」




「それほどまでに強いのかね、彼は」




「ふうむ。話が真実なら、此度の皐月杯は楽しめそうですな」




 反応は概ね、宗次郎と天斬剣に興味を示すものだった。




 千年間も封印されていた伝説の波動具が活躍するのだ。見たいか見たくないかと問われれば、見たいと答えるに決まっていた。




「ここにいる皆様と同じように、国民も見てみたいと考えていることでしょう。ならば、ただ見せ物として連れてくるのはもったいないではありませんか」




 群臣に語り聞かせるように、燈は珍しく熱をこめて自らの意図を話した。




「こちらが、穂積宗次郎を皐月杯に出場させる意図にございます」




 最後に燈はお分かりいただけましたか、と刹羅に問いかける。




「なるほど。では皐月杯が終わり次第、ここへ連れてくるという認識でよろしいかな」




「はい。私が責任を持って連れて参りますので、ご安心を」




 刹羅はふむふむと頷き、




「良いでしょう。皐月杯の出場の理由、しかと聞せていただきました。私も異論ありません」




 頭を下げる大臣に燈はさらに不安になる。




 ━━━これで終わり?




 頭が切れ、用心深い大臣がこんな分かりきった質問で終わるはずがない。




 必ず何かあるはずだ、と燈の頭をよぎった不安は的中した。




「国王陛下。此度の一件に関してさらに進言がございます」




「申してみよ」




「燈殿下が穂積宗次郎をこの王城へ連れてきた暁には、彼から天斬剣を没収してはいかがでしょうか」




 ━━━やはりか!




 燈は俯きながら歯噛みした。


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