第二部 第十一話 皇燈、王城にて その1

 皇王国の首都・皇京こうきょうは大陸のほぼ中心に位置する。



 北部から南部に渡って流れる龍神川がすぐそばにあり、五百万人を超える人口が生活を営んでいる。蜘蛛の巣のように巡らされた街道からは東西南北の産品が運ばれてきていた。



 大陸東部からは鉱山から掘り出された鉱石を加工した金物、宝石類、また工場で作られた機械製品が大きな貨物車に揺られている。



 大陸西部からは農地から生産された米、麦、蕎麦、果物、肉、野菜、酒など。また港から輸入された絨毯や香辛料、陶磁器や紅茶が列車で運ばれ。



 大陸北部からは大雪山に住む獣から取れた毛皮、獣脂、鮭、じゃがいもが。大陸南部からは魚類、珊瑚が大河を渡る船に乗って来る。



 大通りに面した広場では大道芸人が巨大な玉に乗りながら、色彩豊かな玉を放り投げて場をわかせる。離れたところではベンチに座った恋人同士が肩を抱き合って囁き合い、その前を元気に走り回る子供と子供を追いかける母親が通り過ぎていく。



 大陸最大の都市にして首都なだけあって華やかさは他の追随を許さず、日が暮れようとも喧騒は絶えない。



「相も変わらず賑やかなところね」



 装甲車の助手席から窓の外を眺めていた燈がポツリと漏らす。



 子供の頃はお忍びと称して変装し、王城をこっそり抜け出しては城下町に遊びに出かけたりもした。



 もっとも、今はそうはいかない。誰がどこから見ているか分からないからだ。



 騒がしいところを燈は好まない。かと言って、さすがに首都が寂(さび)れていているのは好むと好まざるとに関わらず問題だ。



 ━━━変わらないのはあそこも同じね。



 装甲車のフロントガラスから城の塀が見えてくる。



 大皇城だいこうじょうと呼ばれる、国王陛下がおわす居城である。



 装甲車は城の近くにある専用の駐車場に停車した。



「お疲れ様。屯所(とんじょ)に戻り、私から連絡があるまで待機していて」



「御意」



 福富に指示を出し、再出発した装甲車を見送る。



 正門に到着すると、門番をしていた二人の近衛兵が恭しく一礼をした。



「皇燈第二王女殿下。お帰りなさいませ。波動具を確認させていただきます」



 燈は無言で腰に下げた波動刀を差し出す。



 近衛兵は丁重に受け取り、波動をスキャンする機材へとかざした。



 王城において波動具の所持が許されているのは、近衛兵以外だと十二神将と王族に”剣”として認められた者だけ。波動具には専用の刻印が施され、刻印のない波動具を持ち込んだ場合は厳罰に処される。



 確認が終わるまでの間、燈は別の衛兵に話しかけた。



「他の十二神将はいるかしら」



「は! 第一、第五、第九神将様がいらっしゃいます」



「そう」



 燈が鷹揚に返事をすると、電子音がして機材が解析の終了を告げる。



「お待たせいたしました。どうぞ」



 返された波動刀を腰に差し、開けられた王城の門を潜る。



 燈はいつも通りの表情でそこを通り過ぎた。









 燈は首都に戻った次の日、謁見えっけんの間に向かった。



 燈の銀髪は結い上げられ、白いうなじをのぞかせている。八咫烏が纏う烏羽色の羽織には袖や裾に白銀色の細やかな刺繍が入っている。随所に散りばめられた真珠とプラチナの装飾品は戦士としての高潔さと女性の華やかさを両立させている。



 すれ違う使用人や貴族の面々が燈の美貌と優雅な立ち振る舞いにため息を漏らす。



 もっとも、全員がそうしているわけではない。



「見ろ、つるぎなしの姫だ」



「天斬剣献上の儀を中止までして」



「お目付け役にも裏切られたのだとか」



 貴族どもの噂話はいかに小さくとも風に運ばれて燈の耳に入る。



 ━━━本当に、何も変わっていない。



 母が殺され、妹が盲目になる以前から感じていた、嘲笑ちょうしょう侮蔑ぶべつ。権力に群がる悪意と欲望によって織りなされる権謀策謀。城下町の風景以上に変わらないものだった。



 そんな中にあって、燈が唯一変わったと確信できるものがあるとすれば、それは自分自身だろう。



 周囲を意識し、負けてなるものかと一人で気張っていた燈はもういない。



 宗次郎との出会いから、燈は少し肩の荷が下りた気がした。



 ━━━大丈夫。私は勝つ。



 決意を新たにして、開かれた扉から謁見の間に入る。



 謁見の間は最奥に玉座があり、その手前に十二神将が六名座れる席が二列、さらに手前に六大貴族が座れる席が二列並んでいる。それ以外の参加する貴族は立ったまま拝聴する作りになっている。



 急な謁見なだけあって全員出席とはいかないが、燈の想像以上の人が集まっていた。 



 それだけ天斬剣と宗次郎の名に惹かれているのだ。



おもてを上げよ」



 所定の位置について跪いた燈に、頭上からやさしい声がした。



 顔を上げた先には玉座に腰を下ろした父━━━皇王国第十代国王・すめらぎ悠馬ゆうまがいた。



 黄金を主体にした服装は権力者の風体そのものだ。灰色の髪と髭は整えられているものの、年齢のせいもあって艶にかける。なのにその表情は声にあわせて穏やかであり、見るものに安心感を与える。とてもこれから重要な会議が始まると思えない。娘である燈に、『やあよく帰ってきたね。ゆっくりしていきなさい』とあいさつをしてきそうだ。



 ━━━実際にやりそうね。



 謁見の場でなければ声をかけてきただろうと燈は意味もなく予測した。



「十二神将が第八将、皇燈。此度の”天斬剣献上の儀”を中止し、国宝である天斬剣を見せ物にしようと画策していると聞いたが、真であるか」



「おっしゃる通りでございます。陛下」



「ことの概要と儀式を中止した理由を述べよ。もし下らぬ理由であるのなら、ふさわしい罰が下ると心するように」



 する気もないし出来もしないことをよくもまあ、と燈は内心ため息をつきつつ、表向きは神妙に対応する。



 ━━━なんということはない。本当のことを話せば良いだけだ。



 父には『宗次郎が天斬剣の主に選ばれ、儀式を中止せざるを得なくなった。その代わり皐月杯に出場させ帳尻を合わせるので許可が欲しい』としか伝えていない。



 燈はつい先週起こった出来事をとうとうと語った。



 天主極楽教から手紙が送られたとの知らせを受け、護送部隊を離れて刀預神社に赴いたこと。



 そこでシオンの襲撃を受け、天斬剣を強奪されたこと。



 戦いに巻き込まれた宗次郎に協力を要請し、彼の別荘を拠点としてシオンの捜索に当たったこと。



 そして、お目付役だった南(みなみ)練馬(れんま)に裏切られ、絶体絶命の状態に陥ったところを、天斬剣の主として選ばれた宗次郎に助けられたこと。



 シオンを捕縛したものの、天斬剣の封印は解かれてしまい、儀式を行えなくなってしまったこと。



「以上が、”天斬剣献上の儀”を中止した理由にございます」



 穂積宗次郎の正体を除いて、燈は説明を終えた。



 謁見の間は少しの間だけ沈黙し、すぐに同席していた貴族たちの小声で充満した。



「そんな馬鹿な話があり得るのか?」



「作り話に決まっているだろう」



「しかし、遭橋(あいばし)市の市長はあの花菱家の出だぞ。たやすい嘘をつくとは思えぬ」



 あちこちでのお喋りのせいで内容はよく聞き取れないが、大体の人間は信じていないようだ。



 ━━━ま、そうでしょうね。



 燈自身も逆の立場であったら絶対に信じない確信がある。それくらい荒唐無稽な話なのだ。



 もっとも、貴族たちに現実をわからせるために宗次郎には皐月杯で頑張ってもらうわけだが。



「燈よ。一つ尋ねたい」



 前触れもなく発せられた国王の言葉に謁見の間が静まり返る。



「シオンと南練馬。この二人が藤宮の家に連なるのは誠の話なのか」



「誠でございます」



 やはりそこに意識が向くのか、と燈は心の中であきれながら二人についてさらに説明する。



 シオンは神社を襲い、天斬剣を盗み出したテロリストだ。燈のお目付け役だった南練馬は燈を裏切り、シオンに協力していた。



 そんな二人は実は兄妹であり、代々刀預神社の宮司を務めていた藤宮家の出身だった。



 藤宮家は貴族同士の権力争いに巻き込まれた折、国王である燈の父に和睦の仲裁を申し入れ、国王は使者を送ると約束した。が、結局は敵対した貴族の姦計にはまり、シオンの母は家に火を放ったとされている。



 つまり、燈の父は二人と面識があったのだ。



「そうか。そうか……」



 国王は目頭を押さえて沈黙した。助けられなかった後悔が胸にあるのだろうと燈はすぐにわかった。



 ━━━本当に、優しすぎる人だ。



 燈から見て父を一言で表すのなら、お人よしだ。子供のころから父が怒ったさまを一度としてみたことがない。その善意は政策にも表れており、犯罪者に対する更正プログラムや貧困対策は一定の功績をあげ、評価も高い。



 燈本人は父を嫌ってはいない。しかし、人の上に立つものとして、ましてや全国民の上に立つ王としてふさわしいかといわれると疑問は残ってしまう。



 現に王家に次ぐ権力を持つ六大貴族からいいように使われ、権限を奪われていることに気づきもしない。



 国王は二人に関して罰を軽くし、さらに練馬がいた南家に関しても領土のうち小さいものを接収することを決めた。



「いけません。いけませんなあ」



 突如、燈の背後から野太い声が鳴り響いた。

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