第二部 第十話 第八訓練場 その1

 天斬剣を預けるため、宗次郎は兼光かねみつと簡単な打ち合わせをした。宗次郎の手にしっくりくるようにサイズを測ったり、受け取りの方法を決めたのだ。




「そうだ。こしらえについて要望はあるかい?」




「あるにはありますが……いいんですか? 国宝なのに」




「いいに決まっているとも。使うのは宗次郎、君だ。王国からもそのような指示が降っている」




「わかりました」




 宗次郎はいくつか要望を出し、打ち合わせはお開きとなった。




 兼光に別れを告げ、宗次郎たちは闘技場に戻った。




 宗次郎の両手には、天斬剣が入っていた木箱とは別の箱を抱えている。




 手持ち無沙汰になった代わりに、兼光が訓練用の波動刀を貸し出してくれたのだ。




 ━━━どうなるんだろうな。




 預けた天斬剣がどのような形で帰ってくるのか。想像するだけでワクワクしてしまう宗次郎。




 やがてバスは長門屋に向かった出入り口に戻ってきた。




「ここから先は訓練場があるエリアだ。第一から第八まであって、宗次郎には第八訓練場を使ってもらう」






「本当に広いな。迷子になったらどうするんだ?」




「心配するな。第八訓練場は宗次郎がいる宿舎に一番近い。万が一迷ったら、端末で私を呼んでくれて構わないさ」




 宗次郎たちが互いに番号を交換しあっていると、バスが目的地の前で停車した。




 第三訓練場は宗次郎の別荘にあった剣道場の倍はある大きさだった。中から男たちが訓練する掛け声が聞こえ、ガラス越しには大勢の剣闘士たちが木刀を振っている。




「なんだか、懐かしいな」




「そうですね。かどさんは元気にしているでしょうか」




 かどは行方不明になり廃人同然となっていた宗次郎を発見し、面倒を見てくれた恩人だ。今では子供たちに剣術を教えたいという自身の夢を叶えるために、宗次郎の別荘にある剣道場を借りている。




「あー」




「なんだよ」




「別に。汗臭そうだなと思っただけ」




 玄静は心底嫌そうな顔をしている。




 術士は剣士と違い波動術を専門にしているため、体を鍛えたりはしない。そういう意味では玄静にとって剣闘士は苦手なタイプなのだろう。




「さあ、入るぞ」




 椎菜が道場の扉を開ける。




 中で鍛錬をしていた剣闘士十数名が一斉にこちらを向く。




「場長! おはようございます!」




「うむ。おはよう諸君」




 屈強な男たちによる挨拶で道場が揺れる。




 ━━━信頼されているんだな。




 宗次郎は横目で腕を組む椎菜を見つめる。




 椎菜は燈と同い年だ。ならば十八歳かそこらの少女が剣闘士たちを従えていることになる。椎奈を見つめる剣闘士たちの表情は固く、しっかりした上下関係があると伺えた。




「場長! 次の試合は頑張ります! なので例のアレはご勘弁を!」




「場長! 前の試合内容についてはいかがだったでしょうか! 負傷した箇所以外であればどんとこいです!」




「場長! 次はムチでお願いします!」




「こらこら、お客様の前だぞ。自重しないか」




 剣闘士たちと椎菜のやりとりに、宗次郎は予想したの少し違った形で関係性を築いていると悟った。




「なんで顔が赤いやつらと青いやつらがいるの?」




「サア、シラナイナア」




 玄静の純粋な疑問を宗次郎はスルーする。




 剣闘士は頬を上気させ期待の眼差しを向ける者と恐怖に怯え震えている者に二極化している。椎菜にとってのストレス発散であるSMプレイはある種のコミュニケーションとして上手くいっている……のかもしれない。




「さて諸君。予め説明していたとおり、この訓練場に新たな仲間が加わる。紹介しよう」




 さあ、と椎菜に促されて宗次郎は前に出る。




「穂積宗次郎です。よろしくお願いします!」




「よろしくお願いします!」




 宗次郎に続いて、森山、玄静の順番で挨拶し、その度に拍手が起こる。




「自己紹介は終わりだ。穂積宗次郎にはこの第八訓練場の代表として皐月杯に出場してもらう。諸君らにとっては、天斬剣の所有者と手合わせできるまたとない機会だ。今後の成長につなげるように」




「はい!」




「よし」




 一通り説明が終わると椎奈は満足し、目配せして剣闘士の前で木刀を振っていた男性を呼びつけた。




「こちらが阿座上あざかみ晶馬しょうま。第八訓練場の副監督を勤めている」




阿座上あざかみだ。よろしくな」




「よろしくお願いします」




 快活な笑顔で晶馬が握手を求め、宗次郎はそれに応じる。




 年齢は三十後半あたりだろうか。服の上からでも鍛え抜かれた身体をしていた。その目つきは剣闘士らしく鋭いながら、顔つきは非常に穏やかで明るさと人懐こさが滲み出ていた。




晶馬しょうま。彼らに施設の案内を頼む。私はもう行かねばならないのでな」




「承知しました」




 頭を下げる阿座上を一瞥し、椎奈が踵を返す。




「ではまたな宗次郎。ここでの生活を楽しんでくれ」




「いろいろと世話を焼いてくれてありがとう、場長」




「気にするな。これも仕事さ」




 手を振って椎奈は扉の向こうへと消えてゆき、バスのエンジン音が遠くなっていった。




「ところで君はなんと呼べば良いかな」




「宗次郎で結構です」




「よし。各自は素振りに戻れ。宗次郎はロッカールームで着替え、身体を温めたら自由に参加しろ」




「はい!」




 元気よく挨拶をして、宗次郎は晶馬の後について行く。




 ━━━いよいよか。




 宗次郎はこれからの訓練と大会に思いを馳せた。

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