第二部 第九話 天斬剣の修理 その1

 軽く汗をかいて宿舎に戻ると、森山が台所で朝食の用意をしていた。



「宗次郎様、おはようございます。すぐにお食事ができますのでお座りください」



「おはよう森山」



「ふあ〜あ。おはよう。いい匂いだねぇ」



 宗次郎たちの部屋から大あくびをしながら玄静があらわれる。まだ眠気から覚めきっていないのか、線目になっていた。



「玄静様の分もありますから」



「ほんと? 優しいね、森山さんは」



 こいつのは作らなくていい、と言いたい気持ちを堪えて宗次郎は椅子に座る。



 やがて運ばれてきた白米、味噌汁、シャケの塩焼きと納豆を平らげ、外出の準備をする。



「ん?」



「あれ、もう来たみたいだね」



 八時まで十分近くある中、宿舎の外でエンジン音が遠くから響いて扉のすぐ向こうで停車した。



 三人で宿舎を出ると、案の定椎菜が待っていた。



「おはよう諸君。昨日はよく眠れたかな?」



「おかげさまで」



「それはよかった。早速で悪いのだが、予定が詰まっていてね。出られるかい?」



 椎菜に急かされるまま、早急に荷物を整える宗次郎たち。



 やがて運転手を含めて五人乗りのバスは闘技場の敷地内を出て、市内を走行する。



「これから向かうのは長門屋ながとやだ。そこで宗次郎殿の天斬剣を治す」



長門屋ながとや?」



「知らないのかい? 波動刀を扱う専門店では老舗の有名店だよ」



 常識だろうと言わんばかりの玄静に椎菜が苦笑する。



 微妙な空気は変わることなく、バスは目的地に到着した。



 宗次郎は駐車場に降りて店舗を見渡した。



 なるほど老舗なだけあって、刀を扱う店が多く立ち並ぶ商店街の中でも特に重圧を感じる。壁、柱、瓦の一つ一つに積み重なった年月が見て取れる。入り口の両脇には甲冑が立てかけられていて、看板には『長門屋 波動具専門店 皇歴05年創業』と書かれている。



「建国とほぼ同時期に創業したのか。すごいな」



「ああ。だからここは国宝を扱った経験もある」



 椎菜が重厚そうな扉を開け、全員で中に入る。



「ほー」



「はー。すげえ」



 店内の光景を見て椎奈以外の全員が感嘆のため息を漏らす。



 ショーケースに並べられた波動刀、防具、装飾品の数々。それらは詰まるところ人を殺すために作られた兵器に過ぎないというのに、目が離せない美しさを秘めている。



「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」



 店の奥から浅黄(あさぎ)色の着物を着た初老の男性が暖簾をくぐってやってくる。



「椎菜様。お久しゅうございます」



「ゴン爺。久しいな。当主殿はおられるか」



「ただいま呼んでまいりますゆえ、暫しお待ちを」



「その必要はない」



 厳粛な声に宗次郎の体がびくりと震える。



「私ならここにいる」



 暖簾のそばに佇む男性は玄静と同じくらい背が高く、それでいてがっしりとした体つきをしている。花田(はなだ)色の着物がよく似合っていた。オールバックにした髪には白髪がいくらか混じっているが、蓄えられた髭と鋭い目つきと合わさると大人の色気を感じさせる。



 威厳を感じるその姿に、この人は実力と権力を兼ね備えた本物の当主だと宗次郎は直感した。



「兼光(かねみつ)様。お久しぶりでございます」



「椎菜くんか。大きくなったな」



 ゴン爺と呼ばれた初老の男性はお辞儀をして退出し、入れ替わるように入ってきた兼光と椎菜は互いに握手をした。



「圓尾(まるお)の件は残念だったな」



「ご心配をおかけしました。ですが、代わりの剣士ならばこちらに」



「おお、そうだった」



 当主の意識が椎菜から外れ、鋭い視線が宗次郎と玄静の二人に向けられる。



「で? 天斬剣の持ち主に選ばれたのはどちらかな?」



 玄静がブンブンと首を横に振り、宗次郎は一歩前に出て頭を下げる。



「お初にお目にかかります。穂積宗次郎と申します」



「長門家九代目当主、長門ながと兼光(かねみつ)だ」



 よろしく、と差し出された手に宗次郎は握手する。



 兼光は宗次郎の手をじっと見つめ、こう言った。



「剣士らしい、いい手だな」



 口角を上げてニヤリと笑う兼光に宗次郎は会釈で返す。



 優れた剣士は立ち姿を一瞥するだけで相手の力量を推し量れるという。剣士でなくても、武器を扱うものとして何人もの剣士を見ていれば同じような技量を会得できても不思議ではないのだろう。



「さあ。こちらにきて、例のものを見せてくれ」



 宗次郎は兼光に案内されてカウンターへ移動し、その上に背負っていた木箱を置く。



 すると全員がソワソワしながらカウンターに集まり、今か今かと首を長くする。



「ちょっとやりづらいんだが」



「ケチるなよ有名人。ほら早く」



「そうですよ宗次郎様。滅多に見られないんですから」



 目を輝かせる女性陣に宗次郎はハッとする。



 天斬剣献上の儀を楽しみにしていた観光客も同じ目をしていたからだ。



 ━━━きっと大会の観客も楽しみにしているんだろうな。



 背負った期待の大きさに覚悟を決め、宗次郎は蓋を開ける。



「おお」



 中身に玄静、森山、椎奈が息を飲み、兼光が唸る。



 箱の中にある天斬剣はシオンとの戦いから何も触っていないため、白鞘のままだ。尚且つ柄の部分が壊れていて、茎が露出している。



 特徴的なのは、刀にまとわりついている波動だ。圧倒的でありながらもどこか雄大で、清澄さを感じつつも荒々しさがある。



「これが、天斬剣か。いやはや」



「すごいです……」



 静かな感動に震える女性陣に宗次郎の口元が緩む。



「なんか、顔がきもい」



「うるせーよ」



 にやけた顔を玄静に指摘される宗次郎。



 ワイワイとする若者たちに対して、兼光は一人静かに人差し指を口元に当てて全員を黙らせる。



「……」



 手袋をつけ、兼光がゆっくりと箱から天斬剣を取り出す。白鞘を取り外し、刀身をじっくり観察し始めた。その目つきはまさに職人のそれであり、全てを見逃さないという固い決意が感じられる。



 宗次郎たちは思わず息をのんだ。



「……よし」



 一通り調べ終わった兼光は宗次郎に向かって満足げに笑う。



「これなら一週間あれば使える状態にできるだろう」



「そうですか」



 皐月杯が行われるのが二週間後だから、一週間は天斬剣を使って特訓を積める。



 ━━━十分だ。



 宗次郎は改めて兼光に頭を下げる。



「よろしくお願いします」



「ふふ、君は礼儀正しいんだな」



 兼光は宗次郎の左肩をしっかりと掴む。



「皐月杯は私も観戦させてもらう。楽しみにしているよ」



 肩に乗った期待の大きさに、宗次郎は武者振るいした。



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 本来であればいくら刀身が無傷でも、修理が一週間で完了することはありません。

 大抵は一ヶ月以上かかるそうです。



 しかし天斬剣は国宝なので、兼光は職人魂を完全燃焼して一週間で仕上げると宣言します。


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