第二部 第二話 いざ闘技場へ その2
宗次郎は休憩を皮切りに運転を燈に任せ、助手席に座った。
休憩中ずっと森山に叱られ、今も背後から監視の視線を感じる。
「もう二度と運転してはいけませんからね」
「わかってるって」
母親に叱られて不貞腐れる子供のような反応をする宗次郎は、ドアに置かれた水筒を取り出した。
喉にぬるいお茶を流し込みながら、燈が運転する様子を眺める。
燈は実にリラックスしながら前を見ている。
初めての運転ということもあって、宗次郎は自分でも肩に力が入りすぎていたと自覚できるほどがちがちに緊張していた。
「どうかしたの?」
「なんでもない。ただ、楽しそうだなって」
肩の力が抜けていて今にも鼻歌を歌い出しそうな雰囲気だった。
「目的地までは、あとどのくらい?」
「一時間半ってところかしら」
「そうか」
これから、か。
地平線の彼方まで続く草原を眺めながら未来に思いを馳せた。
穂積宗次郎は二十一歳。大陸東部に領地を持つ穂積家の長男。
本来なら家督を継ぐはずだったのだが、事故をきっかけに行方不明になってしまう。運良く発見されたものの、心神喪失状態となっていたため、
そこで偶然にも、大陸を統べる皇王国の第二王女・皇燈とテロ組織の一員・シオンと名乗る少女の戦闘に巻き込まれてしまう。
燈と協力しながらなんとかシオンを倒すことに成功し、失った記憶を取り戻したのが今から一週間近く前の話だ。
「これからも何も、宗次郎様は燈様の剣になるのではないのですか?」
「ああ。そうだよ。そうなんだけど」
きょとんとした顔をする森山に宗次郎は息を吐く。
王族のみが持つ権利であり、自身が最も信頼する者を選ぶ王国の慣しをそう呼ぶ。
おとなになったら、君の剣になる。
宗次郎は幼い頃、燈と交わした約束を果たすと誓った。
記憶を取り戻した宗次郎はその約束を果たすため、改めて燈の剣になる決意を固めた。
最大限の信頼を置く、時として結婚と同等の重要性を持つ相手に宗次郎は選ばれたのだ。
「そんな簡単にはいかないのさ」
宗次郎がため息まじりになるのには理由がある。
王位継承権を持つ王族のパートナーになるには宗次郎はあまりに力不足だ。
父親である国王からすれば、娘がいきなり男を連れてきて自分のパートナーにすると言い出すようなものだ。それも事故を起こし、つい最近まで行方不明になっていた男を、だ。
当然、周りの貴族を含めて賛同を得られるはずもない。
「宗次郎様は天斬剣があるじゃないですか」
「まあ、そうだな」
宗次郎は背後に目をやった。
向かい合うように並んだ座席の一番奥に木箱が立てかけられていた。
長さが一メートル近くある以外は何の変哲もないその木箱からは、言い知れぬ威圧感が感じられる。
千年前にこの星にやってきた厄災・天修羅を切り伏せた特級波動具が木箱の中に収められていた。
その名を天斬剣。
現代では国宝に指定されるほど強力な波動具に、宗次郎は主として選ばれたのだ。
喜ばしい話ではある。燈の剣になりたい宗次郎にとってはありがたいことだからだ。
しかし、間の悪いことに“天斬剣献上の儀”という国儀が行われる直前で選ばれたこともあり、儀式の中止および中止の原因として宗次郎の名前が公表された。
宗次郎が装甲車に揺られているのも、儀式が中止になった責任を取らなければいけないからだ。
「そういや、俺は何をすればいいんだ?」
「それは着いてのお楽しみ♡」
にっこり笑う燈に、宗次郎は嫌な予感しかしなかった。
宗次郎たちを乗せた装甲車は市外壁にある関所をくぐりぬけて市内に入った。
「なんか、武器屋が多くないか?」
助手席の窓から街の大通を眺めていた宗次郎は独り言のようにつぶやいた。
大陸東部には鉱山が集中しているため、そこで加工された金属製品を扱う金物屋が多いのはわかる。宗次郎のいた市内にある雑貨屋でも金物が多く陳列されていた。
それがこの町では、武器、防具の看板がやたらと目立つ。目抜き通りにでても、昼間だというのに人だかりは飲食店より多い気がする。
「ここは剣闘の聖地ですもの。ほら、あれ」
燈が指さす先を宗次郎は目にした。
「でっか」
町の中心に位置する巨大建造物を前にして、宗次郎はシンプルな感想を述べる。
「なんだあれ?」
「
ハンドルを転がして車線を変えながら、燈は解説を始めた。
フロントガラスの向こうにある建物は長径八百メートル、短径七百メートルの楕円形をしている。高さは六十メートルにも及び、二十万人を収容できる。これは皇王国にある闘技場でも最大規模を誇る。
天井部分には日除用のドームがあり、開放することもできる。入り口は王族や剣闘士専用のものを除くと大型のものが三箇所、小型のものは八十カ所以上もあるそうだ。
その歴史は古く、千年前に建国した皇王国以前よりこの場所にあったとされている。
「近くで見ると圧倒されそうだ」
「そう? なら今のうちに慣れておいて。あそこが目的地ですもの」
燈の返答を聞いて、宗次郎はシートに深く座り直した。
━━━目的地、か。
肌にピリピリと焼けつくような感覚が嫌が応にも宗次郎の神経を昂らせる。
闘技場で命を削り、闘志をもやした戦士の感情。
自身に向けられたものでなくとも、宗次郎はその殺気を明確に感じ取っていた。
━━━懐かしい。
いつの時代であろうと、戦場の匂いは変わらない。
宗次郎は溢れる笑みを悟られないよう、手で口元を隠した。
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