◆富田林32◆ 海よりも深ーく反省するわね

 結局――。


 結局あのあと、坂崎と和山へのシュートとドリブル練習に付き合うことになり(柘植はボール拾い兼ゴール下で妨害役)、お昼休憩を挟む頃には最初のギスギスした空気はほんの少し和らいでいた。というのも――、


「和山君、ボール見ないでドリブル出来るのすごいねぇ。私、あっちこっちに跳ねちゃうからついついガン見しちゃうの。見過ぎて顔面にばちこーんってこともあったりしてね。鼻血出ちゃったこともあったよね、トンちゃん?」


「体育でもね? えーっと、何だっけ、さっき坂崎君が練習してたシュート? の、テストがあったんだけど、もう全然あんなカッコよく出来なくて。さすが上手だね、坂崎君は。シュバッて入るのすごかったよ!」


 五百パーセント、木綿ちゃんのお陰だ。


 どう考えてもカップル二人で座るには大きすぎるレジャーシート(「お昼寝出来るかなって思って!」)の上で車座になり、どう考えてもカップル二人で食べるには多すぎるおにぎり(「五合全部使っちゃった!」)を食べながら、木綿ちゃんが、もうなーんの邪心もなく、嫌味とか、皮肉とか、そういうの一切なしののほほんスマイルで、そんなことを言うのである。 曲がりなりにもバスケ部員なんだから、ドリブル時にボールをガン見なんてするわけないし、ぶっちゃけ全然カッコよくもない坂崎のレイアップも木綿ちゃんにしてみれば十分『すごい』なのだ。


 おにぎりをもすもすと食べながら、ふんわりほんわかの木綿ちゃんにそんなことを言われて嬉しくない人はいない。坂崎ですら軽口も叩けずに「おう」ともごもご返すのみだ。こうなると、心中穏やかではないのが柘植よね。何やらそわそわしながら「蓼沼さん、俺も一応あれくらいは」とか「あとで出来るところ見せるから」とか小声で必死にアピールしているのがおっかしいったらもう。


 それで、休憩後はさすがにカップルのデートを邪魔するわけにもと、柘植と木綿ちゃんを解放して(せっかくなのでバドミントンしに行くって言ってたけど、あの子、打ち返せたかしら?)、あたしは引き続き鬼コーチよ。言っとくけどね? あたし別にバスケ経験者じゃないからね? ただちょっとバスケの少年漫画を読んでたってだけだし、たまたま? あたしの運動神経が頭抜けてるだけっていうか? 天性のセンスっていうか? ほんと、神様って不公平だと思うわ。天は二物を与えないんじゃなかったのかしら?! オーッホッホッホ!


 ただ、さすがにお姫サマの限界が来たので、一時間程度でお開きになったけど。ビシバシしごいてやったら和山はともかく、坂崎はもうあたしに楯突くことも出来なくなってて、別れ際にボソッと「悪かった」ってのが聞こえたような聞こえなかったような。別にどうだって良いわよ。


「それじゃ、せっかくだし、カフェでお茶でもしましょっか」


 そう提案して、お姫サマが行きたがってたお勧めのカフェに行こうとしたら、だ。


「うげっ、ママから電話だ」


 顔を歪めてそう言うなり、びくびくしながらスマホを耳にあてたお姫サマが「ギャッ」と叫んだ。


「わかったってばぁ、すぐに帰るからぁ」

 

 半べそをかいてそう締め、しょんぼりと通話を終える。


「どうしたのよ」

「こないだのテストで赤点取ったの隠してたのバレちゃったみたい。いますぐ帰って来いって」

「お前、赤点って……。それも隠すなよなぁ」

「正々堂々と見せなさいよ。そんなんだから怒られるんでしょう?」

「だってぇ。次赤点取ったらお小遣いカットか外出禁止って言われてたんだもん〜」

「それが嫌なら勉強しなさいな」

「だな。オレだってテスト前くらいはするぞ?」

「姫は馬鹿なの! 勉強してもわかんないの!」


 ぶんぶんと拳を振ってそう抗議する。いや、開き直ってんじゃないわよ。


「そうだ! 小暮君が姫の家庭教師してくれたら万事解決じゃない?」

「そんなわけあるか。オレだってギリギリ赤点免れた程度の頭しかねぇっーの。とりあえずとっとと帰れ」

「それでも姫よりは良いもん! うわぁん、小暮君の意地悪ぅ~」

「はいはい。ほら、駅まで送ってってやるから。な? 千秋」

「もちろんよ。ほら、行きましょ」

「優しいよぉ~。二人共大好きぃ~」

「アンタの情緒どうなってんの?」


 怒ったり泣いたり忙しいお姫サマをなだめすかして駅まで送り、どうにか改札に押し込んで「カフェはまた今度行きましょ。必ず誘うから」と手を振ると「師匠ぉ~……」とまたも涙をにじませて来た。ちょっとちょっと、泣いたらメイクが崩れるわよ? そのマスカラ、ちゃんとウォータープルーフでしょうね?


 とにもかくにも、お姫サマもここで離脱だ。

 嵐のような一日だったと、あたしと小暮は揃って大きく息を吐いた。


「……何か冷たいもんでも飲まね?」

「良いわね。そもそもカフェに行くって予定だったしね」


 それと、反省会だな、と言って、小暮はニカッと笑った。

 その言葉でやっと思い出す。


 そうだ、今日は本来は、小暮と和山をくっつけるのが目的だったのだ。途中で小暮がお姫サマに絆されかけたり、補欠組あの馬鹿共となんやかんやあってうやむやになってしまったけど、そもそもは和山とくっつける――まではいかなくとも、いままでよりも確実に進展させる予定だったのである。


 このあたしとしたことが、木綿ちゃんと柘植の時とは違って、全然上手くいかない。


「反省だわね。海よりも深ーく反省するわ、あたし」

「何で千秋が反省するんだよ。反省すんのはオレだろ?」

「何でアンタが反省するのよ。だってあたしは軍師なのよ? 上手くいかなかったってことは、それはあたしに非があるのよ」

「軍師だろうがなんだろうが、実行すんのはオレなんだし、非があんのはオレだろうが」

「あたしよ!」

「オレだね!」


 顔を突き合わせて我が我がと怒鳴り合っていると、何だ何だと人が集まってくる。やだ、よく考えたらここ駅じゃない。あたしとしたことが!


「と、とりあえず、移動しましょ」


 取り繕うように周囲に愛想を振りまき、小暮の手を取ると、彼女もいまの状況に気がついたのか「おう」と顔を赤らめた。そうしてあたし達は小走りで駅から出、近くのカフェに飛び込んだのである。

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