◆富田林31◆ 試合してる場合じゃないわよ
「アンタぁぁぁぁ! 何あっさり取ってんのよボール!」
「えっ、やっぱりこれなんか取っちゃまずいやつだったのか?」
意気揚々と、それはそれはもう自信満々にドリブルをしてこちらを挑発してくれていた坂崎から、あっさりとボールをカットしてしまった柘植が、不安そうな顔をしてこちらを見る。
まずかないわよ! まずくはないけど! ただちょっと可哀相すぎるだけ!
え~、ちょっともうどうすんのよ、これでこの子達が自信喪失してバスケ部辞めるとかなったら。あたし達の責任になったりする? しないわよね?
「まぁ、取っちゃったもんは仕方ないわ。とりあえず、続けましょ。どうする? アンタ打つ?」
「だから、俺はシュートは苦手なんだって」
「そうだったわね、ホーホホホ! カッコ悪いところ、
「くそ、むかつくな」
「悔しかったら打ってご覧なさい! そして、無様に外すのよ!」
「お前、敵なのか味方なのかどっちなんだよ!」
などと無駄口を叩いている場合ではないのである。さすがにやすやすと二点めを取られてはバスケ部(補欠とはいえ)としての面目も丸つぶれだと思ったのだろう、柘植の前に二人が立ちはだかる。柘植は球技が得意な方だし、ドリブルも案外うまいけれども、そもそもバスケ経験者ではないため、さすがにこの二人を抜くのは無理だ。
仕方ない、助けてやろうかしら。
「柘植!」
二人の背後に立って、そう名前を呼ぶ。あたしにパスを出されると思ったのだろう、二人の注意がこちらに向いた。位置的に、自分達の隙間を狙ってパスを出してくると思ったはずだ。
と、柘植はそれを避けるようにして後方に飛び、「富田林!」と叫びながら、ボールを高く放った。
パスなの? それにしてはゴール狙い過ぎじゃない? てことはやっぱりシュート? まぁまぁどちらともとれるようなそのボールは大きく弧を描いてゴールリングにぶつかり、跳ね返る。ああハイハイ、そういうことね、と、名前を呼ばれた意味を理解したあたしがすかさずそれを受け取って、ゴールへ運ぶ。
「リバウンド狙いってわけね」
「まぁ。入ったら入ったでとは思ったけど。保険として。お前だってあれ、パス寄越せって意味じゃなかったろ」
やだ、バレてた?
あの子達のことだから、絶対に引っかかってくれると思ったのよね。
「ほんと良い性格してると思うわ。お前、いまからでもバスケ部入れば?」
「やぁよ。あたし、集団で練習するのとか嫌なの。さ、それより、あと一点よ」
ゴールリングを通過したボールを回収した坂崎は、真っ赤な顔で「クソッ」と叫び、和山に向かって「お前、しっかり止めろや!
「富田林、いまさらだけど、この二人ってどういう関係……?」
「うーん、あたしもよくわからないのよ。とりあえずこっちにある情報としては、小暮の学校のバスケ部所属ってことくらいかしら。あ、ちなみに補欠ね。もうわかると思うけど」
「あ、うん、成る程」
とにもかくにも、ボールは向こうにある。そんでまたもやたらとバタバタするドリブルで、右へ左へと恐らくフェイント的なものをかましている状態だ。
「こっからだからな。さっきはちょっと油断しただけだから。えーと、お前ぇ!」
「俺?」
「名前なんていうんだ」
「そう言えば名乗ってなかったんだっけ。柘植だけど」
「そうか、柘植! お前、ちょっとはやるみたいだけど、あんなのまぐれだからな、まぐれ」
「あぁ、うん、それで良いよもう」
「和山ァ!」
会話の途中で声を張り、和山にパスをする。ボールを受け取った和山は、坂崎よりはマシなドリブルで走り出した。柘植を抜いて、ゴール下のあたしと対峙する。さぁどうする? 打つ? それとも、アンタの後方でなんかやたらとわさわさうざいアピールしている坂崎にパスする?
積極的にボールを奪いに行こうとも思ったけど、面白そうなのでもう少し見守ることにする。どうやら柘植も同じ考えのようで、腰を軽く落とした姿勢のまま、動向を窺っている。そんで坂崎はずっとうるさい。「おい! 和山、おい!」とアピールが必死だ。確かに球技って声を出すのも大事だとは思うわよ? でもこんなに「ボールくれ!」ってアピるものだったかしら? 「俺! 俺に!」って言ってるけど、二人しかいないんですもの、そりゃあ渡すとしたらアンタでしょうよ。
やがて、アピールがうざくなったのか、観念したような顔をして和山は背後の坂崎にボールをパスした。それを受け取った坂崎は「ぃよぉーっしゃぁぁぁ!」とひたすらうるさい。そして得意のバタバタドリブルで蛇行しながら、ゴールを目指す。もうほんとうるさいし、一点くらい決めさせてあげても良いんじゃないかしら。そう思って柘植を見ると、何もかも伝わっているような顔でこくりと頷く。そうよね、一点くらい決めさせてあげたいわよね。
それでもまさか棒立ちでいるわけにもいかないため、とりあえず、やってる感を出すべく、ゴール下で適当に反復横跳びしながらその時を待つ。どうやら坂崎はレイアップで決めたいらしい。はいはい、わかったわよ。絶妙に妨害してる風を装ってあげるから、バシーっと決めなさいな。
何となく、柘植だけではなく、和山にもそれが伝わっているような空気である。この瞬間は、三人の心が一つになって、完全に坂崎への接待になっていた。
が。
「外してんじゃないわよぉぉぉぉぉぉっ!」
あのね! 妨害してる風よ! 風! 確かにそれらしい動きをあたしも柘植もしたけど、補欠とはいえ現役バスケ部なんだし、それくらいは難なくかわしなさいよ!
「ちょっと和山ァ! どうなってんのよこいつ! マジで口だけじゃない! あたし達に絡んでる暇あったら吐くまで練習しなさいよ!」
「ごめん、富田林に同意。さすがに俺もこれはないと思った」
「ほらぁ! 柘植もこの反応よ? どうしてくれんのよ、この空気!」
「お、俺に言われても……」
「連帯責任よ、連帯責任! もう、試合なんてしてる場合じゃないわ! 坂崎ぃ!」
「な、なんだよ」
渾身のレイアップシュートを無様に外して気まずそうにボールを拾いに行っている坂崎を呼び戻す。
「アンタちょっともう一回レイアップやってご覧なさい。さすがにこの状態で外したらただじゃ置かないわよ!?」
「はぁ? 何でお前に指図されなきゃなんねぇんだよオカマ」
「オカマでも何でも良いわよ、この口だけの下手クソ野郎!」
「な、なんだとぉ!?」
「坂崎、落ち着いて。なんていうか、もう無理だって。俺らたぶん勝てないって」
「和山てめぇ!」
「何かよくわかんないけど、俺もう戻って良い?」
「柘植! アンタはゴール下で待機よ!」
ねぇあたし、今日の目的は小暮と和山をくっつけることだったんだけど! 何でこいつらの練習にここまで付き合わないといけないわけ?
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