◇小暮葵6◇ 貴文ってそういうところある

 急遽開催の運びとなったツーオンツーの審判(別にいらないんだけど)に任命され、とりあえず反則やら目立ったラフプレー辺りを注意する程度だろうなと思いつつ、ホイッスルを唇に当てる。


「すごいすごい! トンちゃん、ドリブル上手ー!」


 オレと梶川の間に挟まっているのは、オレの親友である柘植貴文の彼女、蓼沼だ。梶川とは完全に初対面なのに、なんかあっという間に打ち解けて、キャッキャと仲良く応援している。


「わわっ、ボールが! 柘植君に! 柘植君、シュートするかな?」

木綿ゆうっちの彼氏君もうまいじゃーん! 何? 彼氏君ってバスケ部なの?」

「ううん、柘植君はね、映画研究部映研だよ」

「えっ、エイケン!? エイケンって、映画の? それとも英語?」

「映画の方。柘植君ね、たくさん映画知っててすごいんだよ」

「それはすごいけど、運動部じゃないの? だけど全然バタバタしてないじゃん」

「バタバタ?」


 バタバタ、がどういうことかわからないのだろう、こて、と首を傾げてクエスチョンマークを宙に浮かべている。クラスにもこういうリアクションをする女子はいるが、あいつらがやるとあざとさが鼻につくのに蓼沼がやると可愛く見えるのは何でなんだろう。貴文も、蓼沼のこういうところが可愛くて仕方ないに違いない。


 そうこうしているうちに貴文はノールックで千秋にボールを回した。すげぇ、あいつらそういうの出来るのな。息ぴったりじゃんか。そして、ボールを受け取った千秋は、その勢いを殺さぬままシュートだ。実に鮮やか。なぁお前経験者だろ、絶対。


「おお、早くも一点入ったな。やるじゃん千秋!」

「師匠、すっげー!」

「トンちゃんすごーい! 柘植君もカッコ良かったよー!」


 蓼沼の声を受けた千秋と貴文はこちらに向かってにこやかに手を振っている。まぁ、貴文は言うほどにこやかでもないんだけど。


 しかし――、当然と言えば当然だけど、和山と坂崎の方に声援を送るやつはいない。梶川はもう最初から二人に興味は0だし、さっきの一件でもともと0だったのがマイナスになっているだろう。オレも、まぁ坂崎に関しては和山の友達ってだけの認識だった。他クラスでこれといった接点もなかったから、まさかあんなやつだとは思わなかったというか。ただ、「坂崎に告られた」という女子が数人オレの方に流れて来たのは事実だ。別にその辺のことは伏せておきゃあ良いのに、どうして女子ってやつはそういうのをぺらぺらと話してしまうのだろう。


「おい、お前らももうちょい頑張れや。バスケ部の意地見せろ」


 一応、何もないのも寂しかろうと檄を飛ばす。和山は軽く手を上げてそれに応えてから、ちらりと梶川の方を見た。オレが口火を切ったことで、もしかしたら梶川からも一言二言もらえるのではと薄く期待しているような顔をしている。が、梶川はそれよりも蓼沼にちょっかい出すのに忙しいらしい。


「彼氏君とのなれそめを教えて!」

「師匠とはどんな関係なの?」

「師匠って昔からああなの?」

 

 などと質問攻めをしていて、何なら補欠組の方にしっかりと背中まで向けている。諦めろ、和山。あのな、そもそもコイツ、男じゃなくて女が好きなんだ。そんでオレのことがマジで好きなんだよ。なんてまさか言えないけど。


「うるせぇ! ハンデだよ、ハンデ! 一点くらいやんねぇとつまらねぇだろ!」


 坂崎は目一杯声を張ってそんなことを言っているが、果たしてハンデになるのかどうなのか。つまらないと感じているのはむしろ千秋と貴文なんじゃねぇのかな。


「はいはい、ハンデなのねぇ。ありがとうねぇ。そんじゃ、ほら、次はアンタ達からどうぞ」


 ぽん、と軽く放たれたパスにすらビビるような動きをしつつ、それを受け取った坂崎は、もう勝利を確信したかのように有頂天だ。


「はっはー、俺にボールを渡したこと、後悔すんなよ? あのな、さっきのはマジでまぐれだから。ま、そこそこ筋は良いんじゃねぇかな? とは思ったけどさ。なぁ、和山?」

「え、あ、おう」

「んだよ、しっかりしろよな! そんじゃ試合再開だ。次はもう止めないからな? お前らのために休憩挟んでやったけど、もうこっから本気だから」


 なぜボールが手元にあるというだけでここまで調子に乗れるのだろう。もう見てて痛々しい。全部フリかな? ってくらいに痛々しい。お前らのために休憩って、千秋と貴文は汗一つかいてねぇよ。


「小暮! 笛!」

「叫ばなくても聞こえてるっての」


 全く、そんなんだからモテねぇんだろ、お前はよ。そう思いながらホイッスルを吹く。坂崎はもう大張り切りである。大張り切りで――例のやたらバタバタとしたドリブルで、大袈裟なほどに挑発している。


「うっわ、また出た。あのだっさいドリブル。ねぇ小暮君、アイツのドリブルって何であんなにバタバタしてんのかな?」


 蓼沼越しに梶川が問い掛けてきた。蓼沼はというと、やっぱり『バタバタ』がわからないらしく、何が何やらといった顔でオレの返答を待っている。


「挑発するつもりなのかカッコつけてんだがわかんねぇけど、全体的に動きに無駄が多いし、重心が高いんだな。もっと腰を落とした方が良い。あと、手を離すのが早すぎ。もっとこう、地面に押し付ける感じっつーかさ」


 身振り手振り付きで説明すると、梶川と蓼沼がふんふんと真剣な顔で頷く。


「成る程成る程」

「そんで、跳ね返ってきたボールを受ける位置も高い。ボールが手に触れてる時間が短すぎんだよ。つってもまぁ、コンマ数秒の話だけど。手から離れてる時間が長いと――」


 と、オレが話している途中で、


「あっ」

「わぁ、柘植君、すごーい!」

「……ああやってすぐ取られんだよな」


 あっさりとボールは奪われた。

 しかも、貴文に、だ。


 何となく、千秋ならさもありなんと思ったのだが、よりによって貴文だ。いや、別にあいつも球技は結構得意だって知ってるけどさ。でも、パッと見はただの真面目君だし、坂崎だってまさかこっちに取られるとは思ってなかっただろう。何なら貴文の方も「何かあっさり取れちゃったけど、良いんだよな?」みたいな顔してるし。ああもう千秋も「ちょっとアンタ空気読みなさいよ」みたいな顔してる。わかる、貴文ってちょっとそういうところあるんだよな。

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