◆富田林30◆ 成り行きで始まるバスケ対決
「何で俺が」
当然の反応だと思う。今回ばかりは柘植にちょっとだけ申し訳ない気持ちがないわけではない。
「あたしもよくわからないんだけど、まぁ、成り行き? っていうか?」
「成り行きでどうして現役バスケ部とバスケ勝負しないといけないんだよ。あのさ、俺が何部に所属してるか知ってるよな?」
「知ってるわよ、映研でしょ? でもアンタ、意外と身体動くじゃない」
「まぁ、バスケは嫌いじゃないけどさ」
でも、シュートはあんまり入らないぞ、と言いながら、準備運動をしている。いきなり動けば危ないものね。
「良いわよ、シュートはあたしに任せてもらえれば」
「頼りにしてる」
「あらっ、アンタの口からそんな言葉が出るなんてね」
「うるさい」
「ていうか――」
そもそもどうしてここに来たのよ、と尋ねる。確かに今日は木綿ちゃんがお弁当を持って行くという話は聞いてた。公園でそれを食べるのだと。あたしは、「なんて健全で可愛らしいデートかしら」と感激したわけだけど、まさかあの運動音痴の木綿ちゃんが
「お前らが今日ここに来るって聞いて、蓼沼さんも行きたいって言い出して。バドミントンくらいなら出来るよって言うから」
「成る程……。もう、ほんとに木綿ちゃんったらあたしのことだーい好きなんだから。仕方ないわねぇ」
大好き、という部分を殊更強調してやると、柘植は思いっきり悔しそうな顔をした。ホーホホホ! 気分良いわぁ!
「でもまぁ、ほら、お陰で? 柘植君のカッコいいところを見せられるわけだから?」
小声でボソッと囁き、盗み見る様に応援席に視線をやる。
「……まぁ」
それについては悪い話でもないらしく、柘植が、口をむぐむぐさせて目を逸らす。
木綿ちゃんは早くもお姫サマとも打ち解けたらしく、小暮と彼女の間に座ってキャッキャと笑っている。も~可愛い。おかしいわね、全員同い年のはずなのに、妹みたい。
「バシッと恰好良いところ見せて、しっかり惚れさせときなさいよ。悔しいけど、あたしはあくまでも親友。見た目から入ったとはいえ、木綿ちゃんはアンタの彼女なんだから」
「わかってる!」
最後の仕上げとばかりに何度か屈伸した柘植は、今度は真正面から応援席を見た。その視線に気づいた木綿ちゃんが、満面の笑みで大きく手を振る。
「柘植君、頑張ってね! トンちゃんも!」
「う、うん。頑張る」
「はいはーい、頑張るわね~」
先に名前を呼ばれたことで、柘植が明らかに動揺しているのがわかる。いや、彼氏なんだし当然でしょうよ。ほんともう、あの子って結構小悪魔よね。
けれどこんな華やかな応援がいるのを、あの補欠組が快く思うはずがない。ひたすら影が薄い和山はもちろん、一人でずっとうるさい坂崎は地団太を踏んで「何であんなオカマと根暗っぽいやつが!」と憤慨している。柘植、根暗っぽいやつとか言われてるわよ。ウケる。
「えーっと、細かいルールとかは良いだろ。もう純粋にさ、三点取った方が勝ちとかで」
審判役の小暮が面倒臭そうに言う。異論はないわね。さっさと終わらせましょ。
「わかってると思うけど、スリーポイントなしな。どっから打っても一点。ゴールもあっちのだけ。スリーオンスリー……じゃねぇか、ツーオンツーってことで。そんな感じでさ」
良いよな? とあたし達に確認する。もう何だって良いわよ、マジで。
「ボールは最初お前らからで良いよ。俺らから奪うのも大変だろうしさ」
坂崎がそう余裕ぶる。
「あーらありがと。それじゃああたしから必死に奪ってご覧なさいな」
「抜かせオカマ」
「富田林、あんまり挑発するなよ。なんかごめん、普段からこんなやつで」
「いや、その、こっちも坂崎のせいで巻き込んじゃって」
バチバチに火花を散らすあたしと坂崎に比べ、柘植と和山はなんとも大人しい。ちょっともう柘植も少しは乗りなさいよね。和山も和山で「慣れ合ってんじゃねぇ」と坂崎から尻を叩かれている。
「ハイハイ、揉めんな揉めんな。そんじゃ始めんぞ」
ピー、と小暮のホイッスルで、試合が始まった。最初にボールを持っているのはあたしだ。バスケは別に得意でも苦手でもない。球技はだいたい何でも出来る方だし、柘植だって、いつぞやの体育の授業でバスケをしたけど、悪くはなかった。現役のバスケ部と対決――と考えれば少々腰が引けるかもしれないけど、大丈夫よ、この子ら補欠だから。しかもぶっちゃけド下手!
「柘植!」
「――っと。お前のパス重すぎ!」
そんな文句が飛び出しつつも、落とすこともなく、パスを受け取り、ドリブルしつつゴールへ向かう。が、そう簡単にシュートさせてもらえるわけはない。ていうか、柘植はシュートしないって話だったし。ゴール下は和山ががっちり守っている。この子、
という読み通り、柘植は一度もこちらを見ることも、何ならあたしの名前を呼ぶこともなく、後方にパスを出した。あたしが先読みして背後に回っていなかったら受け取れないところだ。こいつ、こういうところあるのよねぇ。
「ナイスパスよ、柘植」
受け取るなり、素早くシュートの体勢を取り、二人の隙間を狙って放つ。ガッ、とリングにぶつかってから、それはネットの中に吸い込まれていった。
「おお、早くも一点入ったな。やるじゃん千秋!」
「師匠、すっげー!」
「トンちゃんすごーい! 柘植君もカッコ良かったよー!」
当たり前だけど送られる声援はあたし達のみだ。補欠チームにはドンマイの一言もない。可哀想だけれど、あれだけ揉めた後だもの。仕方ないわよね。揉め事なしにこのツーオンツーが実現してたんだとしたら、少なくとも小暮くらいはあっち側を応援してたかもだけど。
「しっかし、いやらしいパス出すわね、アンタ。あたしが後ろにいなかったらどうするつもりよ」
笑顔を崩さずにこやかに手を振りながら、隣に立つ狐野郎にチクリと言う。本来は点が入っただけでイチイチ止めたりしないのだが、何かあの補欠君達の落胆ぶりが凄くて、とてもじゃないけど続行出来ないのである。この子達、こんなのでショック受けてて試合大丈夫なの?
「富田林のことだから、絶対に取ると思った。ちくしょう」
こっちはこっちでいつものお澄まし顔だ。多少口元は緩んでるけど。
「何で悔しそうなのよ。いまは味方でしょ」
「そうなんだけどな」
アンタもしかして、あわよくばあたしをちょっと困らせてやろうとか思ってない!?
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