◆富田林29◆ すっかり大人しい補欠チーム

 なんていうか、もうここまで来ると哀れすぎるわよ、アンタ達。あたしと小暮はまだしも、一応お姫サマ狙いだったんだろうし? せめてそこにはバレないで欲しかったわよね。


 まぁ、これがウチの木綿もめんちゃんならよ?


「ワー、すごいねぇ! 上手だねぇー!」


 ってニッコニコしながらおててパチパチしたんだろうけど。もうあの子ってそういうところあるから。そういうところがまた可愛いのよね。そりゃあ柘植もメロメロになるわけよ。しかしあの二人、ほんと進展しないのよねぇ。あっ、でも今日は二人でお出掛けするって言ってたっけ。木綿ちゃん、お弁当作るって張り切ってたものね。とりあえずふりかけを混ぜて作るタイプのおにぎりなら失敗しないわよ、ってアドバイスはしたけど、あの子、ちゃんとラップ使って握ったかしら。


 なんてそんなこと考えてても仕方ないわね。木綿ちゃんが作ったお弁当なら柘植のことですもの、どんな手を使ってでも食べるわよね。


 さて、帰りましょうか、とくるりとUターンした時だった。


「待てよ」


 と、しょんぼりと肩を落としていたはずの坂崎があたしの肩を掴んだ。


「何よ。あたしこれから小暮とお姫サマ連れてカフェにでも行こうと思ってたんだけど?」


 その言葉に、お姫サマが両手を顔の前でパンと合わせてその場でぴょんぴょんと跳ねる。もちろんこの場で急に思いついたやつだから、小暮だって寝耳に水といった顔をしている。けれど、満更でもなさそう。


「えっ、師匠それほんと?! 姫ね、行ってみたいところあってー!」

「何だよ梶川も一緒かよ。まぁ、良いけどさ」

「坂崎と和山も、さっきの発言について考えを改めるってんなら、一緒に来ても良いけど?」


 まぁ、アンタ達みたいなのは本当はここに残ってみっちり練習するべきだと思うけど、どうせその気もないんでしょう? と皮肉たっぷりに言ってやると、坂崎は、ぎぃぃぃぃ、と悔しそうに呻いた。もちろん、依然として彼の手はあたしの肩の上に置かれたままだ。


「んもう、何よ。そろそろ手ェ離してくれない? あのね、アンタはめちゃくちゃ勘違いしてるみたいだけど、あたし、恋愛対象は女性だから、野郎に触れられても嬉しくな――」


 そこまで言って、ふと思い出す。


「……ていうか、よくよく考えたら、アンタあたしのこと、『男の癖に男が好き』って思い込んでるのに、よくもまぁ無防備に近づいてきたわね。これ、あたしがガチでそっちだったらアンタお持ち帰りコースだけど大丈夫なの?」


 そう言うと、坂崎は、失礼にも「ぅわあぁぁぁぁ?!」と悲鳴を上げて離れた。だーから、恋愛対象は女だって言ってんでしょうが。話聞いてた?


「全く、リアクションの騒がしい子ねぇ。そんなんだからお姫サマにも『何かバタバタしてただけ』とか言われんのよ? もう少し泰然と構えなさいよ」

「わかる。そう、お前さっきの練習でもなーんか落ち着きないっていうかさ。梶川の『バタバタしてるだけ』っての、めっちゃ的確なんだよな」

「えっ、姫すごい? いま小暮君、姫のこと褒めてくれたよね!?」

 

 あたしの言葉に納得する小暮と、小暮の発言で有頂天になるお姫サマ。こっちはこっちで盛り上がっているけど、補欠組は何だかすっかり大人しい。押し黙り、ぷるぷると怒りで肩を震わせている坂崎と、すっかり消沈している和山である。もうね、和山の影が薄いったらないのよね。まぁ、気になる女子を他の女子小暮経由で誘ったら、何か余計な男まで来ちゃうし、しかもその女子は小暮を好きとか言うし? 


 これ以上あたし達がここにいたって彼らの傷をえぐるだけよね。あたしもちょっと大人げないことしちゃったかも。もう行きましょ行きましょ、と小暮とお姫サマを促し、彼らをほっといて歩き始めたところで――、


「おいっ、オカマ!」


 再び坂崎が絡んできた。

 あたしが睨みつけるよりも早く、動いたのは両脇にいる女子ーズである。


「また千秋のことオカマとか言いやがって」

「姫の師匠をまた侮辱するんか、あァ?」


 阿吽の呼吸とでもいうべきシンクロっぷりで同時にそう言い返し、あまりのぴったりさに、二人は視線を交わして吹き出した。あらっ、何とも微笑ましい光景じゃない? 二人から飛び出した台詞は全然微笑ましくなかったけど!


「ハイハイ、アンタ達はそこでイチャついてなさいな。あの補欠君は、どーしても、あたしに物申したいみたいだから。何よ、どうしたのよ、補欠君」

「補欠補欠うるさいっ! あのな、確かに俺は補欠だけど、お前よりは絶対にうまいからな!」

「何、たったそれだけのことを言うためにあたしの足を止めたわけ? ああハイハイ、それじゃあそういうことで良いわよもう。良かったわねぇ。すごいわねぇ。お上手なのねぇ。さすがのあたしでも負けちゃうわー。……これで良い?」

「おっ、お前! 絶対に馬鹿にしてるだろ!」

「してるに決まってるじゃない。もういい加減付き合ってらんないのよ。気は済んだかしら? それじゃあね」


 今度こそおしまいね、の意味を込めて、ばいばい、と手を振る。が、坂崎の方では全く納得していないらしい。あまりにも影が薄すぎてうっすら向こうの景色まで見えてしまいそうな和山の袖を乱暴に引っ張ると、真っ赤な顔で言った。


「オカマ! 俺らと勝負しろ!」


 突然の話に驚いたのは和山である。えっ、俺らって、俺もってこと? と自身を指差している。そりゃそうでしょうよ。同じ補欠仲間なんだし、アンタしかいないでしょ。


「当たり前だろ和山! あのな、あいつ俺らのこと補欠補欠って馬鹿にしてるんだぞ? 悔しくねぇのかよ!」

「そりゃ悔しいけどさ」

「だろ?! だったらバスケでボコボコにして、俺らの方が上ってわからせんだよ!」

「でもアイツ、なんか上手そうじゃね?」

「んなわけねぇじゃん。あんな髪なんて伸ばしてるやつだぞ?」

「でも身長タッパすげぇし。俺よりある」

「あるけども! あのな! バスケは身長タッパじゃないんだ!」

「そうかもしれないけどさ」


 まぁ、そう言いたくなる気持ちもわかるけどね。アンタ、和山よりも小さいし。


「あーもう、わかったわよ。何? バスケで勝負すれば良いの? アンタ達と? 二対一で?」

「いや、さすがにそれはフェアじゃないからな」

「アラッ。アンタの口からフェアなんて言葉が出るとはね」


 でも、それじゃどうするの? この子達と組めば良い? 小暮はまだしもさすがにお姫サマは邪魔なんだけど?


 そう言うと、お姫サマは「師匠ひっど!」と怒ったけど、事実なんだからしょうがないじゃない。


「うん、まぁ、そうなると、そうだな、ええと」


 吹っ掛けた割にその辺のことはまるで考えていなかったらしい坂崎が、もごもごしていると。


「あっ、いたー!」


 耳に心地よい柔らかな声が聞こえて、あたしはその方を振り向いた。そこにいたのは。


「トンちゃーん!」


 満面の笑みでこちらに向かって手を振る、可愛い可愛いあたしの親友である。その隣には、その彼の柘植が、ちょっとばつの悪そうな顔をしていた。知り合いか? という坂崎からの問い掛けに「まぁね」と返すと、木綿ちゃんの方はまるっとスルーし(何でよ! こんなに可愛いのに!)、柘植の方をじっくりと見て――、


「あいつと組め」


 そう言って柘植を指差した。

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