◆富田林28◆ そんなんだから補欠なのよ?

「いまのって、梶川?」


 小暮が、思いっきり眉間にしわを寄せてあたしに問い掛けてくる。


 さすがにもう殴る気は失せたらしく、肩の力はすっかり抜けてはいるものの、何となく手首は掴んだままになっている。だけどそれに気付いているのかいないのか、振りほどく様子はない。改めて思うのは、やっぱり小暮はただの――って表現は誤解を生みそうではあるけど――女子ってことだ。無駄なお肉がなさ過ぎて少々骨ばってはいるけれど、軽く力を入れると、肌はふわりと柔らかい。


「お姫サマで間違いないわね。あたしのこと『師匠』って呼ぶのなんていまのところあの子だけよ」

「あいつ何。元ヤンか何か?」

「あたしに聞かないでよ。どちらかといえばアンタに聞きたいわよ。少なくともあたしよりは付き合い長いでしょうに」

「長かろうが何だろうが、別にあいつの過去とか一切興味ねぇしな。中学も違うし。突っ込んで聞いたこともねぇよ」


 おい、黙ってねぇで何か言えや、いまそっち行くからな、そこから動くなよ、タマ蹴り潰してやるからな、とお姫サマの発言はどんどん過激さを増していく。ちょっともうタマは勘弁してあげて? 見た目だけはふんわり可愛い妹系美少女のお口から飛び出しているとは思えない言葉の羅列と、ずんずんとこちらに向かって歩いてくる元ヤン疑惑のお姫サマの姿に男共(あたしは含めず)はガタガタと震えている。


「それで? どっちだ? 坂崎か? 和山か? あァ?!」


 到着と共に再度確認され、あたしと小暮と和山は無言で坂崎を指差した。あたしと小暮はまだしも和山まで揃って指差したことに「和山、売ったな!」と憤慨してるけど、いや、売ったも何もアンタの発言だし。和山もまぁ同罪っちゃー同罪だけどずっと煮え切らない態度だったしねぇ。


「だ、だってさ。聞けって梶川。お前もこれ聞いたら絶対騙されたって思うから!」

「何がよ」


 腕を組み、自分より大きい坂崎を下からねめつける様に見上げる様はさながら、無能な手下を詰問する女親分である。それでまた坂崎のこの三下感よ。


「あのな、そこのアイツ、富田林な」

「師匠が何よ」

「聞いて驚くなよ!」

「早く言えっての」

「オカマだったんだ!」

「……はぁ?」

「だーから、オカマだよ、オカマ! キモくね? 梶川、騙されてたんだって! フツーにヤバいやつじゃん? オカマとかさ。頭おかしいって。な? 男なのに男が好きなんだぞ?」

 

 つんけんした態度は変わらなかったけど、それでもお姫サマが聞く姿勢になってくれたことに安堵したのだろう、調子を取り戻した坂崎はノリノリである。

 

 だから俺は悪くないし、むしろ正当な――、と声を張り上げた瞬間。


「――ってぇっ!?」


 ぱっちーん、と小気味良い音が響いた。

 赤くなった頬をこちらに見せるような体勢になっている坂崎が、何が何やらといった顔で固まっている。その向かいには、目を血走らせ、ふぅふぅと肩で荒い呼吸を繰り返しているお姫サマが、さすがに二発はヤバいと思っているのか、必死に右手を押さえていた。


「ちょ、おま、何すんだよ!」


 やっと回線がつながった様子の坂崎が怒りを剥き出しにしてお姫サマの肩を掴む。


「うるさい! あんたが師匠を侮辱したからじゃん! はぁ? オカマがキモい? あんたの方がよっぽどキモいから!」

「はぁ? キモいじゃん! 男の癖に女みたいな言葉しゃべってさ! そこの小暮もそうじゃん。女はさ、女らしくしてりゃ良いだろ! それなのに、キモいじゃん!」

「その考えの方がキモいつってんの! この万年補欠非モテ男が!」

「ほ、補欠なのはいま関係ないだろ!」


 まぁ、関係ないけどね。身体能力はもうどうしようもない部分って確かにあるもの。だけど、本気でレギュラー狙いたいんだったら、頭の中からその『女子とイチャイチャしたい』って煩悩を一旦消してバスケに集中したら良いと思うのよ。いまのこの状況が良い証拠じゃない。


「まぁまぁお姫サマもね、あたしのためにありがとうね。可哀相に、手、痛かったでしょう?」

「はぁ? ぶたれたのは俺だぞ? 痛いのは俺の方に決まってんだろ!」

「だまらっしゃいデリカシー0の補欠野郎。そんで何、アンタやっぱりモテないのね」

「坂崎はモテねぇなぁ。お前が狙ってたやつ、ほぼほぼオレの方に流れて来るし」


 まぁ、誰とは言わんけど、と小暮が付け加えると、お姫サマがさっきまでの怒りをすとんと鎮めて「はいはい、姫も姫も! こんな下心丸出しのクソダサイモ男達より断然小暮君の方が好き! クールでカッコいいし大好き! もう超ラブ!」と元気よく手を上げる。それにショックを受けた様子なのは和山の方だ。そうよね、そもそもこの子狙いでの『今日』だったものね。しかも『クソダサイモ男』って括られちゃってご愁傷様。


「まぁ、とにかく。お望み通りあたし達は帰るわよ。どうせアンタ達、まともに練習する気なんてないんでしょう?」


 そう言うと、彼らは揃って「そんなことは!」と反論してきた。


「無い? どうかしらね。そもそも、本気でやるつもりだったんなら、どうして小暮に声をかけたわけ?」

「それは、二人だと記録とか」

「だーから、どうして、小暮なの、って話。この子、まぁスポーツは全般得意みたいだけど、バスケ部でもないでしょ? ズブの素人ってわけでもないのかもだけど、普通は同じバスケ部に頼まない? 自分の弱いところとかも見てもらったりとか」

「よく考えてみりゃそうだよな。先輩とかに声かけりゃ良かったじゃんか。いねぇの? 付き合ってくれそうな先輩とか。――あぁ、面倒見のいい先輩いるじゃん、ほら、佐竹先輩とか。オレ、結構仲良いし、呼んでやろうか? 番号知ってるし」


 と小暮がポケットからスマホを取り出した。その途端に「良い良い! 佐竹先輩は良い!」と二人が口を揃える。その佐竹先輩とやら、部外の人間小暮とは良好な関係を築いてるんだろうけど、部内では厳しいタイプなのかもしれないわね。単にこの二人が目をつけられてるだけかもしれないけど。


「いまのでわかったでしょ、小暮。この二人はね、自分達が練習してるところを可愛い女子に見せたかっただけなのよ。バスケに詳しくない子なら、多少下手でもわかんないでしょうし」

「成る程なぁ。でも、梶川はまだしもオレはしっかり下手くそってわかったぞ?」

「そうなのよねぇ。あたしにもわかったわよ。下ッ手くそって。でも、お姫サマはわからなかったでしょう? ちょっとはカッコよく見えたんじゃないかしら?」


 そう振ると、きれいにマニキュアを塗った指を顎に当て、うーん、と考え込む素振りをした後で、「カッコよくはなかったかな。なんかバタバタしてただけっていうか」と言った。


 ルールも何もわからない、完全なる素人であるはずのお姫サマからも辛辣な評価を賜った補欠君達は、がくりと肩を落として項垂れた。


 あっ、でもよく考えたらこの子、男子じゃなくて女子が好きなんだものね? そういうのもあるかもしれないわよね?

 

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