◇小暮葵5◇ 最悪最悪最悪最悪最悪最悪!
最悪最悪最悪最悪最悪最悪!
「――最ッ悪!」
公衆トイレの外壁をガツッと蹴る。それだけでは収まらず、なおもげしげしと蹴り続けた。どうやらここは格好の蹴りポイントらしく、オレ以外の足跡も無数にある。お前、なんか可哀想だな。って、進行形で足跡つけちまってるオレが言うことではないけど。
いや、いまはそんなトイレの壁に同情している場合ではないのだ。
何だよオレ! いまの! 千秋は駄目って何だよ! アレまじでオレの言葉かよ!
だいたい何だよアイツら。何で今日あんなにベタベタしてんだ。千秋は千秋で男みてぇになるし! いや、アイツは元から男だけどさ! オネエのままだと和山が誤解するからとか何とか言ってたけど、お前ずっと梶川とばっかり――。
「もしかして」
その可能性に気がついて、背中がひやりと寒くなる。
千秋、梶川のこと好きなんじゃねぇのか。和山が梶川に気があるってオレが言ったから、和山にとられないようにって、そう思って。
「何だよ」
やっぱり男って、可愛いやつが良いんじゃん。梶川みたいなさ、小さくて、ふわふわした、可愛いやつが良いんだろ。千秋だって言ってたもんな、可愛いやつが好きだって。オレのこともさんざん可愛い可愛い言ってたけど、オレのは絶対梶川とは違う『可愛い』だし。
それに今日は一回も千秋からの『可愛い』がない。いつもはうるせぇくらいに可愛い可愛い言ってくる癖に。化粧をした時だって、「完璧ね。和山に目にもの見せてやるわ、あたしの最高傑作よ」とか言って不敵に笑うだけだった。
やっぱりもっと可愛い子がいたらオレなんて霞むに決まってるよな。わかりきってたけどさ。
「小暮!」
「ちあ……、和山か」
名前を呼ばれ、振り向いて、声を掛けてきたのが和山であることにがっかりしている自分に気付く。おかしいだろ。だってオレは、和山のことが好きなんだから、嬉しいはずだ、本来は。
「ごめんな、練習に付き合うって話だったのに」
でも、向こうにはアイツらがいるし、オレがいなくても、と言いかけた瞬間。
「いや、それは良いんだけど。てか、アイツ何なの?」
「何なのって、何がだよ」
「あのデカいやつ。何で知らないやつ連れて来たんだよ。俺は梶川を誘ってって言ったんだけど」
「それはまぁ……悪かったけど。あのな、オレだって別に梶川には一方的につきまとわれてるだけで、別にそこまで仲良いってわけじゃねぇから」
「そうなのか?」
「そうだよ。和山が誘ってほしいっつーから声かけたけどさ、はっきり言って、オレとしてはアイツと二人で記録係とか苦痛なわけ。
あぁ、オレはどうしてこんな言い方しか出来ねぇんだろ。姉ちゃんならもっと柔らかく言えんだろうな。
「それは……ごめん。それで、アイツは誰なんだ? どういう知り合い?」
「ん? おお、そうそう。他校にいるオレの親友の友達」
「小暮の親友の友達……。それってお前にとっても友達なのか?」
「え? 友達の友達は友達だろ」
そういうものか? と和山は首を傾げているが、オレはそう思ってる。しかもオレの場合、友達っつーか、親友だからな。親友の貴文の友達なわけだから、悪いやつなはずがねぇんだ。変わったやつではあるけど。
うんうん、と一人納得していると、
「アイツさ、
コートでシュート練習していたはずの坂崎が、ひょこりと現れた。何だ、皆トイレ休憩なのか?
「知ってんの、坂崎」
「和山は転校してきたから知らないかもだけど、富田林千秋っつったら、この辺じゃまぁまぁ有名っていうかさ」
マジかよ千秋。お前有名人だったの? オレ全然知らなかったけど。あぁでも貴文はなんか言ってたっけな。別のクラスのやつでも何となく皆知ってるとか。そんなような。アイツすげぇな。何でそんな有名なんだろ。
「っていっても他校生だし、ぶっちゃけ俺も顔は知らなかったんだけどさ。小暮が千秋って呼んでたからもしかしてって思って」
そう言いながら、ポケットからスマホを取り出し、操作する。
「それで、富田林のこと知ってるってやつに、さっき画像送って確認してもらったんだよ。そしたらやっぱり間違いなくて」
こちらに向けられたのは、無料メッセージアプリのトーク画面だ。隠し撮りみたいな千秋の画像に対して、相手が『間違いない。富田林だよ。』とコメントしている。
それを食い入るように見ている和山が、「それで、こいつは何で有名なんだ?」と坂崎に問い掛ける。そりゃそうだよな。大事なのはそこだよ。何だろ、部活とか何かだろうか。でもアイツ、しょっちゅうウチの店来るし、なんか暇そうなんだよなぁ。
オレも気になる、と坂崎の言葉を待つ。
すると坂崎は、うんと嫌な顔をして、とっておきの秘密を打ち明けるかのように肩を竦め、声を落とした。
「オカマなんだぜ、こいつ」
……は?
「いまはなんか男の振りしてっけどさ、普段はオカマなんだよ。ほら、髪も長いじゃん? なんかすげぇ手入れとかしてるらしくてさ」
おい、オカマじゃねぇよ。
千秋はオカマじゃなくてオネエなんだぞ。オレも最初は違いがわからなかったけど、調べてみたら、オカマって言葉は、まぁぶっちゃけ悪い意味で使うやつだって知った。相手を貶める言い方っていうか。
「おい、マジかよ。俺、普通になんかすげぇイケメン来たと思ってビビってたんだけど」
「ビビる必要ねぇって。ただのオカマだぜ? 大方、梶川の前だからってカッコつけてんだろ」
「でもさ、オカマってことはあれだろ? 男が好きなんだろ? だったら梶川より俺らの方がヤバくね?」
違ぇよ。
千秋はな、女が好きなんだよ。アイツ、案外しっかり男なんだぞ。
「あっそっか! 梶川とつるんでんのはカムフラージュかもしんねぇよな! そんで、俺らのこと狙ってんのかも、どっちにしようかなとかさ! 怖えぇ!」
「やば。ってか、キモくね? ちょ、普通にキモいじゃん!」
キモいとか言ってんじゃねぇよ。千秋のこと、何にも知らねぇ癖に。
「好き勝手言ってんじゃねぇよ! キモいだぁ? キモかねぇだろ! 千秋はオレの大事な友達だぞ!」
声の限りに叫んでやった。
ついでとばかりに、坂崎の胸ぐらも掴んでやった。何なら殴るつもりでもいた。
「何すんだよ。てかさ、お前だってそうじゃん」
「あぁ?! 何がだよ!」
「女なのにオレオレ言ってさ。オレっ娘ってやつ? 痛すぎじゃね? 今日はなんからしくねぇカッコしてっけど、全然似合ってねぇし。何? お前もお前で仲間なわけ? あのカマ野郎の」
「カマ野郎じゃねぇ!」
身長差はあるけど、届かない距離ではない。何せ
が。
振り上げた右手は、何者かによって掴まれた。何となく覚えのある、大きな手だ。それと――、
「およしなさい、このじゃじゃ馬娘」
呆れたような、いつもの声。
いつもの、千秋の声だ。
何でだよ。お前今日は『男』でいくんじゃなかったのかよ。
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