◆富田林26◆ 今日だってもう完璧に可愛い
さて、賢明な読者諸君はあたしのこの完璧すぎる計画に気づいたかしら。
今回の作戦は至ってシンプル。
和山がこのお姫サマが気になるっていうのなら、簡単な話よ。お姫サマをあたしの方に惹きつけちゃえば良いのよ。となると、あたしがオネエのままなら単なる『女友達』的ポジションになっちゃうじゃない? だからばっちり『男モード』でイチャついてやるってわけ。どうせお姫サマは男に興味ないんだし、下手に接触して期待したりして、その上でこっぴどく振られるより、和山にとっても良いと思わない? あたしったらほんと優しいわよね。
そうなればあとはもう小暮しかいないわけだし。そしたらあの子の可愛さにだって絶対に気付くはずなの。いや、気付かない方がおかしいのよ。今日だってもう完璧に可愛いの。ちょっと聞いてくれる?
まずトップスはシンプルな白T。でもね、あの子がいつも着てるようなメンズのだぼだぼのやつじゃないから。ここ重要よ。きちんとサイズのあったレディースのやつだし、首回りはあの子の華奢な鎖骨がチラ見えするキーネック。小暮が胸の大きさを気にするものだから、しぶしぶ胸元に大きめのロゴプリントがあるやつにしたわ。
それでボトムは、デニムのショートパンツね。あのね、この子、もうほんっっっと脚がきれいなんだから! いやらしい意味じゃなくてね? もうね、真っ直ぐですらっとしてるの。もうね、骨格に愛されてるって感じ。
で、これだけでもまぁ良いっちゃー良いんだけど、やっぱり多少の女子みは欲しいから、五分袖のシャツワンピをボタン全部開けて羽織らせてる。重ね着を想定した透け感のあるワンピだから、あんまりカチッとし過ぎないし、いつもよりも柔らかい雰囲気に見えるのよね。色はここ最近の小暮のヒットカラーである明るめのイエロー。顔色もワントーン明るく見えて良い感じ。
それで、やり過ぎない程度のナチュラルメイク。そもそも元が良いんですもの、そこまでごてごてに手を加えたりなんかしない。小暮は目力が強いから、それを多少和らげる目的で、ふんわりと瞼にラメを乗せたり、目尻に細くアイラインを引いたくらい。後はまつ毛の流れを透明マスカラで整えたってだけ。これだけでもぐっと美少女になるんだから、元が良いとやっぱり得よねぇ。
そんなわけで、今日の小暮は、見た目だけならただのボーイッシュ女子だ。これくらいが抜群にちょうど良いのである。だってがっつりフルメイクなんてしちゃったら、どう考えてもやりすぎですもの。それは正式にお付き合いが始まってから小出しになさいな。大丈夫、最初はちゃんと手伝ってあげるわよ。アフターフォローも手を抜かないのがあたしの流儀なの。
こんな良い感じの女子っぷりではあるものの、言動はいつものオレっ娘、っていうのがまたたまらないのよね。現に
というわけで、あたしは作戦通りに、和山を諦めさせるため、お姫サマのお相手をしていたわけだけど――。
「お前ら何か近くね?」
と小暮が真ん中に割り込んできた。いくらイチャつく振りだとしてもさすがに密着しているわけではないので、あたしとお姫サマとの間には、三十センチくらいの隙間があった。そこに、ぐいぐいと割り込むようにして入って来たのである。ちょっともう何よ。アンタは和山を惹きつけてなさいよね。
「え~? 小暮君、姫にヤキモチ? 違うよ? 姫はね、小暮君一筋だからっ!」
きゃー、と小暮に抱き着いて、可愛い可愛いと奇声を上げる。そんなお姫サマに対して、離れろ、ともがいているけれども、いや、そもそもこの狭いところに割り込んで来たのアンタの方よ?
「別にヤキモチとかじゃねぇよ! あっ、あのな! 油断すんなよ梶川! 千秋なんてな、実はすっげぇ『男』だからな!」
「そんなの知ってるもぉ~ん。でも師匠なら、姫、大丈夫なんだぁ~」
「は、はぁ? 大丈夫ってどういうことだよ! お前、オレのことが好きって言ってた癖に」
男もイケるようになったのか?! と焦ったような声を出しているけれど、えっ、もしかして小暮もお姫サマのこと満更じゃなくなっちゃったの?!
そりゃあね? 人の心って移ろいやすいわよ? でも正直さすがのあたしでも百合展開は想定外だったわよ。だけどまぁ、小暮がそれで良いっていうなら仕方ないわよね。
でもそうなると、完全にあそこの野郎共が当て馬っていうか、いや、当て馬にすらなってないっていうか、和山もモブ落ちっていうか。じゃあもう何か理由でもつけてこの子達だけ帰らせる? バスケの練習ならあたし一人で付き合ってあげても良いし。ま、あの二人は迷惑だろうけど。ただまぁあたし、百合については未履修なのよねぇ。恋愛って男女のと同じに考えて支障ないかしら。それとも何か注意事項とかあったりする?
そんなことを考えていると、ぐいっ、と腕を掴まれた。
「千秋は駄目だ!」
「……は?」
えーっと、あたしは駄目って一体何の話?
「小暮?」
「小暮君?」
どうやらお姫サマの方でも話についていけてないらしい。まつ毛をバサバサさせて、小暮と、あたしを交互に見つめている。
「小暮君、もしかして」
やがて、何かに気付いたらしいお姫サマが、ニヤッと笑って口元を押さえる。すると小暮は、ぎゅっと掴んでいたあたしの手を乱暴に離して立ち上がり、
「うるせぇ! 違う!」
と叫んで十数メートル先にあるトイレの方へと駆けて行ってしまった。
「どうしたんだ、小暮は」
アンタ達一体どんな話してたの? とお姫サマに問い掛けようとすると――、
「師匠、追って!」
鬼の形相のお姫サマに怒鳴られた。
「は? 何で?」
トイレでしょ? あたし連れションとかしないタイプだし。ていうかあたし男だしね?
「良いから早く! 姫にはわかったの! 師匠の作戦も全部! だから、行って!」
「え? えぇ?」
あたしの作戦を全部理解したですって? でも、だとしたらあたしがこの場を離れたら駄目じゃない?
どう考えても無駄なのに、あたしの背中をその細腕でぐいぐいと押して、「早く早く!」と喚く。そうこうしていると、視界の隅で、和山が小暮を追うのが見えた。
あら、思いがけず駒が動いちゃったわ。さすがはあたしよねぇ。でも、どうやら百合展開になるみたいだし、もう計画は大幅に変更を余儀なくされたっていうか。だから
「あっ、やば! ほらぁ、師匠がモタモタしてるからぁ! 早く! 早く行かないと! 小暮君がとられちゃう!」
とっとと行けぇ〜、と今度は全体重を乗せてタックルまでしてくる。随分必死ね、この子。
あっ、もしかして、小暮を呼んでこいってこと?
何よもう。あたしのことを顎で使うなんてイイ度胸じゃない。でもまぁ、そうね。恋愛成就のために一肌脱ぐって約束だものね。お姫サマに使われるのは癪だけど、これも可愛い小暮のためよ。
「……仕方ないわね」
ついつい出てしまったオネエ言葉を咳払いで誤魔化して、腰を上げる。
と。
コートにいたはずの坂崎が、いなくなっていた。あら、アイツもトイレかしら。
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