◆富田林25◆ このキャラは今日だけだから
「あーっ、師匠じゃーん!」
Xデーの土曜日である。
集合時間は午前九時。何とも健全で爽やかだ。
記録係のお手伝いとして誘われた『お姫サマ』こと『
さてもう一人の補欠男子の方はというと、和山と比べると、正直少々ガラは悪い感じで、名前は坂崎というらしい。まぁ、和山だって見た目こそ爽やかではあるものの、中身はわからないけど。
これはもしかしてあたしが来て正解だったかもしれないわね。
かもしれない、が確信に変わったのは、あたしの顔を見た瞬間、そいつが和山に「聞いてないぞ」とでも言わんばかりの視線を送ったのが見えたからだ。
ただ単に、可愛い女の子と仲良くなりたい、という下心だけかもしれない。なのに、あたしみたいな『男』が来てしまってがっかり、というだけかもしれない。それならまだ『健全』の範疇ではある。けれども、用心するに越したことはない。
「え~、師匠何? もしかして姫に会いたくて来たの?」
「いや? 小暮の付き添い」
「へぇ~。てかさ、今日はちょっと雰囲気違くない?」
「私服だからだろ?」
「違うよぉ! 何かちゃんと『男』じゃん!」
やだぁ、姫、可愛い師匠が良いよぉ、と、厚底スニーカーをかぽかぽさせながらじたばたする。そうか、この子、『THE・男!』っていうのがそもそも苦手なのね。でも、仕方ないじゃない。これも一応作戦なんだから。ていうかあたしだって本当は嫌よ、こんなの!
「オレもなんか変な感じ。千秋じゃないみてぇ」
あたしの後ろにいた小暮が、ひょこ、と飛び出して、うげぇ、と顔を顰める。
「我慢しろ、今日だけだから」
「別に和山も坂崎も気にしねぇと思うけどな」
千秋がほんとはオネエでもさ。
そう密やかな声で言うのを、
「そういうことじゃないんだっての」
と返す。
小暮には事前に伝えてある。
「あたし、土曜は『男』で行くから」
と。
もちろん、何言ってんだお前、という言葉が返ってきた。
「お前、イチイチそんな宣言しなくても男じゃん」
「そういうことじゃないの。つまり、言葉遣いとか、物腰なんかを『男』にするからね、ってこと」
「何でまた」
「そりゃあ、あたしみたいなオネエを連れて来たらややこしい誤解が生まれそうだからよ」
「はぁ? 何だそりゃ。つまりアレか? 俺が『オトコ女』だから、その逆とつるんでるって思われるってことか?」
「『オトコ女』って響きは何とも可愛くないけど、まぁそういうのもあるわね。そもそも、アンタはそう思わないかもだけど、普通の人からすれば、あたしみたいな『オネエ』って腫れ物なのよ? 特に男は嫌がるわね。自分の女友達がオネエとつるむとか」
「何だそれ。オレが誰とつるもうが自由だろうが。和山がそんなのでグチグチ言うようなやつなら――」
「はい、ストップ。アンタの気持ちは嬉しいけど、こんな『友達の友達』みたいなあたしを優先することはないわよ。とにかく、あたし、その日は一日『男』で行くからそのつもりでいて」
もう決定だから、と締めると、小暮はまだ納得出来ないのか、口をむぐむぐさせていたけど、最後には折れてくれたのだ。けれども、お姫サマの方には伝えていない。だってあたし、この子の連絡先とか知らないし。
「とにかく、今日はこんな感じだから。我慢しな、お姫サマ」
ぽん、と頭の上に優しく手を置いて、少し腰を落とし、お姫サマの顔を覗き込んでそう言うと、今度は彼女が、うげぇ、と顔を顰める。
「ちょっともう、何? 今日の師匠なんかキモい。姫、いつもの師匠が良いのにぃ。それともこっちが素なの? 絶対ヤなんだけど!」
ぶぅ、と頬を膨らませるのを、つん、と突きながら「お願いだから、辛抱してちょうだい。こっちにも色々あるのよ」と、小暮にも聞こえないくらいの小声で囁く。すると、さっきまでブーたれていたお姫サマの顔がぱぁっと明るくなった。
「師匠! いつもの師匠だ!」
「今日だけの特別なやつなの。アンタも協力してくれると助かっちゃうんだけど」
「助かる? 姫が師匠のお役に立てるってこと?」
「もちろんよ。だから、今日一日だけこのキャラでいることもそうなんだけど、こんなあたしともいつもと変わらず――いや、出来ればいつも以上に仲良く接してくれると嬉しいんだけど?」
「じゃあ、ほんとの師匠はこっち? 男じゃなくて?」
「まぁ、生物学的には男だし、恋愛対象も女性なんだけど。でも、キャラとしてはこっちがほんとのあたしよ」
駄目押しのようにそう囁くと、お姫サマは、かなり自然になった長いまつ毛をバサバサさせつつ目をキラキラと輝かせて、勢いよくこくこくと頷く。
「任せて! ただのキャラってことなら姫大丈夫! 仲良くするする! そうだ! 連絡先! 姫のID追加して? ね? 良いでしょ~?」
全く仕方ないわねぇ。渋々スマホを取り出して、メッセージアプリを起動し、お姫サマのIDを追加する。もちろんあたしのも向こうに送って、「これで良いだろ」とため息混じりに画面を見せると、にまー、と笑って何度も頷く。そしてそのにんまり顔のまま、あたしの腕にぎゅっとしがみついてきた。
「ね、ね、師匠! 師匠もお手伝いなんだよね? 小暮君と姫と一緒にいるんだよね?」
「そうだよ」
「じゃあさ、姫、全然バスケのことわかんないから、色々教えてよ」
「良いよ」
それじゃ、と腕にお姫サマをぶら下げたまま、彼らの練習場らしいミニコートへと向かう。まぁはっきり言って、野郎共の視線が痛かったけれども関係ないわ。むしろ好都合ってもんよ。
「ほら、小暮も行くぞ」
振り向くと、小暮は何だかむすっとした顔で、おう、とだけ返してきた。ちょっともう何よ。せっかく抜群にちょうどいい感じに可愛く仕上げて来たんだから、もうちょっとにこやかにしなさいよねぇ。
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