◆富田林24◆ それは彼氏にやらせてやれよ

「アンタほんとメロンソーダ好きよね」


 逃がしゃしないわよ、と空のグラスを持ってドリンクバーに行くと、小暮はメロンソーダのボタンを押していた。


「好きなんだよなぁ。ただまぁ、欲を言えば、ここにアイス乗っけてぇけど」

「成る程、メロンソーダっていうか、クリームソーダが好きなのね」

「まぁな」


 そんでお前は? とあたしのグラスに視線を落としてから、アイスティーを指差す。


「これだろ。さっきも飲んでたし」

「よくわかったわね」

「コーヒーじゃねぇの? 飲めねぇの?」

「飲めるわよ。アイスティーの方が好きってだけ」

「へぇー」


 あっそ、と返してさっさと席に戻ろうとするのを「お待ち」と止める。


「んだよ。席まで一緒に戻りましょ、あたしが注ぐまで待ってて~ってか? お前もしかして、小便も一人で行けねぇタイプ?」

「そんなわけないでしょ。ていうかね、飲食店でそういうこと言うのやめてちょうだい。話があんのよ」

「何だよ。もう終わったんじゃねぇの?」

「終わってるわけないでしょ」


 あんな中途半端なところで、と文句を言いながら、レモンのポーションを入れる。


「それでアンタは、どうしたいわけ?」

「どうしたいって、何が」

「和山があのお姫サマ狙いだと仮定して、よ。あっさり引くの? どうするの?」


 引くんだとしたら、正直なところ、練習に付き合う義理なんてないはずだ。けれども。


「わかんねぇ」

「わかんないの? 自分がどうしたいか」

「いままでなら即諦めてたんだけどな。千秋もすげぇ頑張ってくれてるしさ、なんか、あっさり引くのもどうなんだ、みたいな気持ちも、まぁ、ある」


 ぼそ、とそう話して、気まずそうにメロンソーダを啜るから、さすがにそれは席に着いてからになさい、と嗜めた。


「別にあたしに気を遣わなくたって良いわよ。でもあたしとしては、正直悔しいわね」

「何が」

「そりゃ個人の好みを否定するわけじゃないけど、あのお姫サマより、どう見たってアンタの方が可愛いじゃない」

「はぁ?」

「そりゃ昨日はただの制服姿だったし、髪もボサボサだったけど! あぁもう悔しいわ! とりあえず土曜、軽ーく顔作って行くわよ。安心なさい、がっつりフルメイクなんてしないから。だけど、あれ? 小暮ってこんなに可愛かった? ってくらいに混乱させてやるわ」

「いや、千秋、お前何言ってんだ。オレが可愛いとか正気か?」


 なぁなぁと恐ろしいものを見つめるような目であたしを見、ついついと袖を引っ張る。


「可愛いわよ。可愛いのよ。あたしはね、可愛いものを可愛いってはっきり言えるタイプの人間なの。お世辞なんて余程のことがない限り言わないの。そのあたしが可愛いって言ってんの。胸を張りなさい」

「張れっつってもなぁ。張るほどねぇんだよなぁ」


 しょん、と俯いて、ぺたぺたと胸に触れる。思ったよりはあったけど、お世辞にもまぁ大きいとは言えないサイズ感である。


「そういう意味じゃないわよ、馬鹿!」


 そんなことを話していると、トレイの上にリング状のシフォンケーキを乗せた店員さんがまっすぐあたし達の席に向かっていくのが見えた。真ん中の空洞部分には山盛りのクリーム。その上にチョコレートソースとシロップ漬けのさくらんぼが乗ったやつだ。これってもしかしてさっき木綿ちゃんが美味しそうって言ってたお豆腐のシフォンケーキじゃない……?


「ここでくっちゃべってる場合じゃないわ、小暮! 席に戻るわよ!」

「え? おい、どうしたんだよ」

「木綿ちゃんの給餌をしなくちゃ、あたし!」

「キュージ? あぁ、給餌か! あーんってやつだろ? いや、何でお前がすんだよ。それは彼氏にやらせてやれよ。じゃなくて、一人で食わせろ! 赤ちゃんか、アイツは!」

「違うのよ! もう、口で説明するよりも見た方が早いの! とにかく急ぐわよ!」

「えっ、おい、何だよ!」


 がしっと小暮の手首を掴み、つかつかと早足で歩く。何せお互いもう片方の手にはそれぞれのドリンクがあるのだ。零すわけにはいかない。


 そんな細心の注意を払いつつもどうにか席に戻り――。



「どう? 美味しい、木綿ちゃん?」

「もす!」

「あーっ、もうっ! やっぱり可愛いわぁ、食べてる時の木綿ちゃん!」


 さっきのランチはさすがにあーんって出来なかったのよねぇ。木綿ちゃん黙々と食べるし。それにやっぱりあーんはデザートよ、デザート!


「おい、貴文。良いのかよ」

「……言うな。わかってる」

「いや、わかってるなら尚更だろ。これはお前がするやつなんじゃねぇのか」


 ほーら木綿ちゃん、クリームたっぷり乗せたわよ、あーん? とやっているのを、何とも複雑そうな顔をして見つめている柘植に、小暮が呆れた声を出す。


「良いんだ。蓼沼さんが良いなら、俺はそれで……」

「いやいやいやいや! 蓼沼もなぁ!」

「……もす?」

「ホーホホホ! お口に食べ物が入っている時の木綿ちゃんに話しかけたって無駄よ小暮!」

「もす、もすぅ」

「ほーら木綿ちゃん、まだまだあるわよぉ〜?」

「もすぅ!」

「クッソ、蓼沼。とっとと飲み込めよ! そんな柔らかいんだから、いっそ噛まなくても良いだろ!」

「ホーホホホ! 残念だったわね、小暮! お行儀の良い木綿ちゃんは柔らかいものでもしーっかり噛むのよ! ほらほら、ギャラリーはほっといて。さぁさ、お次はさくらんぼも行っときましょうねぇ」

「もすぅ……」

「くそぉ……! そんでだんだん可愛く見えてくるのは何なんだ!」


 悔しそうに、だん、と拳をテーブルに打ちつける。おい、と柘植はそれを嗜めつつも、「可愛いだろ」と何だか諦めきったような声を出した。


「可愛いんだ。可愛いんだよ蓼沼さんは。わかるだろ、小暮……」

「可愛いけど! 可愛いけども! お前もしみじみ噛みしめてんじゃねぇよ! 本来はお前がやるやつだろ! 千秋から奪還しろ!」


 身を乗り出して柘植に檄を飛ばす小暮と、その声が届いているのかいないのか、幸せそうにケーキをほおばる木綿ちゃんを慈母のような目で見つめる柘植。そして、あんまり見つめてくるものだから、「もしかして柘植君も食べたいのかな?」と何やら気にしている様子の木綿ちゃんである。


 うん、あのね、木綿ちゃん。だとしてもあたし柘植にはあーんってしないからね? トンちゃん、柘植君にもお願い、みたいなジェスチャーやめてくれる?


 そんなこんなで初々しいカップルを同伴させたショッピングは、雑貨屋巡りとカラオケを経て終了した。余談だけど、小暮は案外歌が上手かった。

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