◆富田林23◆ 言い忘れてたこと、の続きは

 休憩がてら入ったファミレスで、混雑を避け、遅めのランチである。


 ドリンクバーのアイスティーで喉を潤し、あたしは海よりも深いため息をついた。


「小暮君、ここデザートも美味しそうだよ! 見て見て! お豆腐のシフォンケーキだって!」

「うわ、すっげ。でもオレ、ちょっとここまでクリームごてごてのは無理だな。蓼沼一人で食えば?」

「蓼沼さん、多いなら俺と半分こしようか」

「本当? 柘植君、ありがとう!」

「おうおう、ラブラブだなぁ、貴文よぅ」

「う、うるさい」


 楽しそうね、アンタ達。

 良かったわねぇ、良いわねぇ。あたしなんかもうだいぶ疲れちゃったわよ。ハイハイこっちよ、はぐれないのよーって。


 もう、保護者の気分よ、あたし。


 一応向こうのカップルはただのカムフラージュなので、別に近くにさえいてくれればそれで良かったんだけど、あたしの可愛い可愛い木綿ちゃんが「私も小暮君のお洋服選びたい!」って言い出して、結局、全員でお店を回ることになったのである。


 それで、木綿ちゃんチョイスの『どう見ても小暮には厳しすぎる上に今回のコンセプトにも合致しないガーリーなワンピース』をばっさばっさと切り捨て、どうにか『アクティブさを兼ね備えつつも女子感を狙えるコーデ』を調達し、その後は、適当なお店を冷やかしながら、ここに辿り着いたというわけだ。もうね、はしゃぐ木綿ちゃんが可愛くて可愛くて。嬉しかったんでしょうね、女子(小暮)とのお買い物が。あなた普段こういうの行かないものね。ただまぁ、もうちょっと落ち着いてくれないかしら?


 ちなみにそのガーリーなワンピースは柘植が木綿ちゃんに強く勧めたことで彼女が買うことになった。最初は柘植が払うとか言ってたけど、木綿ちゃんったらその辺頑固だから。結局半分ずつ出してたけど。しかし、柘植、そういうのが好みなのねぇ。そうね、木綿ちゃんに似合ってたものねぇ。ふぅん。今度はそれ着てデートしなさいね。ちゃんと二人でよ?


 ドリンクバーのおかわりを持って来ると柘植と木綿ちゃんが席を立ったタイミングで、そういえば、と思い出し、「ねぇ」と小暮に話しかける。


「何だよ」

「コレよ、コレ。ほら」


 そう言って、スマホを取り出し、先日のやりとりの画面を見せる。


『あと一つ、言い忘れてたことがあるんだけどさ。』


 これの続きは――、


『梶川も誘ってくれ、って言われたんだけど、あいつと二人とかマジでキッツいから、千秋も来てくれよ。』


 こうだったのだ。


「梶川ってあのお姫サマでしょ? 何がどうなってんのよ」

 

 もちろん、同じセリフをメッセージにして送信してある。けれど、返って来たのは『打つのめんどくせーから、会った時話すわ。』だったのである。


「ああ、それな。いや、そのままなんだけど」

「そのままってことはないでしょうよ。何であの子まで招かれてんのよ。何? あの子って実はバスケに精通してたりするの?」

「んなわけねぇじゃん。あいつ、ボール持ったまま走るようなやつだぞ?」

「何それ。ラグビーじゃないんだから」


 でも、だったら何で、と言ってから、気付く。

 これってもしかして、本当はあのお姫サマを誘いたかったんじゃないの?


 だって確か、和山の好きなタイプって、ちっちゃくて、ふわふわで、華奢で、守ってあげたくなるような子なのよね? てことは、認めたくないけど、あの子じゃない? そりゃああの似合わないおブスメイクの時は違ったけど、あたしが手直ししたあの子はまさにそんな感じだったもの。


 その言葉を飲み込んでいると、小暮は、眉を下げて困ったように笑った。


「いま千秋が考えてること当ててやろうか」

「は?」

「和山が本当に誘いたかったのは、梶川の方なんじゃねぇの、って。オレはダシに使われただけなんじゃねぇの、って。合ってるだろ?」

「それは……」

「いーよ別に。てか、絶対そうだし」

「そんな」

「だってそん時の和山の第一声、『あの可愛い子知り合い?』だったんだよな」


 なんかな、店の前でぎゃーぎゃーしてるところから見てたみたいで。


 そう話す小暮は、なぜかあっけらかんとした表情だ。


「それで、隣のクラスの梶川だって言ったらさ、ほら、あのごてごての化粧のあいつしか知らないから。すげぇびっくりしてて。別人!? って。ウケる」

「確かにあれはあたしもびっくりしたわ。やっぱ女って化粧で化けるのよ。アンタもね」

「そこでオレを出すんじゃねぇよ。そんで、土曜に公園で自主練すっから、記録とかの手伝いして欲しいって話で、梶川と仲良いならあいつも誘ってくれないか、って」

「成る程……」


 いやもう完全にダシに使われてるわね。これはさすがの小暮でも気付くやつよ。


「アンタ、それで良いの?」


 これ、最悪、キューピッド役もやってくれってパターンなんじゃないの? まぁ、あのお姫サマはアンタのことしか目に入ってないっぽいし、そもそもあの子の恋愛対象は女子なんだけど。


「いんじゃね? 仕方ねぇじゃん。和山があいつのこと好きならさ」

「何か随分達観してるわね。もしかしてたけどアンタ、いままでもそうやって諦めて来たとか?」

「だな。オレ、毎回このパターン。大抵、オレが好きになるのって、オレに告って来た女子を好きだったりすっから。振るんだったら紹介してくれって言われんだよ」

「それはそれでそいつのプライドもどうなのかしら。いや、むなしくないわけ? それで紹介するの? だってその子はアンタのことが好きで告白してきてるんでしょ?」

「するよ、一応な。紹介ってほどのもんじゃないけど。まぁ、大抵の場合は駄目なんだけどな」


 そりゃそうでしょうよ。だってアンタの好みのタイプって、『THE男』みたいながっしり系ですもの。それで、告白してきた子はアンタみたいな線の細い王子様系が好きなんでしょうに!


「じゃあ、がっつり振られたところにつけ込むくらいのことしなさいよ」

「出来っかよ、そんな卑怯なこと」

「卑怯じゃないわよ。それも戦術なの!」

「だとしたらオレには無理だな」

「アンタねぇ」


 言い返そうとしたところで、柘植と木綿ちゃんが戻って来た。その入れ替わりに小暮が立ち上がり、「オレもお代わり行ってくる」と言って、ドリンクバーへと向かってしまう。


「どうしたの、トンちゃん? 小暮君と何かあった?」


 心配そうに顔を覗き込んでくる可愛い親友の頭を「何もないわよ」とよしよしと撫でる。ここ最近一段と狭量になった狐野郎は空気を読んだか、今回ばかりは何も言わなかった。

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