◆富田林22◆ これくらい、わかりなさい!

 で、迎えたショッピングデーである。

 最寄り駅の東口に十時。そういう約束である。


「よぉ。悪いな」


 その言葉と共に待ち合わせ場所に現れたのは小暮だ。待ったか? と尋ねられたが、時間は予定の五分前である。待ったは待ったけど、遅刻ってわけでもない。


「しかし、アレだな。千秋ってやっぱり男なんだな」


 あたしを、上から下までじーっくりと舐め回すように見つめた小暮が真剣な表情でしみじみと言う。


「あのね、あたしアンタと違って、見た目については再三再四確認されなくちゃいけないほど紛らわしくはないと思うんだけど?」

「まぁ、そうなんだけどさ。なんつーの、今日はまた一段と、って話」

「一段と? 男に見えるって?」


 そこは喜ぶべきところ、なのよねきっと。あたし、オネエ口調ではあるけど、別に女になりたいとか、女装したいわけじゃないし。


「男に見えるっつーか」


 今日のあたしの恰好は、ラフな白Tシャツの上に五分袖ジャケット、タイトなアンクル丈のパンツだ。


「カッコいいな」


 大真面目な顔でそんなことをさらりと言って、ニッと笑う。


 ……ちょっと止めてよね、不意打ちとか。びっくりして何も言い返せなかったじゃない。


 あのね、あたし別に褒められて嬉しくないわけじゃないのよ? むしろ木綿ちゃんなんて四六時中あたしのこと褒めてくるんだから、むしろ褒められ慣れてはいるの。だけど、何なのかしら、ぐっと胸が詰まるようなこの感覚は。何? この王子様スマイルにやられたっていうの? このあたしが?


「あ、当たり前でしょ? あたしよ? 富田林千秋様よ? いつだって恰好良いに決まってるでしょう?」

「そうだな、お前、しゃべらなければフツーにカッコいいもんな」

「しゃべらなければってその台詞、そっくりそのままアンタに返すわよ!」


 ムキになってそう言い返すと、「だよなぁ」と悪びれもせずに小暮は笑った。

 

「ていうか」


 こほん、と咳払いをしてから、今度はあたしが小暮を頭のてっぺんからつま先までまじまじと見つめる。


 今日の小暮の恰好は、レモンイエローのだぼっとした五分袖パーカーに、カーキのハーフパンツだ。シルエットは少年だけど、レモンイエローが爽やかでよく似合ってる。ボディバッグを斜めがけにして後ろに回しているから、ベルトに押し付けられて、胸の膨らみが確認出来た。それがちょっと落ち着かない。何よ、思ったよりあんのね。


「これは……、前に持ってきた方が良いわね」


 そんなことを言ってバッグ部分を前面に移動させる。これで良し。と、ついお節介を焼いてから、自身のその行動の不可解さに首を傾げた。別に良いじゃないの、小暮の胸がどうだって。当の本人は「そうか」とまるで気にしていない様子だ。


 いや、そうじゃなくて。

 そんなバッグの位置がどうとかじゃないのよ。


「ちょっと意外だったわ」

「何が」

「何かもっと、『THE少年』って恰好だと思ってたっていうか。えぇ? むしろこれでも良くない? 土曜日の恰好。めちゃくちゃ可愛いじゃないの」


 割とコンセプト的にも悪くないと思うんだけど。

 

 小暮の周りをぐるぐるしつつそう言うと、「そうか?」なんて首を傾げながらあたしに釣られて回ろうとする。いや、アンタまで回ったら意味がないんだってば。


「まぁ、これでも良いなら良いんだけどさ。これな、姉ちゃんが買って来たんだよな。ほら、こないだ千秋が持って来たワンピース着たじゃん。あの後すぐ」

「あの後すぐ?」

「まぁ、すぐっつっても、二日後くらいだったかな? まぁとにかく、オレがあんな色着たもんだから、イケると思ったんだろうな」

「成る程。でも、似合ってるわよ。すごく可愛い。アンタが普段どんな色着てるかはわからないけど、こういうレモンイエロー着ると、ちょっと女子みが増すのよ。ビッグシルエットだけど、デザインもちゃんとレディースだし」

「そうなのか? 女子ってピンクとかじゃねぇの?」

「別にピンク着たからって女子になるわけじゃないわよ」


 ていうか、今日日男だってピンクを着るし。


「それにね、アンタの場合、いきなりピンクなんて着出したらキャラ的に不自然なのよ。黄色だろうが、青だろうが緑だろうが、何なら白や黒だって、女子らしいコーデになるんだから、アンタはむしろそっち。ていうか、普通にレディースのお店でもそういう色の服は売ってるでしょうよ」

「あ、そっか」


 あ、そっか、じゃないわよ。


「ま、せっかく来たんだし、ちょっと見て回りましょ」

「だな。……それで」


 そう言うと、小暮は軽くため息をついた後で、自分の後ろを親指で差した。


「あれは何なんだ?」


 彼女の示す方にいるのは、大きな柱の陰に隠れながらひょこりと首を出し、こちらの様子をうかがっている初々しいカップルこと、狐野郎と木綿ちゃんである。


「え? 見てわかんない? アンタの親友とあたしの親友よ」

「んなの見りゃわかるっつぅの。何であいつらがいんだよ。絶対偶然じゃねぇだろ」

「当たり前じゃない」

「何であいつらのデートとぶつけてくんだよ」

「仕方ないでしょ、あの子達、全然そういうのしないんですもの」

「だとしても」

「あのね、小暮。アンタもちょっと浅慮すぎるのよ。よく考えて。再三再四言うけど、あたし、男なのよ?」

「だよな。知ってる」

「そんでアンタはいま、恋する乙女なのよ?」

「乙女かはちょい自信ねぇけど、まぁ、一応『女』ではあるな」

「一応も何も、女なのよ! そこは認めなさい! だから、もし万が一よ? 和山があたしと二人きりでいるアンタを目撃したらどう思うかってこと」


 本人が直接見ることはなくても、共通の知り合いとかでも、範囲を広げれば確率はぐっと上がる。


「そっか」


 そう指摘すると、やっとそこに気づいたらしい小暮が、ぽかんと口を開けて手を叩いた。


「ちょっともうしっかりしなさいよねぇ。だから、まだ二人きりのデートってやつに慣れてないあそこの『亀の歩みカップル』にも多少のデート気分を味わわせてあげようって思ったわけ。これなら、男子と女子が2:2だからどうとでも言い訳ができるでしょ」


 ため息混じりにそう言うと、小暮は、ぱぁん、とあたしの背中を叩いて、


「やっぱ千秋って賢いな! さっすが軍師!」


 と笑った。


 いや、それくらいのこと、誰にだってわかるでしょうよ。こんなことで褒められたってあたし嬉しくないわよ。

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