◇小暮葵4◇ アイツの好みはオレじゃない
「あら、あおちゃん。お友達が来てるならもう上がっても良いのよ?」
店に戻ると、カウンターにいた姉ちゃんがそう声をかけてくる。
「いや、もうちょいだし、別に」
「そう? でも千秋君でしょう? 良いの?」
「良いの、って何がだよ。梶川もいるし、いんじゃね?」
「だから、聞いてるのよ。良いの、って」
「はぁ? 何で」
「何でって……。まぁ、あおちゃんが良いなら良いけど」
「別にオレには」
関係ねぇし、の言葉を口の中で転がす。
でも何でだろうか、何かすげぇムカムカすんだよな。乱れた本棚を直しながら、首を傾げる。
棚の上にハンディモップを滑らせながらふと思い出すのは、何かすんげぇ可愛くなってた梶川の顔だ。あいつ、普段は何か違和感ある顔だったのに、さっき見た時は目も鼻も口も頬も全部しっくりくる感じになってた。なんつーのかな、いつもはもっとこう……顔と首の色が違うとか、頬の色がわざとらしすぎて浮きまくってたし、目の周りも真っ黒で、まつ毛も何かガサガサしてて怖かったっつーか。ウチの学校の量産型ギャルと似たような顔ではあるんだけど、とにかくなんか似合ってなかったんだよな。
それが何かもう普通に可愛い顔になってた。そういやオレも千秋にいじられた時、すげぇ女の顔になったもんな。元は同じなのに、別人かと思ったわ。
やっぱ千秋ってなんかすげぇやつじゃん。あいつ何なんだろうな、マジで。オネエってみんな化粧スキルすげぇわけ?
化粧して、女っぽい恰好すれば、もしかしたら和山がオレのこと好きになってくれんじゃねぇかなって思ってたけど、アイツの好みのタイプはオレじゃなくて梶川みたいなやつだ。背が小さくて、髪が長くてふわふわで、守ってあげたくなるような妹みたいな。
少なくとも、女子の中でも背がデカい方で、言葉遣いも態度も荒くて、髪なんて行きつけの理容室で馴染みのおばちゃんにやってもらってるようなオレではない。まずそもそも、同い年の時点で妹設定も無理があるんだけど。
「そんで結局、千秋も可愛い女子が好きなんじゃねぇか」
そんな言葉がポツリと漏れる。
男ってやっぱりそうなんだ。
オレがいままで好きになったやつは、つるむのはオレでも、選ぶのはオレじゃない。
貴文だって、選んだのはふわふわした可愛い女子だ。まぁ、アイツは別に恋愛的な意味で好きになったことはないから良いんだけどさ。でもまぁ、やっぱりな、とは思った。
店の前でも掃くかと、ハンディモップをホウキとちりとりに持ち替えて自動ドアをくぐった。その時だ。
「小暮くーん! 姫、帰るねっ!」
ぽん、と背中を叩かれて振り返る。ふわっと優しい顔になった梶川だ。
「あっそ。千秋は?」
「師匠ももうすぐ降りてくると思うよ」
「途中まで送ってもらえ。危ねぇだろ」
「姫のこと心配してくれるの!? 小暮君、優し〜いっ!」
きゃー、と奇声を上げて纏わりつかれたから、いつものように離せ、と振り払う。が、今日はちょっと力加減を間違えたらしい。勢いよく振った腕に弾き飛ばされた梶川が、ふらりとよろけた。
「おっと」
それを片手で受け止めたのは千秋である。
「危ないわね。しゃきっとなさい」
「ごめーん、師匠。ってか、さすが男じゃん。力持ちぃ!」
「だから! あたしは男だって言ってんでしょ! アンタくらいなら片手で持ち上げられるわよ」
「ウッソ、マジで!? やっば!」
何がヤバいのか、梶川は、千秋の二の腕をギュッと掴んでいる。持ち上げてみて、と頼まれ、千秋は渋々片手で梶川を持ち上げた。うわ、マジで出来んのかよ。
「アンタ、かっる。もうちょっと食べたら?」
「良いの〜。姫はこれくらいがちょうど良いの〜」
「ま、ベスト体重は人それぞれだものね。……って、何よ小暮。じーっと見つめちゃって。アンタもやってほしいの?」
ゆっくりと梶川を下ろした千秋が、怪訝そうな顔でオレを見る。
「さすがにオレは無理だろ。梶川より背もあるし、筋肉多いし」
「ふぅん」
ずっと陸上をやってたから、無駄な脂肪はない。辞めてからもやっぱり身体を動かさないのは何か落ち着かなくてちょいちょい走り込みとかしてるから、そこまで筋肉は落ちなかった。胸だってぜーんぜんない。女っぽい柔らかさも丸みも、オレには全然ない。
が。
ひょっ、と身体が浮いた。思わず、ホウキとちりとりが手から落ちる。
「きゃあ! 小暮君っ!」
一瞬、何が起こったか理解出来なかった。足が地面を離れて、かくん、と背中から後ろに倒れる。千秋がオレを横抱きにしたのだと気付いたのは、数秒遅れてのことだった。
「ちょ、何すんだ!」
「無理とか言うからどんだけかと思ったけど、何よ、全然軽いじゃない」
「は、はぁぁ? 下ろせよ、馬鹿!」
「こうやって見ると、アンタもやっぱり女子よねぇ。ちっちゃ」
「んなわけねぇだろ! あんな、オレ腹だって割れてっからな! 舐めんな!」
「え〜? そぉんなのあたしだって割れてるわよぉ?」
「千秋は男だろ!」
「関係ないわよ。割れてない男だっているもの」
「まず、良いから下ろせ! そんで梶川のこと送って帰れ!」
「えぇ? あたしにこの子の
「良いからとっとと!」
足をバタつかせて叫ぶと、千秋は「よいしょ」の声もなく、オレを下ろした。ほんと何なんだよ、お前。
「仕方ないわね。ほら、駅までで良いでしょ、行くわよお姫サマ」
「はーい。そんじゃ小暮君、またね〜」
「もう来んな」
二人の背中にその言葉をぶつけて、ホウキとちりとりを回収し、掃き掃除に取り掛かる。ちくしょう、何なんだよ千秋の野郎。
ぶつぶつと文句を言いながら、店の前をあらかたきれいにしたところで、「よう」という声が聞こえた。今度は誰だよとうんざりしながら顔を上げると、そこにいたのは和山だった。
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