◆富田林20◆ 万人に受ける可愛さじゃなく

「ちょ、マジ師匠じゃん……」


 あたしの手によって生まれ変わった『お姫サマ』こと梶川かじかわ姫璃ひめりの第一声である。


「マジマジマジ。やっば。え、マジやっば。これ姫? えっ、ちょー可愛いじゃん? 可愛いっていうか、えっ、天使? アイドル? 芸能人?!」

「落ち着きなさい」

「えっ、ちょ、マジでマジでマジで。師匠じゃん! 姫これからオネエのこと師匠って呼ぶし」

「うるさいわね。もう勝手にすれば?」


 ぶっちゃけ、そう大したことはしていないのだ。

 とりあえず、アンタはブルベ(ブルーベース)じゃなくてイエベ(イエローベース)なんだから、この色はご法度よ、と言いながら、イエベ用のメイクをしただけなのである。ああもちろんマスカラも直したわよ。ほんっとこの子ったら下ッ手くそなんだから!


「え〜? やっばマジで。えっこれ、小暮君、絶対姫にメロメロになるでしょ」

「だーから、小暮はアンタのこと全然好みじゃないって言ってたじゃない」


 どっちかっていうとあたしの方が、ってのはさすがに口を噤んだ。追い打ちをかけるのは可哀想だものね。ていうか確かに言われてみればそうなのよ。だって小暮の好きな和山はガッシリ系のスポーツマンだもの。そりゃあこの子に比べたらあたしよね。


「てか、師匠と小暮君ってどんな関係なの? 学校だって違うでしょ?」

「んー、そうね。小暮の親友があたしの友達なのよ」


 厳密には、親友の彼氏だけど。まぁ、ざっくり『友達』って括りでいいはず。


「成る程、親友の友達ってことね!」

「そゆこと」

「そんで、何で師匠はオネエなの? 中身も女なの?」

「中身は男よ。アンタ、よくもまぁデリケートな部分に土足で上がってきやがったわね」

「てことは、女子が好きってこと?」

「そうよ。あたし、このキャラがしっくり来るってだけの健全な男子だから」

「そうなんだぁ。あのね、姫はね、見た目も中身も女子だけど、女の子が好きなの」

「ふーん。あっそ」

「ちょ、あっそ、って何! もっと姫に興味持ってよぉ!」

「何であたしがアンタのセクシュアリティに興味持たなくちゃいけないのよ。好きにしなさいな」

「えー!? だってクラスの子はもっと反応するよ?」


 キモいとか、キモいとか、キモいとかだけど、と言って、マジやっばと笑う。いや、そこ笑うトコじゃなくない?


「あたしはね、他人の性的嗜好になんざ一切興味ないの。男が男を好きだろうが、女が女を好きだろうが人の勝手でしょ。それをキモいと思うのだって勝手だけど、当人に言うのは品性に欠けるわね。そんなつまらない下品なやつらと一緒にしないで」


 全くもう、何だって良いじゃない、誰が誰を好きだって。そりゃあたしは恋バナは大好きだけど、それとはまた違う話でしょ? 


 そんなことを言いながらメイク道具を片付けていると、その手をガッと掴まれた。


「……何よ」

「し、師匠ぉぉぉぉ!」

「うーわ、うっざ。何。何よ」

「師匠! ごめん、姫、師匠のこと誤解してたかも!」

「はぁ?」

「師匠のこと、うるさくてデカくてキモいオネエだと思ってた!」

「随分な言い草ね。それで? 過去形ってことはいまは違うってことで良いのかしら?」


 テーブルの上に肘をつき、はぁ、と大袈裟にため息をついてみせる。するとお姫サマは、さっきまでとは別人級に可愛くなったお顔でうんうんと頷いた。


「すぅっごく見直したの! 姫、男子って正直嫌いなんだけど、師匠のことは好きになれそう!」


 あっ、もちろん、恋愛的な意味じゃなくてね! とあっけらかんと笑う。


「もちろんよ、こっちだって冗談じゃないわ。あたしにだって好みのタイプってもんがあるんだから」

「え~師匠の好みのタイプとか超気になる!」

「そりゃあもちろん可愛い子よ。決まってるでしょ?」


 まぁ最も、あたしの言う『可愛い』はもちろん『あたしにとって』ってのが付随するわけだけど。万人に受ける可愛さじゃなくて良いの。あたしが可愛いと思ったらどんな相手だって『可愛い』になるんだから。


 などと説明をする前に、


「やぁーっぱ師匠も普通の男子なんだね。男ってやっぱり可愛い女子が良いもんねぇ。うんうん」


 ギャル系から正統派美少女になったお姫サマが、何もかもわかったような顔をして、にまにまと笑っている。


「でも、ごめんね師匠」

「は?」

「姫はやっぱり小暮君一筋だからぁ」

「ああハイハイ。あのね、あたしさっきアンタなんか冗談じゃないって言ったはずだけど?」

「え~? そうだっけ?」

「アンタ、頭の中スカスカなの? ほんの数秒前のやりとりよ?」


 もう何なのよこの子。小暮も大変な子に惚れられたものだわ。


 でもこの子はなのよね。小暮の言うところの『恋愛ごっこ』目的の子達とは違う。本当に『女』が好きなのだ。ふわふわチャラチャラしているから伝わりにくいかもしれないけど、彼女の「好き」だけは本物なのである。だから、振られても諦めない。まぁ、その点についてはこの子の性格もあるだろうけど。

 

「ちゃんと覚えてるってば。師匠は可愛い女の子が好きとかぁ」

「ちょっと、悪意のある編集やめてちょうだい。あのね、あたしの言う可愛いってのは――」


 別にこの子に誤解されたままでも良かったはずなのに、あたしったらちょっとムキになっちゃったみたい。拳を振り上げて力説しようとしたところで、


「やっぱ千秋もふつーの男だな」


 からかい口調の小暮が、飲み物を持ってきた。500mlのペットボトルを二本。


「何度も言ってるでしょ、あたしだってふつーの男よ。アンタだってふつーの女子でしょうに」

「どうだろな」


 吐き捨てるようにそう言って、ペットボトルをテーブルに置く。

 

「とりあえず、飲みモン置いとくわ。オレはまだ仕事があるから。ごゆっくり」


 にぃ、と歯を見せてあたしに笑いかけてから、今度はお姫サマの顔をまじまじと見、


「すげぇ可愛くなったじゃん。良かったな」


 ちっとも良かったようには聞こえない低いトーンで告げると、すたすたと行ってしまった。ちゃんと、手でドアを閉めてから。

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